第百四話 ~須川激突~
<天文九年(1540年)六月末 出羽国 山形盆地 須川>
長谷堂城と伊達軍居城の山形城の間を走る須川。決戦の場だ。
先ほど、須川越しの口合戦が終わった。伊達稙宗は思ったより白髪頭だったな。「簒奪者」だの「乳でも吸っておれ」と罵られたが、粛々と「出羽守」という大義名分を前面に押し出し、相手方が「蛮行」を行っていると反論した。
俺を狙った暗殺未遂についての言及はしなかった。それも立派な戦国の手段だ。やられる奴が悪い。まあ、それ相応の報いは受けてもらうぞ。
「どちらが川を先に渡るか、ですかな」
軍師の山本勘助が尋ねてきた。
「『ルビコン川』、とは言えないな。俺は渡ると決めている」
「は?」
対岸には竹束を構えた兵、フレシェット弾対策のためか木をくり抜いたような兜をしている者達が見える。それなりの対応をしているようだな。雨水が集まり、川の水も増水している。すぐに渡ってくるとは思うまい。だが!
「機先を取る! 鉄砲隊、雷筒隊斉射の後、一気に押し通るぞ!」
「は、ははっ!!」
「間抜け面をした敵軍に最大火力をぶつけ、その後蹂躙する!」
俺は昨晩から考えていた陣立ての中でも、特に突破力に優れた陣形で攻め入ることにした。
「景家ッ!」
「応ッ!」
「『鋒矢の陣』(矢のように前方へと突き進む陣形)を敷く! 『先手』の栄誉を其方に与える! 斬って斬って、斬り進め!!」
「ははっ! 分かっているではないか!」
「これ!! 和泉守殿っ!」
柿崎景家の喜ぶ顔を初めて見た。やはり戦場こそ、こいつが輝く活躍の場だ。守り戦など性に合わないといった所か。中条藤資おじさんは景家の後詰めの中軍だ。
「業正! 信綱!」
「「はっ!!」」
「『二陣』を任せる! 景家の両翼となり相手軍を踏みにじれ!」
「腕が鳴りますな」
「お任せあれ。相手を『撹拌』して参ります」
勇将の長野業正、修羅の如き「剣聖」の槍捌きを見せてもらうぞ!
「敵が退けば、そのまま追えっ! 山形城へ逃げたらそのまま落とせ! 米沢へ逃げたら米沢を落とせ! 攻めて、攻めて、攻めまくれ!!」
「「ははっ!!」」
昨日の一件だけではない。俺の苛々を今日ここで終わらせてもらう。どちらが出羽、奥州の主として相応しいか、はっきりと示してやる!
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「やーい、佐渡の子猿!」
「さっさと田舎島へ帰れ! 帰れ!」
「お主の鉄砲なぞ、この竹束で防ぎきってやるわ!」
「川を渡ってきてもよいぞ! ささ、どうぞこちらへ! はははっ!」
中央に位置する「丸に竪三つ引」の軍がこちらを挑発する。伊達軍か。
嘲笑でこちらを乱す作戦だ。使い古された手だが、睨み合いの戦では極めて有効だ。足場の悪い進軍速度の落ちる川へ考えなしに行軍すれば、弓で射かけられ多くの死者を出す。
「出羽国は伊達様に渡せ!」
「出羽から出ていけ!」
相手陣の左翼は、足利一門の「丸に二つ引き」の紋か。最上軍だな。
右翼は、馬が跳ねている絵紋の「相馬繋ぎ馬」。代々騎馬戦を得意としたことから荒馬を繋ぎとめる状況を図案化したか。なるほど、当主の馬好きも頷けるわ。
数は敵も味方も六千ほど。だが負けぬ! 俺は日ノ本を変える男だ!
「砲門構えッ! 全火力、斉射用意!!」
「ははっ!」
デミ・カルバリン砲八門。フランキ砲三十門。マスケット銃百丁。佐渡銃百丁。そしてポルトガルから大枚を叩いて購入した最新式の一際デカくて長い「カルバリン砲」一門を用意させた。
デミ・カルバリン砲は「半」ということから9ポンド(約4kg)の弾を飛ばすが、カルバリン砲は18ポンド(約8kg)を同じ距離分飛ばせる。ヘビのように長いこの大砲の恐るべき威力を、体全身で味わってもらうぞ。
喰らえ伊達軍っ! 忌まわしき思い出と共に、消し飛べっ!
「斉射ッッ!!」
俺は憎しみの想いを銅鑼に託した!!
ジャーン!!
即座に雷鳴のような地響きのような音が轟いた!!
ドドーンッ! ガガン! ドドッ! バババッ!
ズガアアアアアアアアアアン!!
火線を受けた竹束隊はバタバタと倒れた。火縄銃の劣化版クラスの佐渡銃にはそれなりの効果があるようだ。だが大型高火力のマスケット銃の貫通力は止め切れない。強度が足りずに弾で貫かれた。
フランキ砲の弾をモロに浴びて胸に風穴を空けて絶命する者、片手を吹き飛ばされる者、デミ・カルバリン砲、虎の子のカルバリン砲の通常弾とフレシェット弾で頭は守れても胸や足を守れなかった者など多数。阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「全軍、すすめえええええええええええッ!」
「おおおおおおおおおっっ!!」
相手方の崩れたことを確認し、先手の景家、両翼の業正、信綱の軍が川を渡る! 混乱から立ち直り弓を射かけてくる者もいるが散発。逆に我が軍遊勢の弓隊に狙われ針鼠となった。
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「渡れええェェ!」
大将ながら先陣を切る柿崎景家。続くのは泥をものともせず渡り切った子飼いの黒武者達。相手からすれば悪鬼の如き軍勢だろう。
「く、来るなあッ!」
竹束を構えて景家を迎え撃つ伊達軍の一兵卒。
ズガッ!!
しかし景家の剛槍により竹束ごと胸を貫かれ絶命した。恐るべき膂力だ。
「脆弱な伊達の木っ端共…… 皆殺しだあああぁッ!!」
「応っ!!」
後に、奥州中に「越後の悪鬼」と鳴り響き恐れられる景家軍の大虐殺が始まった。
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業正の軍も、最上軍が待ち構える対岸へと辿り着いた。
業正は普段の温和な顔とは一線を画す野獣のような形相で声を張った!
「我こそは『上州の黄斑』、長野業正である! 命の惜しくないものはかかってこいっ!!」
「げぇっ!? 長野業正ッ!?」
「『人喰い虎』と呼ばれる男だぞ!」
東国に轟く勇名に足が竦む最上家当主の最上義守。だが、ここで退いては名門最上家の名が廃る!
「な、長野業正、何するものぞ! 討ち取れ! 討ち取れい!」
「ははっ!!」
下知を飛ばした若き主君。しかし無情にもその本陣に向けて鉄の狂弾が降ってきた……
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ビュンッ!
馬上にて大鎌槍を振るう「剣聖」上泉信綱。鍛え上げられた「武」の技によって、触れた瞬間に五人ほどの腕や胴や顔が吹き飛ぶ。
次の瞬間には別の集団に狙いをつけ、槍をさらに一閃。また五人が崩れ落ちた。「撹拌」という名に相応しい。剣聖は刀のみならず弓、槍、棒、などの扱いにおいても天下無双だった。
剣聖の脇を固める侍達も、その教えを受けた門弟たち。手負いの相馬軍では歯が立たなかった。だが、そんな様相も意に介さず自慢の騎馬隊を向かわせる者があった! 相馬家当主の相馬顕胤だった!
「はは! 我が相馬軍が誇る『荒騎馬隊』だ! 羽茂本間軍を須川へ叩きこめっ!」
五十騎を越える相馬の騎馬隊が上泉軍に襲い掛かった!
馬の突進は、その速度と重量で人間の防御を一瞬にして踏み砕く。戦国の世の最強部隊とも言われる!
だが、剣聖は目を細め、冷静に相手の実力を分析した。そして大槍を最上段に構えると、一気に振り下ろした!!
「イヤァアァアッッ!!!」
ズバッッ
信綱の大槍が、馬上の武者の槍と体と乗馬とを真っ二つに引き裂いた!
ブシュウウウウッ
血飛沫をあげて倒れ込んだ武者。自分が何故二つに分かれたのか理解できないままに息絶えた。他の騎馬隊も同じ運命を辿った。
「大将は…… あそこか。」
剣聖は騎馬隊を嗾けた派手な飾り兜をかぶった相馬家当主に目を付けた。
大きく見開いた犯しがたい殺気が込められた双眸。それを見た六尺の大男はわなわなと震え、少数の供のみを従えて一目散に領地へと馬首を翻した。
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「伊達軍、大崩れ」
悪鬼の如く猛進する柿崎軍、その両翼を突き進む長野軍、上泉軍に対抗しえなかった伊達軍は、山形城ではなく米沢城を目指した。山形城に逃げては囲まれて逃げ道がなくなると見たのだった。殿は娘婿の蘆名家嫡男の蘆名盛氏。
だが、その盛氏は奮闘虚しく討死。
「追えッ! 絶対に逃がすなッ!!」
必死に逃げる伊達稙宗。追いすがる羽茂本間軍。
羽茂本間出羽守照詮率いる軍の余りの勢いに恐れを為し、伊達稙宗は米沢城を諦めて本城である東の桑折西山城へと敗走した。米沢城はその後、猛攻により三日後に落城。伊達家は出羽国への貴重な足場を失った。
息も絶え絶えに山形城へ逃げ込んだ最上義守。追撃の手は米沢に行った為にすぐに落とされることはなかった。だが、その命は風前の灯火だった。
「稙宗は東へ逃げた! このまま追うぞ!! 則秋隊はこのまま南下し、蘆名家を叩け!!」
糧秣は十分。上田長尾家からも別動隊が蘆名領地へと侵入している。
疲れてはいるが、ここで退いては相手に守る隙を与える。
討て! 蘆名家を撃ち滅ぼせっ!!




