第百十一話 ~アイヌの姫ノンノ~
<天文九年(1540年)十月 蝦夷 道南 小沼 アイヌ集落 広場>
見えてきた。
アイヌの伝統的茅葺屋根の家がいくつも立ち並んでいる。何本か煙も立ち上っている。飯の支度でもしているのだろうか。
集落の手前には、アイヌ文様の入った伝統衣装を身に纏った護衛隊であろう男達が待ち構えていた。だが話は通してある。通訳の男を介すとすんなりと道を開けてくれた。
白狼は目を光らせて集落の様子を監視している。
「…… 大丈夫のようですぜ。念のため、抜かりはねぇように」
「そうか」
まさかとは思うが騙し討ち二連続の可能性だってある。アイヌの人々が使う矢には猛毒の鳥兜が塗られていると聞く。先頭は白狼と仲馬。次に四人小隊を4つ。次に護衛を伴った俺、その後ろはさらに四小隊。他の親衛隊は外で待つ。喧嘩しに来た訳ではないが念には念を入れる。ここには前回のような仕込みはない。
集落に入った。
先頭を進む白狼と仲馬。何か異変を感じたらすぐに引き返すように伝えられている。アイヌの人々は極めて珍しい和人の訪問に興味津々といった様子。遠巻きにこちらを見つめている。
そんな中、見物していた子どもが一人、俺達の列の先頭の進路を塞ぐように躍り出た!!
すわっ、敵襲!?
かと思いきや、単に周りに押されて飛び出てしまっただけのようだ。転んでしまい、前からは恐ろしいと言われている和人の男達。三つほどのその子は泣きだしてしまった。険悪なムードが場を支配しだした。
そんな時だった。
「よーしよし、大丈夫だっちゃよー」
先頭にいた仲馬がその子を抱きかかえ、ベロベロバーをするなどあやしだした。子どもが笑うと途端に場の空気がほっこりとした。さらに仲馬はその子を肩車して歩き出した。アイヌの子は、先頭を歩く自分がまるで酋長になったように感じ、誇らしい気分になった。
仲馬の機転(というより普段からの行動?)のおかげもあり、会談の場は友好ムードで始まった。
何よりも、やはりアイヌ人への徹底抗戦、徹底弾圧をしていた蠣崎義広を差し出した事が大きかったようだ。替え玉かと疑われたようだが、顔を知っている者がいて確認が取れた。一族諸共、神に召されたようだ。
「戦は一切望まない。こちらからの願いは『共存共栄』、それだけだ」
「きょうぞんきょうえい …… わからない。 どういういみか?」
「ん、んー ……『なかよく』?」
それを聞いた内浦アイヌの酋長ヘナウケは満足そうに頷いた。
ヘナウケは精悍な顔立ちでもじゃもじゃっとした髭を蓄えた壮年の男。何でも、和人同士の争いにより一人森の中に置き去りにされた和人の娘を助けたら、しばらくして仲良くなっちゃって奥さんにしたとかで。カタコトだけど日本語もそれで覚えたとか。「愛は言語を越える」だなぁ。
だが、交渉は難航した。
「こちらからは、寒い地でも育つ『ジャガイモ』の提供、交易、教育をするための『学舎』の建設と講師の派遣、文化・人材交流の準備がある」
「じゃ、がい・も? それはなにか?」
ダメだ。全然伝わらない。
このままじゃ日が暮れそうだ。これから海外進出に向けた領地展開は必須と言えるが、言語の壁は極めて大きいな。文化交流に言語知識は欠かせない。佐渡から長谷川海之進を連れてこよう。ポルトガル語をマスターしたように、アイヌ語にも精通してもらおう。学舎で学んでいる中で言語への特性・関心が高い子どもにも世界の言語を学ばせたいな。
一応、カムイチェㇷ゚(鮭)、コンプ(昆布)、アットゥㇱ(樹皮着物)、トゥンニ(ナラの木)などなど、魅力的な交易品のやり取りは全て羽茂本間を通してやることを確認した。こちらからは米、ジャガイモの種イモ、木綿、刀などなど。アイヌの人々に農耕という習慣はないはずだが、ジャガイモ栽培はぜひやってもらいたい。ヤマユリだったかの球根を使ってお団子を作っていたはずだから、似たようなものだと言えばいいだろう。ただ、「芽は毒だから食べるな」「芽は毒だから食べるな」。大事なことだから二回言いました。
交換レートは鮭100匹と米60kgを基本とすると決めた。これはこれまでの蠣崎家の30kgから比べると二倍のレートだ。これでもかなりこちらが有利かもしれないのだが、非常に感謝された。羽茂本間は価値あるものはその分の対価を払う。世界中でフェアトレードを広めていくつもりだ。
交渉が少しずつまとまりだした。だが、目標の半分も進んでいない。困った。
そんな焦る俺の様子を察してか、ヘナウケは皆に指示を出し始めた。
すると、山菜が入った混ぜご飯や、野菜や魚が入った汁物、イクラや焼き鮭などの食べ物や飲み物が運ばれてきた。太鼓や弦楽器が運ばれ、踊りや舞を披露するためか正装した人が何人も入ってきた。どうやら歓迎の宴を用意してくれるようだ。
着々と進む宴の準備。俺の座っている上座にも続々と料理が並べられていく。
食べるか? しかし、万が一、いや、百万が一のこともある。口を付けるのは難しいか? でもアイヌの皆の視線が集まっている。これで俺が一口も付けないのは礼儀に反するかも?
そこへ白狼や弥太郎が念入りに俺の皿に盛られた料理を確認しだした。匂いも嗅ぐ。……うん、大丈夫のようだ。そして味見をした……
「こりゃ、うめぇですぜっ!」
「…… うま゛い……」
大丈夫なようだ。よし、おれが知ってる料理に対するアイヌ語で感心させてやろう。一口食べて…… ああ、確かに美味しい!!
「ヒンナヒンナ!」
… …
アハハハッ!!
メッチャ笑われてしまった。何でだろう? アシ〇パさんが言ってたはずなのに?
だが場は大いに盛り上がった。伝統的なアイヌのリㇺセ(舞踊)も始まった。細かいことは後にして、今は友好の絆を深めることが大事か。そう考えた俺はじっくりと宴を楽しむことにした。
宴も酣になった頃、アイヌの酋長ヘナウケは通訳を介してこう切り出した。
「俺はアンタが気に入った。『チリコイキ』を贈りたい」
「おお、何だろう?」
もってこられた、いや、連れてこられたのは……
「鷹だっ!」
見たこともないくらいに大きな鷹だった。
大きく鋭い目。尖った嘴。空の王者の風格が漂う見事な鷹だ!
「いいのか?!」
「もちろんだ。こいつは今までのチリコイキの中でも飛びぬけて頭がいい。ぜひ名前を付けてやってほしい」
「んーそれじゃ、…… レラ(風)」
ママハハってつけそうになった。流石にちょっとね。
満足そうに頷く酋長。だが次の贈り物に俺はたじたじになった。
「ついでだ。『娘』を嫁にもらってほしい」
「ええええっ!!?」
いや、俺もう綾が既にいるし! 強くて元気な本妻候補と上品な感じの商家の娘も!
そう断ったが、「和人はそうじゃないだろう」とか、「アイヌも一部は奥さんが何人かいる」、とかで押し切られた。とりあえず許嫁という形で。
あれかな。さっきの水浴びしていた娘だったらいいな。
何て淡い期待を寄せながら、酋長が呼んだ人は……
「!? 唇でっか!!」
何と唇が超絶でかい女の人だった! しかもかなり年上! 四十越えてそう! どういうことなの!?
よく見たら唇がでかいんじゃなくて、唇の周りに刺青を入れてる女の人だった。でも、うーん、見た目で判断するのは悪いのだけど、何て言うか、こ、こ、断っていいですか……?
俺が申し訳なさそうに断りを入れようとしたその時。
唇の大きなその人の影から、青色の艶やかな刺繍入りの着物に同じく青色の刺繍入りの鉢巻き(マタンプシ)を身に付けた、美しい娘が現れた。
切れ長の奥二重。鼻は高く鼻筋も通っている。透き通った氷のような美しさ。
さっき沐浴していた娘だった。
こちらを一礼すると、華麗な舞を披露してくれた。
……なんて美しいんだ……
でもさっき裸をまじまじと見ちゃったし、つっけんどんな対応されたし。嫌われちゃったんじゃないのかな……?
舞が終わった後、どうしようかと悩んでいた俺。じいっと見つめられ、「責められている」と感じていた俺だったが、
「お主にさっき会ったであろう? 娘がお主にベタ惚れでな。『絶対嫁にしてもらう』と言ってきかぬのじゃ」
豪快に笑う酋長のヘナウケ。
あ、そんなことは全くありませんでした。
「ノンノ(花)」と言う名のその子は、はにかんだような表情を見せた後、俺があげた黒貂の毛皮を大事そうに抱え、恥ずかしそうに俯いた。
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<天文九年(1540年)十一月 津軽海峡 重キャラック 船上 >
蝦夷の地の代官として久保田仲馬を任命し、俺は佐渡へ戻る船路についた。
人当たりがよく、どんな人とでも誠実に対応できる仲馬の治政は、これまでのアイヌの人々がもつ和人のイメージを覆すことになるだろう。これから厳しい冬を迎える。できる限りの援助をしていこう。
「今度の和人は話が分かる」
「羽茂本間といると、豊かになれる」
「血縁関係もできた」
となれば、とりあえずはうまくいくだろう。すぐには解決できない問題もあろうが。
反乱がとにかく怖い。反乱の芽はかなり潰したはずだが、些細なことから大事に発展する可能性は否定できない。だが、だからと言って怖がってるだけではうまくはいかない。
蝦夷の中心部やさらに奥には別のアイヌの人々が。さらに樺太や千島列島には別の北方民族が住んでいるはずだ。俺が支援する内浦アイヌを妬んでの戦になるやもしれん。うまく彼らとも折り合いをつけていかねばならん。
文字のないアイヌ語を文字化する、農耕を教える、教育により知識を伝える。
どれも簡単なことではない。だが、長い統治を考えれば必要なことだ。ここでうまくいかねば世界でも通用しない。是非ともやり遂げてみせなければならない。
俺がまた深く考えていると、許嫁となった切れ長奥二重のアイヌの姫ノンノがやってきた。正確にはアイヌと和人のハーフ姫だが。
「ニㇱパ これからどこへ?」
「ニㇱパって何?」
「だいじなひと」
そう言って首をかしげるノンノ。
……俺はちょっとこのクール明褐色美少女にメロメロになりそうになった。
「佐渡に戻る」
「さ、ど?」
そのうち分かってもらえるさ。
俺はノンノの美しい黒髪を撫でた。恥ずかしそうに俯くノンノ。俺の肩にはヘナウケから贈られた大きな鷹のレラが「何してるの?」と言うように止まった。
アイヌの姫様を嫁に迎え入れた。
付き添いには、唇に入れ墨がある女の人(結婚すると入れるらしい)数名と、頑丈なアイヌの戦士五名が同行している。アイヌの戦士には外交官的な役割も学ばせたいが、武人としての力が高ければそちらで活躍してもらおう。
気が付けば転生してから丸四年、か。
紆余曲折はあったが、どうにか北日本制覇の偉業まで達成することができた。
「朝廷への挨拶をしたら、少しゆっくりできるかもな」
空は明るかった。寒さもそれほどではなかった。
その時の俺は、そう感じていた。
アイヌ文化について
アイヌの人々の文化や言語について、付け焼刃で学んでおります。
ゴル〇カムで有名な「ヒンナヒンナ」は、「美味しい」というだけでなく「(命を)いただきます」「ごちそうさま」など食べ物に対する感謝を表す言葉のようです。(美味しいは「ケラアン」というそうです。)
また、「ヒンナヒンナ」は女性が使う言葉のようです。
男性の場合は「イヤイライケレ」と言うようです。だから笑われたのかな、ということです。
アイヌの人々は、山アイヌは一夫多妻制だったり、寡婦となった女性を有力者が養ったりすることもあったようですが、基本的に一夫一妻制のようです。
鷹は江戸時代は特に有力者への貢物として重宝されたようです。松前藩だけでなく、直接人を入れて手に入れようとした藩がいくつもあったとか。鷹の羽も有力な交易品です。
刺青は「精霊信仰に伴う神の象徴とされる」大切なものだったようです。女性の口の周りに大きく入れる刺青は、「髭の代わり」や「火を模した物」「神聖な蛇」など様々な言われがあるようです。
作中にあった「ヤマユリ」は間違いで、正しくは「オオウバユリ」の球根から澱粉を取り、団子としていたそうです。
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