状況 3年後 「卒業式」―3
とはいえ、現状ではナナナ大佐は一介の異世界派遣軍の候補生に過ぎない。
その後も少し食い下がった上田代将との会話によると、彼女はサチェッキという異世界の出身で、死んだ息子の妻と一緒に地球に亡命申請している所を三年前の一斉非難に巻き込まれエデンに来たそうだ。
故郷では伯爵夫人として何不自由なく暮らしていた彼女が何故息子の妻と地球連邦に亡命する事になったのか興味は尽きなかったが、流石の上田代将や一木も聞く事は憚られた。
そうしているうちに上田代将による口説きはナナナ大佐の一方的な身の上話になり、やがては息子と同じくらいの年齢の同級生達が可愛くて仕方がない、という話へと変わっていった。
「息子は死んだとき15でした……お嫁さんのニニニちゃんも同い年ですから、もうみんな私の子供も同然です。そうして可愛がっている内に気が付いたら卒業が決まっていたようなものですから、正直こんなおばあちゃんが地球のお役に立てるのか本当は不安で……。ですが、ニニニちゃんと孫のガリリラの生活費を出していただいている恩をお返ししないと、サチェッキ貴族としては申し開きが……」
(……見た目は若いが気質は本当におばあちゃんなんだな……話が長い)
一木は三回目になる「地球へ恩を返さないと申し訳ない」という話を聞き流しつつ、マナ少佐に無線通信を繋いだ。
応じたマナ少佐は小さく頷くと、コホンと小さく咳ばらいをした。
「ナナナ大佐、話が盛り上がっている所申し訳ないが……式の時間も近い。グーシュリャリャポスティとサニュ・カーダ・フタ・ノマワークが行方不明と言うのはどういうことだ?」
マナ少佐が話を元に戻すと、ナナナ大佐は少し恥ずかしそうに手を振りながらホホホッ、と笑った。
「あらいやですわ、歳を取ると話が長くって……申し訳ございません閣下。ですけれども、そんな行方不明なんて大層な事では……。殿下と陛下は親密な中でらっしゃいますから、こういう事は珍しくないので……」
「そういう所もあんまり変わってないのか……しかし遅刻の常習犯とは聞き捨てならないな」
一木はモノアイを小さく回した。
グーシュに目をかけているとは言え、そこまで素行が悪いとなるとさすがに目に余る。
だがナナナ大佐は慌てた様に首を振った。
「いえいえ閣下、違いますよ。学校の授業に遅刻するような事は決して。それにこの学校は軍の学校としては大変に開明的でありますから、私的な事に関しては寛容です。サニュ陛下や他の学友との交流においても、なんら違反はありません。それどころか面倒見が良くて慕っている子もたくさんいますよ」
一木はモノアイのレンズを絞ってナナナ大佐の目をジッと見た。
ぱっと見は若いが、少々小じわの目立つその顔は、嘘を言っているようは見えない。
「わかった大佐、その言葉を信じよう。会場はこの先だな? 我々の事はいいから君はグーシュを呼びに行ってくれ」
一木がそう話すとナナナ大佐は敬礼して、小走りにシミュレータールームの入り口の方へと駆けて行った。
全員が、おばあちゃんと言うには俊敏なその動きを桜吹雪の中へ消えるまで、なんとなく見送った。
「またいきなり濃いのが……異世界出身者、一筋縄ではいかんな」
王代将がしみじみと呟き、一木もそれに頷いた。
「……グーシュの素行はさておき、異世界人の一期生に対して見通しが甘かったかな……。実情はどうなのか聞いて見るか」
「なんか当てがあるの?」
一木の呟きに前潟准将が問いかけた。
異世界人派遣軍将官候補生に関しては、意外な事にその情報管理は徹底しており厳重だった。
そのため、グーシュとその部下達を迎え入れるつもりの一木はその実情を何も知らずにいたのだ。
グーシュとダッカとヒアナという人となりを詳しく知る者が三人もいるのだからと甘く考えていたのだが、グーシュが同級生を口説きまくっているだの、三十代のおばあちゃんが世話を焼いているだのという不穏な? 情報が出てくると若干不安になってくる。
「ヒアナとダッカに聞いてみようと思う……。あの子らは真面目な子だし。グーシュや学校全体の事について聞いてみよう。あんまりにも風紀が乱れてまずそうなら……最悪卒業生の研修としてもう一年くらい時間を取らないとな」
異世界人派遣軍将官候補生は卒業後、配備先の部隊において部隊の編制や編成を行い、その後で艦隊規模で足並みを揃えるための訓練を行うことになっていた。
想定期間は約三か月。
かなりの強行軍になるが、七惑星連合軍が先日のシュシュリャリャヨイティの議長就任以後活動を活発化している事を考えればこれでも遅いくらい……だった。
だが、将官候補生の実情があまりにも悪いのであればそうもいっていられない。
地球人の師団長クラスにも問題児が多いというのに、そこに部下として未熟かつ素行不良の人間を大量に抱えたまま未知の戦場に挑むなど自殺行為だ。
ある程度組織として形になる様に訓練する必要があるだろう。
「いきなり難儀ですねえ……こんな事なら一木さんが異世界人派遣軍将官候補生の責任者になればよかったのに」
津志田代将が如何にも他人事と言った風に言う。
一木としてもそれは考えたが、この三年間の事を考えるとそれは無理な話だった。
一木もこの三年のんびりしていたわけでは無い。
ワーヒド星域会戦の責任を取るという名目で辺境異世界の駐留軍司令を務め、その功績と言う形で昇進。その後はワーヒド星域会戦の戦訓を調べ、レポートとしてまとめ、上層部へプレゼンを行い、特務戦略軍へ戦訓を活かした編成や新兵器開発を提言し……と、目まぐるしく働いてきたのだ。
この上に異世界人派遣軍将官候補生の責任者など務められる訳が無い。
そもそもの話として、この異世界人派遣軍将官候補生と言うのは非常に強い政治性を帯びた案件であり、そこにサーレハ司令の子飼い(気が付いたらそういう立場になっていた)である一木が食い込むのは不可能だった。
結果としてよくわからない異世界派遣軍本部の軍人が責任者となり、あとは機密事項によって情報を遮断され、グーシュ達がどのような状況下で教育を受けているかは秘密のベールの向こう側……。
「そろそろ会場だな……他の卒業生はどういう連中なんだ?」
上田代将が王代将に尋ねる。
「いや会場にはまだおらへんやろ。式が始まったら会場に入ってくるはずや。今会場にいるのは他の来賓やろ」
「そういやそうか……ヒアナ達に聞くのはとりあえず式のあと……あれっ」
一木は、呟く途中で気が付いた。
桜吹雪の中にうっすらと見えてきた卒業式の会場。
桜舞い散る中に設営された祭りのステージの様にも見える大きな演壇と、来賓や卒業生用の大量の座席。
そこにちらほらと座り、あるいは立ったまま雑談する陸、海、空、海兵、宇、内務省の軍人と少数の政治家と思しきスーツ姿の歴々。
そんな光景を背景に、会場前に佇む二人の人影が目に入ったのだ。
「ヒアナ……ダッカ。待って、いたのか」
一木は思わず旧友とあった時の様な気持ちで手を振った。
懐かしい少年少女は嬉しそうに笑みを浮かべると、子犬のようにウキウキと駆け寄ってきた。
執筆出来たので予定外ですが更新します。
次回更新は11月27日の予定です。




