第百十六話 ~凶報~
<天文十年(1541年)一月 摂津国和泉国 堺港 港>
南蛮品を堺に運び、売りさばく算段がついた。
超高級品と言われる「呂宋壺」とは言うが、要は中国南部の安南(ベトナム付近)で作られ、フィリピンに集められた生活雑貨みたいな壺だ。二十文(二千円)くらいで仕入れた壺が五十貫文(五百万円)、百貫文(一千万円)で売れるのならば、そりゃ納屋助左衛門が儲かる訳だわ。
茶道ブームだ。茶器の需要は物凄く高い。命のやり取りが日常茶飯事なこの時代に、心を落ち着かせてリラックスできる茶の湯は非常に人気がある。上流階級であればあるほどに。
茶器に関しては「わび」「さび」を感じれば、「なるほど、そういうものか」と広まっていく。ましてや戦国時代のインフルエンサーとも言うべき茶名人二人からのお墨付きが貰えたのだ。皆がこぞって欲しがることだろう。銭が余ってしかたなくなりそうだ。
千利休は見つからなかったが、代わりに紹介してもらった田中与四郎は中々の人物のようだ。利休を引き続き探してもらうことにして、しばらくは与四郎に佐渡で茶室の建造や茶の湯の普及・指導、茶器の選別・選定などを行ってもらおう。
「呂宋壺」は、フィリピンまで行けば誰でも手に入れることができる。しかし、遠洋航行可能な船舶、それを動かす航海技術、そして倭寇対策の武力、その三つが必要な為、日ノ本では誰一人として手に入れることができない。できるのは大砲を備えたキャラック船で縦横無尽に海を駆け回れる俺だけだ。
所詮は需要と供給の産物。陶芸技術が未熟な日本だからこそ高く取引されるが、現地では二束三文。そんなものは世界的にも山ほどあるから何も恥じ入ることはない。
バナナだって戦後の日本では高かったそうだ。レート換算で7500円ほどと聞いたが、前世の俺の住む時代では百円ちょっとで買えた。バナナを作る現地では百円も出せば木を丸ごと買えるほどだと聞いた。「バナナ」という変わらない価値なのに、場所や人、時代によって値段が変わる。経済とはそういうものだ。
あ、バナナを仕入れることもできないかな? 青いバナナのままでどれくらい保存が利くのかな。今度持ってきてもらおう。「超絶旨い」と評判になるはずだ。
堺では、書画、絵画、漆器、仏像、業物の日本刀など、価値のあるものを揃えて佐渡へ持ち帰る。仕入れ先の天王寺屋とは渡りがついた。自分で眺めてもよし。褒美に渡してもよし。南蛮交易に使うもよしだ。天王寺屋の津田宗及と誼を得たのは大きいな。堺港を牛耳る大商人の一人だ。うまくやっていきたいものだ。
改めて堺の港を見た。
行き交う船と船。人の多さ。商家の数。どれもこれも見たことのない規模だ。さすがは日ノ本一と言われる大商業都市だな。
活気溢れる湊。俺の治める羽茂の町もかなりの大都市になりつつあるが。この半分、いや、三分の一にも満たぬかもしれぬ。目指すはここか。いや、もっと先を見るぞ。
豊かであるから、物も人もここに集まる。チャンスも多い。浪人やら傾奇者やらもそこかしこに見られる。医者の看板も多い。人材は宝だ。集めた金を使って、どんどん佐渡に来てもらおう。
俺は港へ歩きながら考え事をしていた。
公家のおじさんから「嫁はどうか」と内内に打診されたが、即座に断った。
朝廷や公家との繋がりは今はそれほど必要ない。ただでさえ「帝と血繋がり」という太くて重いパイプがあるのだ。これ以上は望ましくない。それに加え、俺の命の安全を考えての為でもある。二重の意味でもな。
別れ際に帝から、「能登を救ってほしい」と頼まれた。どうやら能登半島はかなり酷いことになっているらしい。
砂糖に金を使い果たした能登国の畠山や遊佐達。金が無く国としての機能が崩壊。それをいいことに野盗や一向宗、またはそれらが混ざったものが荒らし回っているようだ。先代当主の名君畠山義総の庶子で加賀に逃げていた者達もそれを後押ししていると聞く。俺に事の発端の責任がある為に苦々しく思うが、これも地ならしの為だ。帰りの船中で策を練るか。
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ようやく着いた堺港では、大きな騒ぎが起きていた。
俺の帰りを待つ五隻のキャラック船目当てに、黒山の人だかりができていたのだ!!
「何だ! あの船は!!?」
「どこか異国の船か?!」
「見たこともない様式じゃ。明の船か?」
「いや、どうやらあの船は佐渡から来たらしいぞ」
「そんな馬鹿な! 佐渡なぞ流人の島ではないかっ!! つくならもっともらしい嘘をつかんかッ!」
すまんな。四人目の男が正解だ。
俺は「すいません、すいません」と人垣をかき分けて船内に入っていった。騒ぎは、知り合いになった武野のおっさんや津田のおじさんにお願いしてある。手を回してくれるから、まあ大丈夫だろう。
タラップを上ると、甲板の上で柏崎水軍の「鯨の新人」が待っていた。予定通りだな。
「よう、新人。ご苦労だな。商売は上々かい? 少し痩せたんじゃないのかい?」
相変わらず派手な銭を象った着物を身に纏った新人。しかし、おかしい。俺の軽口にまるで答えない。顔色が悪く、俯き加減だ。銭の着物まで皺皺だ。
「親分…… 中へ……」
変だ。こんな新人は見たことない。いつも陽気に人生を謳歌しているような奴だ。余程の事があったのかもしれん。
俺は新人が指示を出して船が出航するまで環塵叔父や弥太郎達と共に船長室で待っていた。すると、
ガキンッッ
何故か胸元で何かが割れるような音がした。
「何だろう?」
取り出してみれば、直江津の豪商「越後屋」蔵田五郎左から正月祝いでもらった新品の銅鑼だった。真っ二つに割れている。
…… 胸騒ぎがする。間違いであってくれ。
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<天文十年(1541年)一月 大坂湾 船上>
「あのバカがッ!! やりやがったッ!!!」
俺は新人の報告を受けて思ったことを叫んだ!
ドンッ!!!
机を思いっきり両手で叩いた。
バカとしか言いようがない!!
「長尾為景、死ス」
死因については「病死」以外の報せはなかった。風邪を拗らせただけと聞いていたのに命を落とすとは思いもしなかった。怖れもしたが戦国の世を肩で風切る男だった。敬愛していた、と言っても過言ではない。もう二度と会えぬと思うと胸が苦しい。
後継者に指名されたのは、大方の予想通り嫡男である長尾晴景。これも枕元で伝えられたと言うが調べる術はない。
「乱世の奸雄」とも呼ばれ、越後国、上野国、越中国、信濃国北部に絶大な影響力を持つ一大戦国大名の死は、周辺に大きな動乱をもたらした。
俺が大きく叫んだのは、嫡男晴景が越後守護代に就いての施策の全てについてだった。
あのバカが最初に行ったことは、為景の葬式でも地固めでもない。「羽茂本間との国交断絶」だ。せっかく娘まで嫁がせて蜜月関係を築いた羽茂本間と長尾家の仲が、一気に険悪となった。
まず直江津の港で羽茂本間と縁の深い商家を取り締まり、関係断絶を迫ったらしい。銅鑼が割れた原因はこれかッ!? 無事でいてくれよ! おっさん! サチ!
さらに新人が率いる柏崎水軍に向けて兵を出した。新人達は抗戦したものの衆寡敵せず、船に乗って佐渡まで逃げた。人的被害がそれほどなかったのは救いだが、柏崎の鯨波砦は完全に破壊されてしまったらしい。十数年かけて築き上げた自分の城が壊されたのだ。新人が浮かない顔をしているのも当然だ。一族を佐渡の赤泊に預け、羽茂の町に寄った後に全速力で堺港で待つ俺を迎えに来る約束を果たしたそうだ。
さらに柏崎の上条城で蟄居同然だった上条定憲との共闘を申し出た。「長尾家は関東管領職の山内上杉家を支える」とか言い出して、為景が山内上杉から奪い取った上野国北部を、そっくりそのまま山内上杉当主上杉憲政に返還した。阿呆がッ! 既に国入りして領地経営を軌道に乗せていた配下の事を全く考えておらんではないか!
そして、越中で息を吹き返しつつある神保家、信濃北部の高梨家、越後魚沼郡の上田長尾氏、上野の山内上杉、甲斐の武田家、南陸奥の相馬家、北条、今川などの各大名へ「対羽茂本間討伐の協力依頼」を行った。
甲斐の虎は動かん。俺との密約があるから、たとえその輪の中に入ろうとも決して動かん。信濃北部の高梨家当主の高梨政頼は長尾晴景の叔父にあたる。政頼とは何度か会っている。分別のある男だが、これまでの長尾家との関係を考えればその輪の中に入る可能性は高い。上田長尾、山内上杉、相馬は間違いなく敵となる。狙うは揚北衆か、統一間もない出羽や陸奥か? 迷惑極まりない!
「親分、そしてこれが……」
新人が申し訳なさそうに懐から書状を取り出した。晴景が我が羽茂本間に向けて送った通達文の一つだ。大仰な飾りのついた文。読むのも触るのも穢れそうだが、仕方なく読む。
我が羽茂本間への通達は五つ。
一、越後国北部蒲原郡の返還。
一、蘆名家が治めていた陸奥国南西部の長尾家への割譲。
一、柏崎水軍の解散。
一、「毛氈鞍覆」「山長毛」など簒奪した物品の返還。
一、長尾家への臣従。毎年十万貫文の矢銭の上納。
……もう、バカとしか言いようがない!
「蒲原郡」「毛氈鞍覆」「山長毛」は、長尾家の面々の目の前で正式に為景が俺に譲った土地や物だ! 返せというのは余りにもお門違いだ。物などに未練はないが簒奪したのではまるでない! これで俺が返せば、まるで引け目があったようなものじゃないか! 冗談じゃない!
蘆名家の所領を奪った戦いでは、確かに柿崎景家と中条藤資、それに上田長尾が参戦していた。だがそれは予め我が羽茂本間家の作戦にあったものだ。礼は渡してあるし割譲などする義理など毛頭ない。椎名則秋が必死に建て直している努力が泡と消えるわッ!
柏崎水軍の解散。そんなことをする必要は全くない。
むしろ、柏崎や直江津、新潟三津などの港や越後国の海の秩序が保たれているのは、奴らが変な海賊達を取り締まっているからだ。港の荒事、裏の家業を引き受けているからだ。これで解散してみろ。荷が入らなくなり、港の治安が崩壊するぞ? もう鯨波砦を破壊したから取り返しがつかんがな。
臣従…… 十万貫文……
頭が痛い。
今の羽茂本間が長尾家に臣従する理由が何処にある!? 佐渡国、出羽国、陸奥国、蝦夷を抑えた一大勢力だ。石高は百万石をゆうに越えよう。既に長尾家の持つ国力を倍する力を手に入れているのだ。加えて長尾家の者を切ったとか、侵略したとか、不義理となるようなことは一切していない!
それに俺は義父為景に「長尾家を頼む」と直接言われている。仲良くしてくれ、滅ぼさないでくれという意味と俺は解釈した。晴景は「代替わりしました。よろしくお願いします」と言えばそれでいいのだ。穏やかに過ごすならそれが上策だ。自身の感情を抑えて家のことを考えればそれが一番だ。
それをあのバカが!!
長尾晴景。
もう少しまともかと思っていたが、見込み違いも甚だしかった。
まるで見えていない。自分の感情だけで物事を動かしている。
自身が長尾家の嫡男として生まれたというプライド、いや、見栄だけで家を動かしている。血筋が尊いのではない。皆から認められるから尊いのだ。認められないのに尊べと言うから軋轢を生むのだ!
病弱な身体を恨み、自分の気に入った者を討たれたことを恨み、自分が欲しかった物を取ったことを恨み。自分の力量も、周囲の動向もまるで目に入っていない。もう奴は怨念の塊のように生きているのかもしれん! 危うい! 何をしでかすか分からんッ! 最悪な『代替わり』だ!!
「親分、如何しましょう?」
「知れたこと! 急いで戻るぞ!!」
「ヘイッ!」
「あのアホンダラをぶん殴る! 全速力で佐渡へ!!」
佐渡と越後、その周辺を否応なしの大嵐に巻き込む「佐越の戦い」と呼ばれる大戦が始まろうとしていた……
~ 第八章「代替わり」 完 ~
動乱の第九章へ……




