第百二話 ~蠢く者達~
<天文九年(1540年)五月 陸奥国 行方郡 小高城 御馬小屋 >
「ははッ! これは見事な月毛(淡い黄白色)の馬じゃ!!」
「ええ。それはもう」
相馬家当主の相馬讃岐守顕胤は、揉み手をして媚を売る腰の曲がった翁と商談をしていた。愛想が良く低姿勢。それでいて持ってくる品は一級品ばかり。これはよい商人じゃ。多少値は張るのは致し方なかろう。
「先日譲ってもらった『大河原毛』という出羽の馬には驚いた! 体高が四尺十寸五分(約153cm)もある大馬! 惚れ惚れしたわ! 良い買物であったぞ!」
「お気に入って頂けて、何よりでございまする」
「だが! この月毛の馬の美しさときたらどうだ!? まるで月の天女が舞い下りたようじゃ!」
「はは。方々探し回りましてございまする」
「して、いくらじゃ?」
「はは。しからば百貫文(約一千万円)ほどかと・・・?」
「ほっ! 流石に値が張るわい!」
だが、これほどまでの名馬を見せられて「買わない」とは言うことは出来はしなかった。無類の「馬好き」の顕胤は、買う気に満ち溢れた気配が体中から発せられていた。「買う!」と言おうとしたその時、
「と、殿! お待ちくだされ!」
止めた者がいた。標葉郡下浦館主の下浦泰清だった。
「何じゃ、常陸介(泰清の官途)」
「恐れながら、我が相馬家の財は逼迫しております。加えまして来月には羽茂本間との戦があり申す、それに殿は既に二十頭もの御馬をお持ちかと、これ以上は……」
ガッ!!
裏拳が飛んだ。
恵まれた体格の顕胤の右の拳が泰清の顎にめり込んだ! 衝撃は凄まじく、歯は砕け散り、体は宙を舞った。
「グッ、ガハッ!」
馬糞桶に身体がぶつかり、体中糞まみれになった下浦泰清。
「泰清! 増長するな! 儂は相馬家の当主じゃぞ!」
「……も、申し訳ありませぬ……」
「差し出がましい口出しをするな! 竹束作りの手伝いでもしておれ!! 分かったか!?」
「……は、ははっ」
哀れな泰清は、すごすごとその場を立ち去った。
「…… 讃岐守様、先ほど『竹束作り』とお聞きいたしましたが?」
「ああ、戦準備の一つじゃ」
「ほほう?」
翁は怪しげに瞳を光らせた。
「佐渡の羽茂本間照詮なる者が弓の数倍の威力のある『鉄砲』という物を使うそうでな。ならば竹の束で防ごうという訳じゃ」
「おおう! それは名案ですな!」
「五尺の長さの真竹を二十ほど束ねて藁で縛るものよ、矢であれば十分に防げる」
「……中に詰め物などは?」
「はは。空海屋! お主は戦が分からぬな、中に土や石など入れたら重くて持てる訳はなかろう!」
「ははっ! これはうっかりしておりました。流石は『勇邁(勇敢で大きな器量があること)比類なし』と呼ばれる御方、感服いたしましてございまする」
顔を皺くちゃにして愛想笑いを浮かべる黒兵衛という翁。まあ、商人が戦を分からぬのも無理はないか。
「では来月、佐渡の小僧を成敗した後にまた新しい馬を見せてくれ」
「はは……しかし、お支払いは大丈夫でございまするか?」
「安心せい。伊達の大親父(稙宗)殿に泣きつけば幾らでも出してくれるわ! 先日など『洪水で民が流されて』と謳って百貫文即金で貰えたわ、儂の口先三寸は打ち出の小槌よ!」
「はは、それはそれは……」
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<天文九年(1540年)五月 陸奥国 桑折西山城南 万正寺>
「入れ」
「はいな」
呼び入れたのは、女だった。胸元を開けさせた一見すれば遊女のような女。だが、文をもらって驚いた。瞬く間に佐渡と出羽の実権を握った羽茂本間照詮の使いだという。
「室への贈り物、確かに頂いた。だが、来月には戦がある。かようなことは今後は控えていただきたい」
「あら? 珊瑚の首飾りは、お気に召しませんでしたか~?」
「……天にも昇るくらいに喜んでおったわ」
「でしょう~?」
伊達稙宗の嫡男にして、天文二年(1533年)には室町幕府十二代将軍・足利義晴の偏諱を受けた男、それが伊達晴宗だった、年は二十一。
「仲睦まじいとは聞いておりましたが、本当に相思相愛ですわね~」
「う、うむ」
晴宗の正室は、岩城家当主岩城重隆の長女で「奥州一の佳人」と名高い久保姫だった。そのあまりの美貌が故に、晴宗は他家へ輿入れに行く久保姫の行列を襲撃し、強引に奪い取った。驚いた久保姫。しかし、荒事を起こした晴宗に久保姫はまさかの一目惚れ。今は側室も取らずに仲睦まじく暮らしているという。
輿入れの列を乱された岩城重隆は当初は怒り心頭であった。だが、再三仲睦まじく暮らしているいう文をもらうと心を許し、「男の子が生まれたら、世継ぎとして渡すように」という条件を付けて婚礼を認めたのだった。
そんな心の奥底から惚れている久保姫が愛らしい靨を見せて喜ぶ姿を見た晴宗は、憎き敵であるはずの羽茂本間照詮への気持ちが揺らいでいた。
「でも、大変ね~。御父上が貴方のことを良く思っていないって」
「ふっ、他家の御家騒動。喜んでおるのであろう?」
「いえ~。むしろ、『晴宗様に早く代替わりをして欲しい』と言っているわ~」
「ほほう?」
意外な言葉だ。他家の御家騒動となればうってつけの隙。これはもしや……?
「出羽守様は今回の戦をと~っても怒っていらっしゃるわ~。多分、伊達家の連合軍を粉微塵にする戦力を投入するわね~その後の伊達家はどうなるかしらね~?」
「……それは脅しか?」
「いえいえ~親切よ~。でも、晴宗様に『代替わり』すれば『伊達家とは友誼を結ぶ』と言っているわ~」
「…… 誠か?」
「書状もあるわよ~。大事な品だから大事にしてきたわ」
そう言うと紫鹿は、たわわな胸の谷間から密書を取り出した。正室しか眼中にない晴宗にとっては、全くの無駄なサービスであったが。
「……確かに。他家への無謀な侵略、相馬顕胤の如き輩への領地割譲など、父のようなやり方をしていては伊達家の存続は危うい」
「御家、そして正室と御子を大事にすることが、何より大切よね~?」
「……」
ふと、万正寺の境内にある大きな榧の木が目に入った。生まれる前、いや、それよりももっと前から生えていたであろう巨木。物言わぬはずのその木が、何か語り掛けているような気がした。
「……我が伊達家が家祖、伊達朝宗様が源頼朝公に認められてから数百年。それを見守ってきたこの木のように、永く伊達家を繋いでいくことが肝要かもしれぬな」
「そうね~この木は、まだまだ伸びていきそうよね~」
しばし目を閉じ、考え込んでいた晴宗。
だが、目を見開いた後に迷いはなかった。
「……『戦の後』とだけ、お伝え願おう」
「うふふ。分かったわ~」
意図を察した女忍者は、艶やかな絹の巾着だけを残して去っていった。
中には、魔除けとして珍重されるトンボ玉と、安産祈願の御守りが入っていた。
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<天文九年(1540年)五月 駿河国 府中館 評定の間>
今川義元は、複雑な他家との関係に苦慮していた。
義元と相模の北条氏綱とは、実は親類関係にある。祖母「北川殿」は、「戦国時代の申し子」とも呼ばれる伊勢盛時(北条早雲)の妹。氏綱は盛時の子である。一時期、今川家は北条家と共闘していたこともあったが、義元が武田信虎の長女を娶ったことで武田家と仲の悪かった北条家との関係が一気に悪化。駿河の東を攻め入られた。
これから武田家と共に北条家と対抗しようとしていた矢先、武田信虎が病で死去。今川家を統一したばかりの義元は、今後の方針をどうするべきか悩みに悩んでいた。策は浮かぶが裏付けが欲しかった。
「師よ。お知恵を御貸しいただけないか?」
義元は、幼き頃からの養育係であり、先の「花倉の乱」では、家督相続に筆舌し難い貢献を果たした「軍師」太原雪斎に答えを求めた。太原雪斎は臨済宗の僧で、衣の色は黒く坊主頭。異様に大きな頭が際立っていた。その巨大な脳が詰まった坊主頭を掻きながら、雪斎はこの先五年、十年へと思慮を巡らせた。
「悩む時に悩むは愚策。悩む時に悩まぬよう、事前に思慮を尽くすことこそ上策。そう教えて参りましたぞ?」
「手痛いのう。だが、そこを曲げて頼みたい」
「はは。では、答えの前に御自身のお考えをお聞かせ願いたい」
雪斎は自らの答えを言わず、まずは軍事・政治の弟子である主君義元の考えを聞くことにした。それは弟子の力量を認めているからに他ならなかった。義元は以前より温めていた策謀を雪斎に語り出した。
「武田家とは『事を構えぬ』、あのような山中に攻め入っても得るものは無い。武田家を継いだ晴信の姉である室に文を書かせよう。『夫は代替わりで困ってはいないかと心配している。助けになることがあったら言ってほしい』、と」
「ほほう」
「北条家に取られた駿東郡の河東は、無理に取り返さぬ」
「何故ですかな?」
「事を荒げたくないのが理由じゃ。怒りの原因となった所を取り返せば、さらに争いが大きくなる。将軍様に調停を執り成して頂く」
「なるほど」
北の武田、東の北条とは事を構えぬか。義元が環俗して今川家を継いでまだ三年、未だ地盤は緩い、大きな勢力との抗争は避けるか。
「ならば、いかが致しますかな? このまま亀のように閉じこもりますかな?」
「いや、三河の実権を握る」
「ほほ、なるほど。我ら今川家にとって、三河の松平家は五十年来の仇敵。五年前には松平清康(徳川家康の祖父)が森山崩れ(家臣の阿部正豊に暗殺された事)にて死去。跡を継いだ松平広忠はまだ十四、如何様にもできましょう」
「広忠は尾張の織田家に度々攻め入られ、『過去を忘れて助けて欲しい』と、泣きついてきておる。このまま松平に代わり三河を乗っ取る…… どうじゃ? 師よ?」
坊主頭を撫で回した「黒衣の宰相」は、弟子の成長を感じ満足そうに頷いた。
「流石は殿。そのうちに某を越すことは間違いありませぬな」
「世辞はよい。策を示していただきたい」
義元は世辞には乗らなかった。自分の力量は十分に知っている。だが、伸びる余地がまだまだあることも知っていた。
「某もほぼ同じことを考えておりました。崩れている所を狙うのが尤も容易いこと。武田家が崩れればそこを狙うのが必定。ですが晴信殿は噂に聞く以上の傑物と見ました。融和を図るのは上策です」
「北条はどうじゃ? 止まるか?」
「そうですな…… 二重にも三重にも動くとよろしいかと。山内上杉様、長尾家、それに佐渡の羽茂本間を動かしましょう」
「ぬっ?! 佐渡の羽茂本間もか?」
「左様でございます」
太原雪斎は鷲の眼の如き高き視野から物事を捉えて語った。
「かの者、力の隆盛凄まじく、既に出羽国を抑えたと聞き及びます。このまま大きくなれば甲斐の武田、相模の北条とて『次は我らかも』と脅威になると推測いたします。幸いにして我ら今川家とは利害がありませぬ。非常に動かしやすい駒で御座います」
「しかし、伝手がないぞ。如何様にして動かすのじゃ?」
「そうですなあ…… 『宗三左文字』でも贈られてみては如何でしょう?」
「なっ!!?」
義元は驚いた。
宗三左文字は南北朝時代の名刀。畿内を支配していた三好政長が甲斐の武田信虎に贈り、それを婚礼の引き出物として義元に贈られた逸品である。
「儂の愛刀であるぞ!? それにあれは……」
「信虎殿は既に世におられませぬ。咎める者はおりますまい。それに、刀一本で兵五千が動くと思えば、安い物かと」
「ううむ……」
僧として幼少期を過ごしてきた義元にとって、刀はそれほど魅力のある物ではない。だが、戦人を束ねる者として剣術修行を日課として欠かしたことはない。それに、名刀を手放すとなれば「剣が苦手」と侮られはしないか? しばし悩んだ義元であったが、
「……分かった。師の言う通り、宗三左文字を佐渡へ贈ろう。そして、師が使者となるので良いのだな?」
今は、名より実を取ることにした。世は、食うか喰われるか。駿河・遠江の主として清和源氏由来の今川家家紋「足利二つ引両」を天下に知らしめることが肝要だ。
「御明察に御座います。佐渡の羽茂本間照詮の人となりを見極め、口先にて必ずや武田や北条と敵対するよう動かして参りましょう」
義元は決して家格と武力だけに頼った人物ではなかった。思慮深く、政治手腕、外交手腕も素晴らしく、そしていてまだまだ伸びしろがある。将軍家を継いでもおかしくない家格にありながら、聡明で謙虚。
名君を主君とした太原雪斎は、この先の十年、いや二十年後の今川家の躍進を思うと震えが止まらなかった。
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<天文九年(1540年)六月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 評定の間>
……
息が出来なかった。
「黒衣の宰相」と呼ばれた太原雪斎。あれは化け物だろう?
もう一度会いたいか? 無理無理! 命が縮むわ。天室光育師といい、どうしてこの時代の僧侶はおっかないのばっかりなんだ?!
俺は先ほどまで、今川義元の使いとして佐渡を訪れた太原雪斎の訪問を受けていた。何とかという名刀を貰ったことと、「北条と武田が背後を狙っている」という話だった。要は敵対させたいのだろう。北条は兎も角、甲斐の虎はないわ、その辺は流石に知らないようだな。
「殿、如何為されますか?」
則秋が尋ねてくる。ちょっと待って欲しい。一息つかせて。
俺はレンからもらった水をゴクゴクと飲み干し、ようやく落ち着いた。
「武田家とは事を構えることはない、北条は分からぬ。まずは一週間後に迫った伊達家との戦だ」
「伊達家嫡男の晴宗ちゃん、動きそうよ~」
紫鹿が動いてくれた。戦に勝った後にはあれが起きそうだ。
「相馬讃岐守顕胤、戦に向かう人数を減らしております。加えて、鉄砲対策に竹束を用意しておりまする」
「南部家は我らの沿岸部攻撃に気を取られ、我らに向かう兵を減らしております」
「長谷堂城の改築は十分に御座います」
「為景様からの文で御座います。明日、柿崎景家殿、中条藤資殿が直江津から酒田湊へと向かわれるとのことです!」
半年間の準備期間はあった。報告が続々と寄せられている。
「明朝、我らも出羽へ向かう! 環塵叔父、留守を頼む!」
「分かったっちゃ」
「椎名則秋! 長野業正! 上泉信綱! 部隊を率いよ!」
「ははっ!」
「捧正義は弓隊! 白山弥彦は槍隊! 水越宗勝は鉄砲隊! 各軍を任せる! 長谷川海太郎! 久保田仲馬! 赤塚直宗! 輜重隊を頼むぞ!」
「はっ!」
これだけ準備はしても、勝負は水物。負ける可能性はある。だが、そうはならないよう全力を尽くしてはきた、俺は負ける訳にはいかない!
「機は熟した。共に戦おう! 我らの力を見せつけるぞ!!」
名馬について
「大河原毛」は、出羽国の最上義光が織田信長に出羽国の統治を認めて貰うために贈ったとされた巨大な馬です。かの前田慶次の「松風」が四尺八寸(約145cm)で巨大な馬と言われたので、それよりも大きいとは驚きです。当時の馬はサラブレッドと違うのでそれほど大きくはないのですね。
「月毛」の馬は、川中島の戦いにおける武田信玄との一騎打ちで上杉謙信が騎乗していたとして名高い「放生月毛」に近いのでしょうか? 暗闇でもよく目立つので、大将が乗るには相応しい馬だったのかもしれません。
どちらも本物が活躍する時代は後な馬なのですが、その数代前の先祖の馬だと思っていただければ幸いです。
今も金持ちがフェラーリやらポルシェなどを沢山集めていたりするので、どこの時代でもステータスだったのかな、と思っております。
晴宗と久保姫のエピソードは、大体そのままです。
物語中の「万正寺の大カヤ」は現存しているものを取り入れました。樹齢九百年とも言われ、日本一の大カヤとして1953年に「福島県指定天然記念物」に指定されています。一度見てみましたが、思わず見とれてしまいました。
今川義元は、公家の格好をして馬に乗れずに桶狭間の戦いでノッブに討たれた愚将のイメージが強いですが、近年ではその価値が見直されております。
そもそも、北に武田、東に北条という強敵がいたにも関わらず二十年に渡って駿河・遠江を統治し、さらに三河を統治した人物が凡将なはずがありません。太原雪斎の影響は大きいとは思いますが、「今川仮名目録追加」という分国法を制定し、和歌の道に精通し、金山を開発、東海道と太平洋水運で商品流通経済を活性化、そして国内の治世を安定させたという事実から、本物語は知勇兼備の武将として取り扱いたいと思います。
逆に、相馬の顕胤君は史実ではいい話が幾つもあるのですが、本物語では我儘坊ちゃんとなっていただきます(*´Д`*)
次話ではいよいよ伊達家と正面衝突です。




