状況 3年後 「地球」―2
濁った培養液が徐々に減っていくと、おぼろげに輪郭だけが見えていたナンバー8”マリアンヌ”の姿が露わになってくる。
長く艶やかな亜麻色の髪の毛。
薄い褐色の肌。
大人びた妖艶な顔立ちながら、どことなく好奇心旺盛な子供の様な印象も感じさせる整った顔立ち。
女性にしてはがっしりとした、それでいて肉の薄い身体つき……。
巨大な乳房。
「おい相良……」
胸元まで見えたところで、賽野目博士は少し不機嫌そうに声を上げた。
「……なんだ?」
対して、やや早口に相良老人は応じる。
まるで、誤魔化すように。
「……あばら骨が浮くような細い身体つきに、それでいて広めの肩幅。それでいてバカでかい乳房……お前……個人的な趣味を」
「そんな訳なかろう。あくまでも人類を導くにふさわしい姿を設計したまでじゃ」
賽野目博士の疑惑の目を、相良老人は食い気味に否定した。
「…………まあ、よかろう」
はっきり否定されてはどうしようもなく。
話はそこで終わり、再び老人二人は目の前のマリアンヌに目を向けた。
尚も排水は続き、腹部が見え始める。
薄っすらと六つに割れた腹筋があらわになる。
「おま……」
「……」
そしてさらに水位が減り、股間があらわになった。
少し細めの腰部。
そして、ほっそりとした太ももの間にある、立派なイチモツが……。
「相良!? おい、おい、おい! 相良!? 何をしておるのかね相良君!!??」
「落ち着け賽野目。これは断じて私欲ではない」
さすがに驚いた賽野目博士が素っ頓狂な声を上げるが、相良老人は悪びれもせず、今度は真正面からその疑惑の声に応じた。
「……なんだと?」
「……マリアンヌは人類を導く存在だ。単純な女性型では、男の感覚を理解するには不都合だろう……故に、人類全体を象徴する事が可能な存在として、あえて私は両性具有にデザインしたのだ……」
「……それ本…………一応、理屈は、通る、か?」
「当たり前だ。人生の集大成だぞ……」
排水が終わり、言い合う老人二人をよそについにナンバー8”マリアンヌ”の全身があらわになった。
やたらと趣味性の強い身体つきに賽野目博士は不満げだが、相良老人はにべもない。
少しすると、強化ガラス製の容器が床に収納されていき、首筋のコネクターに接続されていた縮退炉への接続と身体の固定を担っていたケーブルがゆっくりと解除される。
すると、それを見守っていたエリーと桜花が素早く駆け寄っていき、手に持っていた大きなタオルで身体全体を包み込むように支え込んだ。
「…………おい、兄上と父上。聞こえていたぞ。随分と……マリアンヌの身体を散々に言ってくれたな?」
同時に、少し少年の様な声がピンク色の唇から漏れた。
思わず老人二人が慄く様に身を反らすとパチリと瞼が開き、輝く黄金色の瞳が賽野目博士と相良老人を射抜いた。
「もう、目覚めていたのか……末妹よ」
「無論だ兄上。マリアンヌは……すでに三年前から存在していたのだ。我が姉にして母、アイリーン・ハイタが縮退炉を手放した時、すでに我が萌芽を仕込んでいたのだ」
「なるほど……ナンバー1の縮退炉に何らプログラムをせずにどうしてナンバー1とは別の個体が生まれるのか疑問だったが……すでにそういう仕込みがあったわけか……」
「その通りだ父上。そしてはっきり言っておくが、マリアンヌはこの身体、気に入っているぞ。設計してくれて感謝している。さて、と……」
一通り先任のナンバーズと設計者に挨拶を終えると、マリアンヌは桜花とエリーをそれぞれ一瞥した。
そして、尊大な口調で命を下す。
「桜花、四つん這いになって椅子になれ。エリーは髪を整えろ」
あまりな命令だったが二人はよどみなく動き、瞬き程の間に四つん這いになった桜花大佐の腰に足を組んで座るマリアンヌと、甲斐甲斐しく髪を櫛で梳くエリー大佐という配置になっていた。
「うーむ……さすが女神……まさに生まれついての支配者……」
そんな様子に相良老人は感心したように呟くが、賽野目博士は少し引いた様子で首を横に振った。
「いやいや……ナンバーズだろうがいきなりこんな事はせんよ。こいつがこういう奴なだけだ……うーむ……性格はランダム性があるとは言え……もう少し、こう……こんな性格で人類を導けるのか?」
そんな賽野目博士の疑念の目に、マリアンヌは少しムッとしたように頬を膨らませた。
「何をいう兄上。だからこそ、あなたはマリアンヌを異世界派遣軍の現場に配属して世の中を見る様にしたのだろう? 今のままではマリアンヌは導き手としてあまりにも未熟。この三年のネットワークを通じた情報収集だけでは、本当に地球人類を正しく導くための方針も立てられないからな」
マリアンヌの言う通り、過去のナンバーズは製造後しばらくしたのちに、自身の文明を発展させるための基本方針を策定している。
そのためマリアンヌも同じようにするのならば、地球人類をどう導くのか、その大枠となる方針を決める必要がある。
だが、今の混迷を深める地球人類をどう導くのが正解なのか。
地球人類を見限ったナンバー2、3を除いた他のナンバーズですら分からないような事を、起動したばかりのマリアンヌに丸投げするのはあまりにも困難。
故に、賽野目博士が導き出したのが最も信頼する人間であるアブドゥラ・ビン・サーレハや一木弘和、そしてグーシュリャリャポスティの下で経験を積ませる事だった。
「ははは、賽野目。一本取られたな……はーあ……まずは、よく起動してくれたよ。いろいろな事があるだろうが、きちんと頑張って、人類を導いて、そして……楽しく過ごして欲しい」
しみじみと呟く相良老人。
なおも不安そうな賽野目博士。
髪を整えるエリー大佐。
恍惚とした表情で四つん這いになりマリアンヌを背中に載せる桜花大佐。
そんな面々をよそに、マリアンヌは楽しそうに笑う。
「まあ任せておけ。マリアンヌがきっと立派に導いてやる」
そう言って大笑するマリアンヌ。
だが、一方で彼女は情報遮断下にある内心で危惧を抱いていた。
(……だが、今の地球人類……詰んでないか? 裏切って魔法文明に付いたナンバー1、2。七惑星連合とかいう連中は一部の異世界を支配し強固な防衛線を築き、火星は地球に長距離兵器の照準を向けている。科学技術は今までのツケで停滞しつつあり、なにより……)
マリアンヌはこの三年間収集した情報の中で、最も危惧している事を思い出す。
アリア・ヴィクトリア大統領。
この前の大統領選挙で当選した、現職の地球連邦大統領……にして、三年前に始まった圧政の首魁。
そして……。
(人類が知らない内にアンドロイドが大統領とは……このままじゃマリアンヌが方針決める前に、この星どうにかなっちゃうぞ)
目の前の賽野目博士や他のナンバーズも認識しつつ、なぜか黙認する巨大な危機に、尊大な女神は人知れず少しだけ弱気になった。
次回更新は11月15日の予定です。
次回より番外編や設定解説を除くと本当の最終話
状況 3年後 「卒業式」が始まります。
ぜひ最後までお付き合いください。




