第十一話 ~情けと偽善~
「……十五名で二十二貫と七百文。相違ない」
越後屋の番頭が、役人に落札額を支払った。これにより、15人の男達が俺の手勢となる。
戦力が手に入ったことを喜びつつも、気になったことを越後屋・蔵田五郎佐に尋ねた。
「越後屋。買った者は逃げたりはしないのか?」
「ほほ、異なことをおっしゃるこって。どこへ逃げますやら。元の城や土地はもう他の手勢の物。関所があるため他国へも行けまへん。野盗になろうにも今はどこも締め付けが厳しいよって。まず飢えて3日も持ちまへん。買い主に従うのが一番の道ですよって」
奴隷として購入した者の識別として、特に入れ墨とかを入れる習慣はないようだ。生き抜くのが難しい時代、少しでも力のある所に寄るのが弱者の術か。
一人で納得していると、ズンと響く足音と共に、大きな影が近寄っていた。
「おい、そこの童」
見れば、先ほどの黒ずくめ集団の中心にいた、目つきの鋭い侍が俺に話しかけてきていた。
「なんだい?」
「ふふ。『鉄をも貫く』と呼ばれている俺を見て身じろぎもしないとはな・・・豪胆な小僧だ」
確かにオーラが凄い。アルス〇ーン戦記のダ〇ューンのような侍だ。相当な実力者だろう。
「小僧、先ほどの男を十貫文で落としたな。何故だ?」
「その価値があると思ったからだ」
「その根拠は?」
侍の目が光る。
「勘だ」
「勘!?」
(…… 驚いた! この童、十貫文という大金を、己の勘のみを頼りに使ったのか?!
……何ということだ。
俺以外に、あの男の正しい価値に気づいていた者がいたとはな……)
「先ほどの蟾蜍のような男、俺の子飼いの精鋭をいとも容易く屠った者だ。売れ残れば俺が直々に扱き、生き残ればよし、生きなければそれまでと思っていたが。そうか、勘で落としたか……お主、名は?」
「本間照詮だ。佐渡で村主をしておる」
ほほう。と、男はどこか納得した様子で、去り際に俺に伝えていった。
「本間照詮、名を覚えておくぞ。俺は猿毛城城主、柿崎和泉守景家。その蟾蜍、うまく飼いならすのだな。戦場で会えば二度目はないと言っておけ」
柿崎……
ああ、柿崎景家!! 上杉謙信の武将の中で武力メッチャ高かった奴!
やばかったな。こっちも気が張ってたから気にしなかったけど、普通に会えば失神するくらいのプレッシャーだったぞ。
謙信の配下と言えば、もう一人強いのいたな。爺さんの…… 名前、なんだっけ…… う、う……?
「小鬼はん!! 平気ですよって!?」
蔵田五郎佐が震えながら近寄ってきた。
周りの者どもは、遠巻きに俺と柿崎景家とのやり取りを見守っていたようだ。
「和泉守様は、お若いけんども守護代様の先陣を任される猛将ですがな! 阿修羅様に準えられるほどのお方ですよって! ! よく五体無事でしたな……」
「うん。名を覚えてもらったぞ」
「……驚きの連続ですがな。命がいくつあっても足りませんわ」
また会うだろうな、彼とは。敵としてではなく、味方として戦場では会いたいものだ。
「さて、次は職人と、子どもと女か」
俺は次の人員確保に気持ちが移った。職人はもちろん欲しい。金はあるんだ。いればいるほどいいだろう。それに、女と子どもか……すぐに村で必要という訳ではないが、もし、変な奴に買われでもしたら・・・?
思いに耽る俺の横顔を見て察したためか、直江津の豪商は切なそうに話しかけてきた。
「…… 悪いことは言いまへん。『情を捨てなはれ』。情を捨てなければ辛くなるよって」
「情を……捨てる?」
こくこくと蔵田五郎佐は頷く。どこか遠い目をしながら話を続けた。
「商売をしておりますと、情に絆されそうになることが何度もありますよって。代金が足りない者に支払いを遅らせてやろうか、銭が足りずに親兄弟と離れ離れになるのが悲しゅうて泣く子を助けてやろうか。ワシかて木の股から生まれた訳ではありまへん。助けてあげたくなりますよって」
右手をギュッと握りしめ、豪商は言葉を続ける。
「けんども、徒労と消え果てますよって。悲しい思いの者は海千山千おりまする。目の前の者を助けたところで、全てを救うことはできる訳ありまへん。世が泰平であればこんなこともあらへんけんども、ワシくらいの力ではどうにもならへん。更に、良かれと思って助けた者に裏切られたことも何度もありますよって」
諭すように、老年を迎えようとする豪商は俺に言った。
「裏切られ…… か。要は、これからの子どもや女の競りに気を付けろ、と言いたいのだろ?」
「男衆は働きになります。自分らで稼ぐこともできます。けども、子どもや女は守り養う必要がありますよって。養う当てもなく、情のためだけに買うのは、止めなはれ。飢えさせて殺すのと同じことですよってな」
金に任せて、無闇やたらと買いまくることが、決して良いこととは限らない。そう言いたいのだろう。俺には、村の者達という既に養い守らねばならないものがある。自分の風呂敷に入りきらない物を入れることはできない、という訳だな。
「肝に銘じておこう」
俺が答えると、豪商は、自分の出っ張ったおでこをゆっくりと撫でた。
次の職人の競りは、10名ほどだった。俺は自分の風呂敷の大きさを考え、鍛冶仕事ができる者、家大工仕事ができる者、船大工仕事ができる者を一名ずつだけ競り落とした。こちらはまだ重点的に進めることができない。今ある物の修理を主な仕事にしてもらう予定だ。
次の子ども、女の競りの前に、俺が競り落とした戦働きできる者15名と、職人3名との初顔合わせをすることになった。引き渡し自体は市が終わってからだが、今であれば金を戻して取り消すことができるという仕組みだ。手数料はかかるがな。クーリングオフ的なやつだ。
俺は、一人ひとりの顔を見回した。暗い顔をしている者もいる。不安そうな者もいる。「自分を買った者は、はたしてどんな者か」と胸がはち切れんほどに落ち着かんだろう。
「諸君、俺が諸君らの主君となる者だ! 本間照詮と申す! 身は小さく幼いが、諸君らを養う力は十二分にある! 安心して俺に尽くしてくれ! 諸君らの働きに期待している!」
俺は敢えて大声で明るく声をかけた。まずは安心感と希望を与えなくては。
目が虚ろだった者何人かは驚いた様子だったが、俺の声を聞いて若干光が戻ってきた感じだった。そうだよな。不安だし、買ったのが子どもじゃさらに不安だろう。敢えて自分を大きく見せて、安心感を与える必要がある。
皆、とりあえずは頭を下げ、主君は誰か確認した様子だ。まだ値踏み中だろうけどな。
詳しくは競りが終わった後にしようと、その場を離れようとした時、
「恐れ多いことでありますが、曲げて、お頼み申したいことがあり申す!」
大声で叫んだ者がいた。見ると、二番目に落札した身の丈六尺ほどの大男だった。
「某、越中神保家が家臣、椎名 康胤が一門の椎名則秋と申す! 主君となられる本間殿に、恐れながら心からのお願いがあり申すっ!」
と、縛られた両手を地面につき、顔を泥に擦り付けた。
急な問いであった。
「話を聞こう」
俺は耳を傾けることにした。
「女々しい話で申し訳ござらん。次なる競りにて、我が子五郎太がかけられまする。今ここで分かれるとあれば今生の別れとなり申そう。平にッ! 平に取りなしをお願い申しあげまする!!」
……
「つまり、お主の子を競り落としてほしい、という訳じゃな」
「ははっ!」
顔を泥まみれにしているであろう。こんな大男がここまでするとは…… 大切な我が子だから当然か。
しかし、先ほど越後屋から「情は無用」と釘を刺された所だ。目を越後屋へ向けると、「あきまへん」というように、顔を顰め首を横に振っている。
「どうか! どうか!!」
大男は顔が泥まみれになるのも構わず、地面に擦り続ける。
……
環塵叔父を見ると、素知らぬ顔をしている。
「お前が決めろ」と言わんばかりだ。
……
目をしばし閉じて想いを巡らせた。どうする・・・
……
俺は決めた。
「椎名則秋、お主の命、俺にくれるか?」
巨漢は顔を上げる。顔だか泥だか分からないほどに汚れている。
「喜んで!」
きっぱりと答えた。よし、分かった。
「小鬼様!」
蔵田のおっさんは俺を止めようとしたが、無駄だと思って立ち止まり、仕方ないというように目線を地面に落とした。
「どの子だ?」
「ありがとうございまする! あちらに見える列の三番目、髪がやや茶色がかった者でございます!」
「分かった。代わりにお主の命、俺に預けてもらうぞ」
「はっ、必ずや!」
俺は大男、椎名則秋の手を取って立たせた。涙か泥か顔か、分からないくらいだ。
そして、他の買い取った者にも言った。
「遠慮はいらん。あの列の中に縁のある者が居れば、今ここで申せ!」
大男だけを特別扱いにはしない。現に、俺が落札した者の中には、子どもや女の列を名残惜しそうに見つめる姿が見られていた。
「お、恐れながら! あそこに女房が!」
「あ、あっしの子が一番後ろに! お願いいたします!」
半数ほどの者達が目を見開き、自分の肉親を取り戻すため俺にアピールした。
俺は聖人君主じゃない。
情に絆された訳じゃない。
ここで恩を売っておけば、俺に心から信頼を寄せてくれる、従ってくれるだろうという打算だ。
けれども、打算だろうが偽善だろうが、やらぬよりはいいはずだ。
自分で面倒は見ろよ。俺は全ては見ないぞ。
歓喜と涙の一団の中、俺は先ほど十貫文という破格の額を出して落札した、蟾蜍のようななりをした男に近寄った。
「お主の大事な者は、誰か? 俺が引き取ってお主と共に暮らさせてやる」
膂力無双の男は、自分からはアピールしてこなかった。だが、大切な人がいるのは間違いなかった。男は、ざんばら髪に隠れた重そうな瞼をかっと見開き、信じられないという表情をした。けれども、男は横を向いて何も伝えようとはしなかった。
俺は逆に、この男を見ている者が競りの列にいないかと見回した。すると、女が一人こちらを心配そうにじっと見ているのに気が付いた。
……月も恥じらい隠れるような、絶世の美女だ。髪は艶々と濡羽色に輝き、唇は細いがふっくらと鮮やかな紅色だった。驚いた。どんな関係なのだろう?
俺は、買い取った者達が伝えてきた肉親達を越後屋の番頭に伝え、何度も確かめて確実に落札することにした。予算は十二分に足りるはずだ。
案の定、子どもは二十文、女は五十文程で落札されていった。労働力としては貴重だろうが、やはり戦国の世で自分達以外に食わせるのは容易ではないのだろう。
だが、蟾蜍と関係がある絶世の美女は、難航した。盛り場の遊女として売れば、大きな銭となるのだろう。何と二貫文まで競り上がった。普通の男4人分だ。競り合ったのは案の定、蛇のような柏崎屋。どうしても競り落としたかったようだが、俺の資金力には歯が立たなかったようだな。悔しそうに舌をシャーというように出していたわ。
落札後、俺が落札した男たちを、同じく俺が落札した肉親達に会わせた。
今生の別れと思っていただろう縁が再び結び合った奇跡に、言葉で言い表せないほど喜んでいるようだった。
「ありがとうごぜぇます!」
「身を粉にして、働きやす!!」
傍に寄って来た男達は、口々にそう言った。
俺は、一人でジンと感動しそうになりながらも、情にのみ流された訳ではない、と心の中で自分に言い訳をした。
気になっていた美女と蟾蜍はどうだろう?
目線をそちらへ移すと、丁度その場面だった。
「…… 鷹千代 …… ?」
「………… お゛っかぁ」
ひしと抱き合う二人。何と親子だったのか!
似ても似つかない親子だったが、まさかまさかの展開だった。というか、彼は喋れるんだな。
絶世の美女、鷹千代と呼ばれた男の母が、恭しく俺に頭を垂れた。
「もう二度と鷹千代とは一緒になれぬと思っておりました。感謝のしようがありませぬ。私は妙高にありました小島家の妙恵と申します。この御恩は必ずや鷹千代と共に返させていただきまする」
「…… お゛っかぁ。お゛いらはもう弥太郎じゃぞ。いつまでも鷹千代とよぶな」
たどたどしく膂力無双の小男は口を挟む。喋るのは苦手そうだが、きちんと受け答えはできるようだ。そうか、幼名が鷹千代と言うんだな。元服して弥太郎となったのか。結構若いんだな。
元服した名前は、小島家の弥太郎だから、小島弥太郎でいいのかな。
小島弥太郎、小島弥太郎……
!?
小島弥太郎って言ったら、有名な「鬼小島弥太郎」じゃないか!?
すごい美青年とか大男とかゲームでなってた気がするが…… 怪力無双ってのは合ってそうだが。
俺は、小島弥太郎、椎名則秋ら、新たに仲間となった者とその肉親を連れて、越後屋から譲り受けた屋敷へと向かった。長い一日がようやく終わろうとしていた。
「越後の二天」「上杉四天王」「上杉二十五将」と呼ばれる中に必ず入っている、柿崎景家との関わりを持ちました。
第4次川中島合戦の際には、景家は乱戦の中で信玄の弟・信繁を討ち取り、さらに郎党の者が山本勘助の首もあげたと伝えられています。
黒装束を身にまとい、先陣を常に任される勇猛さ。『智勇の陣将、勇驍の働、 一世に七度あり』(「勇将録」)と、西国にまで名が轟いていたそうですから、凄いですね。
一方で、「思慮に欠ける」「晩年、暗殺された」などの逸話もあります。
もう一人の「う」が付く名将は、いつか出てくるはず(*´Д`*)
ちょっと物忘れが酷いのは、転生による意識の混濁とか混乱とか、単なるうっかりとかにしといてください( ;∀;)
「鬼小島弥太郎」こと小島弥太郎は、名前は有名ですが実在したのかしてないのかよく分かってないみたいなので、創作話にとってはとても都合のいい人物です。妙高の小島家~という逸話は、そのまま使わせて頂きました。
椎名さんは、神保家の家中にいたそうですが、則秋さんは創作武将です。
神保さんはゲームじゃ弱くて、誰がいたかなんて覚えてない・・・(*´ω`)
ご愛読、評価、ブックマークありがとうございます(*'▽')力になります




