第百話 ~遥か西の空へ~
記念の第百話です(*´▽`*)!
ご愛読いただいている読者の皆さまに深く御礼申し上げます。
<天文九年(1540年)三月 佐渡国 羽茂郡 小木港 埠頭>
「やあ。ポルトガルの皆さん。よく眠れたかな?」
俺は晴れやかな笑顔で、指定した埠頭で昨日の面々を迎えた。
目の前には、ポルトガルの船団が見える。大型で戦闘も十分こなす重キャラックが七隻。しかも全て銅張り? 圧倒的な武力で交渉を有利に進めようとする態度は変わらないようだ。
「『はやく佐渡で寝たい』、と言っています」
海之進が直訳した。要は「この地を自分達の領土にしたい」という意味だろう。
通訳は海之進に頼むことにした。ヴォルフは優秀だが知らず知らずのうちに感情が入り込みすぎる。
「驚いたかい? 最新式の重キャラックだ」
ポルトガルのインド総督ユヅキは相変わらず洗練された仕草で俺に話かけてきた。王者の貫禄といった所だ。
「こんな船を見たことも想像したこともないだろう? 戦力がどれほどかも分からないはずだ。そんな我々と、まともに戦って勝てると思うかい?」
「なるほどな」
余裕綽々で言葉を重ねてくる。
そして案の定、甘く囁いてきた。
「ハモチ・コンマ・ショウセン君。我々は、『君』を気に入っているんだ」
サファイアのように美しい瞳。決め処と見たか。
「どうか我々の支配を受け入れてほしい。遥か西の空を全て支配する、私達ポルトガルの為に働いてほしい。東の空も支配しよう。一緒に、日ノ本国を乗っ取ろうじゃないか」
「なるほど、なるほど……」
『分断して統治せよ』の類だ。佐渡を日ノ本から切り離し、属国化する。その後は現地民を分断させて戦い、最後はポルトガルが実質的な支配をする。
信念も力も無い小領主であれば、我が身可愛さ故に甘んじて受け入れてしまうかもしれん。相応のポストはもらえるであろう。
……だが!
「……重キャラック七隻。大砲はデミ・カルバリン砲を二十門ずつの百四十門。本来なら船員二百名で七隻合わせて千四百名以上。だが、喫水がかなり浅い。大砲も人もそれほど乗ってはおるまい。戦を本当にするのであればもっと重装備をして喫水が深くなるはずだ。それに帆も外洋向けの四角帆から内海向けの三角帆に張り替えしていない。長居をするつもりがない証拠だ」
「……えっ?」
ジャムカ総監が思わず呟いた。
昨日「おかしい」と感じたことの一つがこれだ。
「もう一つ。『佐渡の南半分を差し出せ』と言っていたが、海之進が佐渡を出た頃、俺はまだ南佐渡しか手に入れていなかった。つまり、ポルトガルの皆さんは『俺が佐渡を統一している』ことを知っている。情報を少なからず集めている、そういうことだな?」
「なるほど。素晴らしい考えだね」
インド総督のユヅキが答えた。
「その通り。私達は君がこの佐渡という島を治めていることを知っている」
「やはりか」
「そして『そこまで大きな領主ではない』こともね。この国は『キョウ』という都市が一番大きく、『アシカガ』という将軍が中心。『皇帝』がこの国を治めている。つまり、君の発言力はそう大きくない」
「ふむ」
「ショウセン君。ポルトガルの一員になりたまえ。君を守る者は日ノ本には多くない。うまくいけば、我々は『君』をこの国の『皇帝』にすることだって可能なんだ」
甘いマスクと甘美な言葉で俺に囁いてくるインド総督。この手は初めてではなさそうだ。うまくいったこともあるのだろう。
航行技術が十分に発達していないこの時代は、世界は全て鎖国のような状態だ。ポルトガルの情報収集能力と言えど、その程度か。
「素敵なご提案をありがとう。……だが、だいぶ情報が古いな」
穏やかな笑顔を見せるインド総督に俺は笑顔で答える。「力」を見せる時だ。
俺は昨日のうちに決めておいた通りに、左手を高く掲げた。すると、俺の合図を伝えると、羽茂方面からアレがやってきた。
「なっッ!!?」
「まさかっ!?」
驚くポルトガル人達。
姿を現したのは、三本マストの白い帆、50m級の船体、鉄張り装甲、側面には十六門ずつ計三十二門の大砲を備えた巨大な船。
重キャラック? そんなもん「とっくに開発してた」わ!
ポルトガル人が乗ってきた最新式の軍艦。意気揚々と乗ってきた重キャラック。それがこの極東の地に姿を現したのだ!
木材は山ほど手に入る。技術者もいる。人だってわんさか集まる。金は腐るほどある。それをほとんど船につぎ込んでいるんだ。こちとら、ウン十年前からキャラックどころかガレオン、さらに上の重ガレオン、戦列艦から装甲戦列以上を見てきたんだ! 酒田湊を砲撃した二年前から起工していた佐渡水軍が誇る最新鋭艦の雄姿を目に焼き付けるがいい!
「まさか…… こんな極東の地に重キャラックが……?!」
「あり得ない……」
「これで終わりではないぞ。あちらも見てもらおう」
さらに驚いてもらうぞ。
「!? 1,2,3,4,5・・・ そんな・・・!?」
「キャ、キャラックが十隻以上・・・?!」
竣工・就役していた十隻に加え、進水式を終えたばかりの五隻。計十五隻のキャラック艦隊だ。
キャラック船は全て軍事用とは言えない。輸送用もかなりの数を占める。だが、戦闘用に換装するのは容易い。そして載せているのは全て国産の「佐渡砲」だ!
「ティ!!」
ダン! ダダダン! ダダダダダダダン!!
劈くような艦砲射撃が小木の海の西方に轟いた!
武力交渉?
効くか! そんなもん!!
「情報が古かったな」
今度はこっちが王者の貫禄を見せる番だ。
「俺は佐渡だけでなく『出羽国』や『能登国』もほぼ掌中に入れている。『陸奥国』や『蝦夷』まで視野にある。決して小さな領主ではない」
これだけの戦力を見せつければ、認めるしかないだろう。俺の力を。
「それと、調べが足りていなかったな。俺は『皇帝の弟』だ。味方が少ないとは言わせないぞ?」
仕上げだ。
こういう時だけ使わせてもらおうか、「血筋」って奴を。もちろん実の弟でも従弟でも甥でも何でもない。だが、血脈がない訳ではない。
「こ、『皇帝の弟』……!?」
「そんな人物に、我らは『日ノ本を裏切れ』と言ってしまったのか!?」
茫然とするインド総督とインド総監。余裕という仮面が、流石に剥がれ落ちたな。
情報に誤りがかなりあったようだ。「小領主を脅して言いなりにする」という魂胆はこれで瓦解。戦ならやってもいいが、補給力や人員、火力面などの観点からも、全く勝負にはならんぞ。 さて、どうする?
パンパン
インド総督とインド総監が立ち尽くしたことを確認したレイリッタは、大きく手を二回叩いた。どうやら何かの合図らしい。
「申し訳なかった。総督と総監の言葉は全てが全て本心ではない。ショウセン殿を試したかったらしい。非礼を深く詫びさせて頂きたい。どうか許してほしい」
直角九十度の最敬礼。国家の代表としての正式な言葉だ。これでようやくスタートラインに立てる。
「『日ノ本特務大使』の言葉だ。多少は言いたいことはあるが『大事の前の小事』だ、謝罪を受け入れよう」
「ありがとうございます」
「交渉はさせてもらえるかな?」
「是非にお願いします。『互いの利益のために』」
「ああ、『日ノ本とポルトガル、双国の利益の為に』!!」
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<天文九年(1540年)三月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城>
一週間後。
レイリッタを中心としたポルトガル船団との交渉がようやく終わった。
友好的とはいえレイリッタも国家を代表する人物、こちらの言いなりには全くならなかった。大砲の仕入れ値では互いに唾を飛ばし合い激論した。だが、決して憎い訳ではない。立場の違いってやつだ。
ユヅキやジャムカも、どこまで本心かは分からないが正式に俺に謝罪をした。信用をどこまでしていいか分からないが、相手国の大人物だ。非礼を認めさせたことは大きい。だが注意はしていこう。
加えて、毎年三月に定期的に交易することが決まった。定期航路となれば準備をしやすい。それをアテにした行動を取れる。
……疲れた。
久しぶりに書斎に戻った俺。ろくに寝てもいない。
休もうと思って椅子を見た時に、ふと、机の上に白い便箋でしたためられた置手紙があることに気が付いた。誰からだろう? 何気なく開いてみた。
……信じられない
ナーシャからだった。
「今までありがとう、モスクワ大公国に帰ります」
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<天文九年(1540年)三月 佐渡国 羽茂郡 小木港>
無我夢中で馬を走らせ、小木まで辿り着いた。レイリッタ達とは昨日別れの会を開いた。ナーシャは既にレイリッタ達の船に乗っているかもしれん!
埠頭に辿り着いた。まだポルトガルの船は残っている。
波止場に美しく光る薄茶色をした天使の輪を見つけた。遥か西の空を眺めている。ナーシャだった。
俺は供を置いてナーシャの元へ駆け寄った。
「ナーシャ…… どうして……」
「照詮。今まで、ありがとう」
俯いたままのナーシャ。心残りはあるのだろう。しかし俺を全く見ない様子から意志の固さを感じる。
「ずっと、一緒に居てくれると、俺は思っていた」
「私は、そうは思っていなかったわ」
ズキン
胸に痛みが走る。ナーシャは俺のことを好いてくれていると思っていた。それは勘違いだったのか。
「そう、か……」
唇を噛みしめる俺。これはかなり恥ずかしい。
だが、そんな俺の気持ちを察してか、ナーシャは俺の顔を覗き込んだ。
「好きよ、照詮」
「えっ?」
整った顔立ち。美しい眉。いつものナーシャだ。だが、アーモンド型の大きな瞳は、溢れんばかりに濡れていた。
「これ以上ないくらいにね、大好き。……でも、さようなら」
「なんで……?」
「……私の母がね、待っているの。モスクワで私が帰るのを」
「!? 本当か?」
「ええ、レイリッタが教えてくれたわ。父は亡くなったけど、母は一人で私の帰りを待ってるんだって」
俄かには信じがたい話だった。しかし、レイリッタが嘘を付くとは思えない。ならば本当か。
「何も、今じゃなくても」
「ならいつ? いつならいいの? いればいるほど、私はここから離れられなくなるわ!」
そう言うと、ナーシャは俺の胸に抱きついてきた。
「ナーシャ……!」
「照詮。貴方の周りには素敵な人がたくさんいるわ。レンも綾も、貴方が好き。皆が貴方を助けてくれる。私もずっと、その中の一人になりたかった…… でも、私の母には、私しかいないの。助けられる人は私だけなの!」
「……」
俺は無言でナーシャの薄茶色の髪に手を伸ばす。絹よりももっと繊細で、そして美しい。髪はあれ以来伸びた。離れるなんて夢にも思っていなかった。
「私…… 照詮にもらった恩、返せたかな?」
「…… 全然だ」
「えっ?」
俺は駄々をこねた。
「全然返せてない! 羽布団だってターニャやイゴールの技だって、まだまだ足りない! だから行かないでくれ! ずっと俺の傍にいてくれ!!」
「…… 照詮、分かってるはずよ。私が、決めたことを諦めないことを」
ナーシャは意志がとても強い。決めたことを曲げない。だからこそ俺は唯ひたすらに哀しい。
「永遠の別れじゃないわ、空は繋がってる。貴方の見る空の何処かに私は生きているわ、だから……泣かないで! 泣かないで!!」
「ナーシャ…… そう言って、君が泣いてるじゃないか」
ぽたりぽたりと、大粒の真珠の涙がナーシャの美しい頬を伝って佐渡の地へ落ちていく。もうすぐ佐渡の地からいなくなるナーシャの姿が、今だけここにある。
「ナーシャ……寂しいよ」
「私もよ、照詮……」
見つめ合い、手を握り合う。そして、互いに目を閉じる。
…………
ガチッ!
「ッッ!」
「……」
「……歯、当たっちゃったね」
やり方なんてとうの昔に忘れてしまっていた。羽茂本間照詮初めてのキスは、歯と歯がぶつかり合う恥ずかしい行為になった。
「……迎えに行くよ」
「……待ってる」
「絶対に迎えに行くから!」
「ずっと、待ってる!」
そう言って、次は慎重にした。別離のキス。こんなにも愛おしいのに別れなくてはならない哀しさに胸が張り裂けそうだった。
「日ノ本を統一する! アジアだって! 遥か西の空だって俺の物にしてやる! そして、ナーシャ! 迎えに行くよ!!」
「……バカ、話を広げすぎよ」
ターニャと共に佐渡を離れるナーシャ。
百万両の重さの黄金よりも価値のあるナーシャの別れ際の顔が、いつまでもいつまでも俺の心に焼き付いて離れなかった。
絶対会える。運命が俺達を結びつける。何故か分からないが、その時の俺はそう確信していた。
佐渡で竣工していた重キャラックは、1514年に進水したイングランド海軍旗艦「アンリ・グラサデュー」を模していると思われます。火器と人員数はそこまでではありませんが、強力な軍艦であることは間違いありません。
ナーシャとの別れを回避できたかどうかは疑問の残る所です。ナーシャと運命的な再会を果たすには……
日ノ本統一をさらに加速させる主人公。これから怒濤の侵攻を始めます。
遥か西の空を制覇する日は来るのでしょうか。
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