第百六話 ~余波~
<天文九年(1540年)八月 佐渡国 雑太郡 尖閣湾>
やっと来れた!
「天下の絶景」と賞される佐渡北部の景勝地、「尖閣湾」だ!!
荒々しい岩肌の断崖絶壁、それを取り巻く青く澄んだ海。鴎が優雅に飛ぶ美しい佐渡の空。吹き抜ける風が涼しい。絶景かな絶景かな。
台湾の「太魯閣渓谷」も素敵だったけど、前世の俺の中では断トツNo.1の景勝地だ! 水中水族館や底がガラス張りで海中が見える「海中透視船」なんかもあったなあ。ガラスの製造が軌道に乗ったら作らせたいな。みんな度肝を抜かれるぞ。
俺は作らせていた邸宅で絶景と夏をじっくりと味わいながら、大戦後の出羽国、陸奥国の今後についての方針を考えていた。この場にいるのは、環塵叔父、椎名則秋、山本勘助、長野業正、上泉信綱、久保田仲馬、新発田収蔵、小島弥太郎、白狼といった重臣クラスの者だけだ。極めて大事な会議と言える、綺麗な話だけじゃない、せめて景色くらいは美しくしたいと思い、ここを選んだ。
まずは、新たに取り入れた旧蘆名領の処遇だ。
「則秋」
「はっ」
「蘆名家が治めていた、陸奥国の耶麻郡(喜多方市、猪苗代町周辺)、大沼郡、会津郡を任せたい。主君替わりで難しい統治となるし、極めて重要な地点じゃ、頼めるか?」
「!? わ、儂で御座るか!? 武名で言えば、業正殿の方が……」
「いえ、某は新参者。旧蘆名家の所領など荷が重すぎます」
「黒川城攻めではお主の手腕が大きな力となった、任せられるのはお主しかいない。頼む」
俺は頭を垂れた。
下野国の宇都宮家、那須家と隣接する羽茂本間の橋頭保にもなる。関東からの侵攻を防ぐ役割も担ってもらう必要がある。滅多な人材は置けない。
「上州の黄斑」長野業正の勇名は東国に轟いている。しかしさすがに羽茂本間家に入ってから日が浅すぎる。三郡にまたがる大領、しかも旧山内上杉家が治めていた上野国とも隣接する所領を持たせては、「軽薄」という印象を拭えないだろう。
「殿、何度も申し上げますが、大将たるもの頭を安く下げるべきではござらん。某なぞ、既に殿に命を差し上げた身。どんな役割も命尽きるまで果たしまするぞ」
「そうか! では、『陸奥国全体の統括』も頼むぞ!」
「えぇ゛っ!? あっ…… が……!?」
さしもの則秋も目を丸くした。
「伊達稙宗が失脚した後、陸奥国を俺の代わりにまとめる人物が必要だ。出羽国は定満に任してあるように、陸奥国は則秋に任せるぞ!」
陸奥国は広い。前世で言えば青森、岩手、宮城、福島を合わせた広大な領土。石高は合わせると百三十万石にもなる! その中で俺が実質治めているのは、旧蘆名領と俺に弓を引いた二階堂家と田村家の治めた土地で、二十万石程だ。残るは臣従を決めた伊達、葛西、大崎、留守、斯波などの家が統治することになる。未だに反目している南部家と相馬家を潰せば陸奥国制覇だ。
二階堂照行と田村隆顕はどちらも正室が稙宗の娘。逆らえなかったのだろうな。大戦後に降伏したが、相応の責任は取ってもらう。命は取らぬが領地は召し上げ佐渡の開発を手伝わさせる。改心が見られたら、武将として取り立てなくもないがな。
「与力として水越宗勝、文官には辻藤左衛門信俊を預ける。旧二階堂領には揚北衆のまとめ役の色部勝長、旧田村領には同じく揚北衆の新発田綱貞に任せることにする。内々に打診したが、二人とも『領地が増える』と喜んでおった。彼らとも力を合わせ、陸奥国の国人衆達との連携を図り、陸奥国南部の治安を安定化してくれ!」
「…… 身に余る大役。ですが! 全身全霊をもって任を全ういたします!」
六尺を越える大男は額を床に擦り付けた。
加えて紫鹿おばさんも連れていきたいと言ったので許可をしたが、そういう仲になってたのかな?
「揚北衆の面々は『譜代扱い』とする。米沢の地は加地春綱に。山形城の周辺は黒川清実に。天童城周辺は竹俣昌綱にそれぞれ任せることとする」
「照詮、じゃなかった、殿。出羽の寒河江、砂越、清水などの国人衆ではだめだっちゃ?」
仲馬おじが尋ねてきた。おじは西三川を順調に統治していると聞く。苦酸を嘗めた農民だっただけに、優しい領主をやって成功しているみたいだ。あとでお願いをすることがあるぞ。
「仲馬、それはならんな。寒河江と最上は蛇蝎の如くに嫌い合っている。例えば、そんな寒河江家に旧最上領を任せてみろ、その後はどうなる?」
「あ……猛反発になるっちゃ」
「だから、関係のない者の方がいい」
人の心は難しい。割り切って次へ次へとは進めない。これまでの因縁や過去は、人の歴史だ。統治を進める上で欠かすことはできん。もちろん、そればかりも言ってられんが。
「朝廷と長尾の舅殿には、文を出してある」
大戦への力添えを頂いたと御礼を言う。朝廷に挨拶には行かねばならんが、もう少しだけ待ってもらおう。
柿崎景家と中条藤資は蘆名家を滅ぼした後、上田長尾房長(隠居は延期したようだ)と共に意気揚々と越後へ引き上げていった。長尾家への謝礼としては、手堅く特産品と金と米にした。足りないとは言わせない量を贈ったら、「うむ、それと越後を頼む」と素っ気ない文が返ってきた。
「『年始挨拶には参内せよ』と言われてるっちゃ」
「そうか、それまでには終わらせておかねばな」
「あと儂は領地とかいらないっちゃ、佐渡から出ないっちゃ、妙恵と杏と一緒にゆっくりするっちゃ」
「分かったよ」
環塵叔父の出世欲の無さったらない。南蛮から届いた珍しい仙人掌の苗を貰ったら喜んで、ひたすらにそれを育てている。治政とかにまったく興味がなさそうだ。まあ、好きにさせてあげよう。
現状についての話で他にないかと言ったら、則秋が尋ねてきた。
「殿……陸奥国中部(宮城県付近)の大崎家と葛西家。『お咎めなし』でよろしいのですか?」
陸奥国を束ねることになるのだ。全て平等、は無理としても公平性は欲しい。すんでの所で兵を出さなかったことのみを評価してお咎めなしは、確かに軽い処分だ。
「それについては、大戦の余波が関係すると考えている」
「余波……?」
「…… 『御家騒動が起きる』とお考えですな?」
「その通りだ、信綱」
剣聖様は先読み力も鋭いな。
葛西家当主の葛西晴胤には、実子の親信、晴信がいたが、伊達稙宗から無理やり養子を押し付けられていた。名は葛西晴清。実家伊達家の権勢を笠にやりたい放題をしていて、実子を押しのけ嫡男の地位にあった。
だが、この大戦により伊達家の影響力は激減。当主晴胤と嫡男晴清の間には決定的な溝が生じている。血を見ることは明らかだ。
大崎家も同様だ。
『奥州探題』を幕府から任ぜられている名門大崎家は勢力が落ち、治める領地も加美郡(宮城県北西部)周辺のみと小さくなっていた。内乱も絶えず、当主の大崎義直は伊達家の力を借りてそれを鎮圧。代わりに伊達家から養子を迎えた。それが大崎義宣だ。
元々しっくりしていなかった仲に、今回の余波だ。どちらも引けず、対立することは明らか。
「どちらからも『自分に味方してほしい』と文が来るだろうが、放っておく。両者が滅んでくれれば一番いい。文句をつけて取り潰しも簡単だ」
「殿、悪い顔になっておりますぞ」
勘助に言われた。そうかな?
「留守家はそのままにする」
留守家当主の留守景宗は、稙宗の実弟。だが兄弟仲はしっくりいっていなかったようだ。晴宗に代替わりをすると喜んでそれを支持している。羽茂本間の熱烈サポーターだ。そのままにしておこう。
しかし人材不足だ。
揚北衆を譜代扱いとしたことで少しは目途がついたが、どこまで信用できるかはまだ未知数だ。信用するしかない。
各家が人質として出してきた子どもを佐渡風に英才教育中だ。うまく頭角を現す人材が現れてほしいものだ。加えて、スカウトは随時、各地に出さねばならんな。
「今後の目標は?」
「南部家を潰す。陸奥国の残る大勢力はそこだけだ」
相馬は小さい。最南部の白河結城家と岩城家は「常陸の雄」佐竹家との緩衝材の役割を果たしてもらう。
「勘助を大将とする! 業正は副将じゃ! 佐渡水軍を率いて海路より津軽海峡を経て三戸城を目指せ! 好きに暴れていいぞ!」
「ははっ!!」
「腕が鳴り申す!」
「それと、俺は『蝦夷』を目指すぞ!」
「蝦夷!?」
「これはまた、最北で御座いますな」
蝦夷の入口である道南は、戦の余波を受けて安東家から独立した蠣崎家が治めている。
「空海屋と柏崎水軍と共に、『道南十二館』を羽茂本間のものとする! 弥太郎! 信綱! 仲馬! 白狼! 供をせよ!」
「お゛う」
「ははっ」
「ええっ!? 儂もだっちゃか!?」
「はは、楽しい旅になりそうですぜ」
尖閣湾は、本当に素晴らしい景観です(*´ω`*)
久しく行っていないので、是非行きたいです。
画像検索をして、濁ったソウルジェムを浄化します。
次回は蝦夷への旅です。




