第百一話 ~動き出す歯車~
<天文九年(1540年)四月 甲斐国 躑躅ヶ崎館 城主私室>
……静かすぎる。
風邪を拗らせて数日寝込んでいた。だが、復調の兆しは見えている。咳は少なくなり、痰の量も減っている。明後日には起き上がることもできるだろう。
佐久郡北部に攻め入り、あと一歩という所で病を患った。大井貞隆、笠原清繁め。首を洗っておれよ。来月には内山城も志賀城も儂の物にしてくれる。奴らの必死の命乞いを足蹴にしてやろう。惨めに晒首になった姿が目に浮かぶわ。
月明りの下、残虐な妄想と夜着に包まれた男がいた。甲斐を統べる従五位下武田左京大夫信虎だった。
駿河の今川義元には長女於豊を送り込み、面倒な諏訪郡諏訪氏には家督を継いだ頼重に三女禰々を娶らせた。南と西は盤石。当面の目標は北の佐久郡の国人衆達だ。
山内上杉氏が長尾家にあれほど攻め入られたのは意外であったが、まあいいだろう。人減らしを兼ねて追い払い、恩を売ってやろう。戦奴隷など幾らでも手に入るのだからな。
……しかし、奴は気に喰わぬ。
信虎は苦虫を噛み潰したような顔をした。
晴信だ。
あ奴は使えぬ。家臣や民のことばかり考えおって、肝心の儂の顔色を窺わぬ。甲斐国の国主は儂じゃ。武田家の当主は儂じゃ。儂の考えが全てじゃ。
佐渡の羽茂本間とかいう小僧とやり取りをしていると聞く。怪しい動きじゃ。佐久郡の片が付いたら、透波の者共を使って消してしまおう。代わりは可愛い信繁や他にもいくらでもおる……
ペッ
痰が出た。世話をするはずの小姓がおらぬ。怠けおって。手打ちにしてくれようか。
「誰かある! 痰が出たぞ!」
……静寂のみが答えた。
「誰かある!!」
ガララッ
襖が開いた。幾人かの男達が入ってきた。
「遅いぞ! 何をしていた! 痰で汚れてしまったではないか!!」
怒気を飛ばす信虎。者共が這いつくばることを予想した。
だが、全くの逆だった。白刃を煌めかせ、男達は信虎を囲んだのだった。
「!? 無礼であるぞ!」
「……悪逆非道の権化よ。その命、貰い受ける! 」
「なっ! 誰かある! 吉蔵! 竹丸!」
信虎は可愛がっている小姓の名を必死に叫んだ。しかし一切返事はなかった。
「奴らは寝ておるよ。貴様の汚い一物を咥えこんだ尻穴から血を流してな」
「何!? お前は誰だ!?」
言われた男は面覆いを外した。知らぬ顔だった。いや、どこかで見たような……
「貴様が飼ってた猿に傷をつけたことを咎められ、手打ちにあった栗原幹仁が弟の栗原幹丞よ!」
「はっ。誰かと思うたら、あの能無しの弟か。お前如きにやられる儂ではないわ!」
愛用の刀に手を伸ばす。無礼者を手討ちにしてくれる!
……無い。愛刀がない! ぬ、あんな所に!
「させるかッ!」
ガッ
左右の腕の自由を、他の二人に奪われた! 身動きが取れぬ!!
「信虎! 子を腹に宿した我が妻を斬殺した報い! ここで受けるがよい!」
「飢えた我が子達を刀の試し切りにした鬼め! 年貢の納め時だ!!」
死に物狂いの二名。万力のような力で押さえつけられ身動きが取れぬ! そして向かってくる刃!!
「死ねえ! 悪鬼めっ!!!」
「や、やめろ!!」
ズバッッ!!
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骸と化した、暴君武田信虎。
傍らには、本懐を遂げた三名が感極まり咽び泣いている。
スッ
そこへ、さらに三つの影が入ってきた。一人は年若く、二人は壮年。部屋の中の様子を確認し、頷き合った。その中の一人が、低く響く声で語り掛けた。
「三名の者。本懐は果たせたな」
「「「……はっ。」」」
涙を拭いながら答える三人。その後の事も承知のことだ。
「見事だった。 ……残された者達を庇護する約は、我が命にかけて必ず果たそう」
「ありがとうございまする」
「心置きなく冥途へと旅立てます」
「機会を頂き、心の奥底より感謝申し上げます」
国主たる者を暗殺した三人。たとえ病死とこれから内外に伝えるとしても、口を封じる必要がある。三人はそれを甘んじて受け入れた。受け入れた上で、本懐を遂げたのだ。
「幹仁。今、傍に行くぞ!」
「幸よ、今行く」
「悠馬。早矢。父は、やったぞ……」
ブスッ!!!
腹を斬る三名。腸から血が噴き出す。だが、一切呻き声をあげない。
苦しみから、現世から解放するために、後から来た三名は解脱の刃を振るった。
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『天文九年四月 甲斐国国主従五位下武田左京大夫信虎 死去』
後を継いだのは、弱冠十九歳の嫡男武田晴信。
それを支える甘利虎泰・板垣信方の二名は武田家最高職の「両職」に任ぜられた。他の飯富虎昌、馬場信春、横田高松、小畠虎盛ら有力家臣団も新しい主君に従った。
父を佐久郡侵攻中に「病」で失った武田晴信は、「父の弔い合戦」とばかりに猛烈な勢いで佐久郡へ侵攻を始めた。そのあまりの激しさに近隣の大名や国人衆達は震え上がった。ものの数日間で大井氏、笠原氏は歴史から姿を消した。
信濃北部有力国人衆の村上義清、小笠原長棟、そして信虎に近かった諏訪郡の諏訪頼重は戦々恐々とした。「次は我らだ」と。
今川家も例外ではなかった。信虎の長女を妻に迎えていた今川義元は「甲駿同盟」の破綻を感じ取った。目下の目標は三河の松平家だったが、今後の道筋を早急に考える必要性に迫られた。
小田原城を本拠として関東の勢力圏を拡大し続ける北条氏綱は、代替わりの隙をついて甲斐へ侵攻を画策し始めた。だが息子の氏康は、駿河か甲斐かどちらかに攻めを絞った方がよいと考えた。
その余波は、奥州にも、越後にも、そして京や中国、四国、九州へも波及しだした。
歴史の歯車は、一気に動き始めた。
史実より一年早く、「代替わり」が始まりました。
能登国の畠山氏、甲斐国の武田氏、そして次は……




