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エピローグ6-1 皇女の両手

「殿下、僕の後ろへ」


「……いや、構わん……構わんが……」


 軌道エレベーターの地上ステーションに降り立ち、まるでSF映画の様なその威容にウキウキとしていたグーシュとミルシャは、外に出て早々にドン引きしていた。


 観光客の群れの後ろを歩きながら、話に聞いていたエデンの風景……。


 雲一つない青一色の空、乾燥した一面の岩と砂の大地、壁のように巨大な標高18000m級のネフィリム山脈を機嫌よく眺めていた二人だったが、遠くから全裸の女が走り寄ってくる光景に警戒と困惑を隠せなかったのだ。


「まさか……あの子が」


 ミルシャが酷く残念そうな声で呟く。


「……否定しようと思ったが、遠くから追いかけている少年がわらわ達の名前が書かれた紙を持っている……間違いない。あの者がヒアナだ……」


 走り寄ってくる全裸の少女の後ろを、同じくらいの年齢であろう少年が追いかける様に走っていた。

 茶髪でほっそりとした、それでいて騎士の様な印象の少年だった。

 異世界派遣軍のアンドロイドや映像で見た地球の軍人とは違う、剣を扱う者の身のこなしに近いとグーシュは感じた。


 一方の、今まさに眼前にやってきた少女は異質だった。

 グーシュ達同様困惑する観光客の隙間を縫うように、そして滑るような独特な歩法は武術の心得を感じさせるものだったし、眼前にやってきたその身体は目を見張るような見事なものだった。


 少年同様に細いと感じたその身体は、全身に付いた筋肉によってまるで刃物の様に鋭い。

 さらに頭部以外体毛一つないその身体には右頬から首、そして下腹部までを覆う蜥蜴を模したような複雑な図柄の刺青があった。

 青みがかった短い黒髪と赤い瞳と合わさり、どことなくエキゾチックな空気をグーシュは感じた。


「いきなり無礼な奴め……名を名乗れ!」


 ミルシャがグーシュの前に一歩踏み出し誰何する。

 さすがと言うべきか、その声にはすでに困惑の色は無く、武人めいた鋭さのみがあった。


 その鋭い誰何を受けて、一糸まとわぬ少女は両膝を付いた。

 そして両方の手の平を身体の正面で組み、股間を隠すようにすると小さく呟いた。


武器展開(クイックシフト)


 呟いた次の瞬間には、少女の手に銀色に輝く少女の身長……おおよそ160cm弱ほどもあろうかという杖が現れていた。先端には拳ほどの大きさの青い宝玉がはめ込まれているのみだが、棒先は槍のように鋭く尖っている。


「魔術……なのか!? 一体どこから出したんだ」


「殿下、お下がりを……殿下!!」


 いきなり武器を取り出した少女にミルシャが警戒の声を上げるが、魔術と思しき技に興味を抱いたグーシュは逆に一歩踏み出した。

 当然ミルシャは止めるが、グーシュは右手を軽く上げてそれを制した。


「落ち着けミルシャ……膝を付き杖を捧げる者にそう慌てる事もあるまい」


 グーシュがいう通り、少女は頭を垂れ、手に持った杖を恭しくグーシュに向けて捧げていた。

 グーシュは杖の宝玉、尖った棒先、少女の髪の毛、顔、胸、臍、股間、太ももをたっぷりと凝視してから、ゆっくりと声を掛けた。


「随分と魅惑的な格好で来たものだが……どういうつもりだ?」


「ご無礼誠に申し訳ありません。身どもの名はヒアナ……殿下にお仕えするべく、神託を受けて参上いたしました」


 グーシュが尋ねて初めて、少女は声を発した。

 思っていた通り、この全裸の少女がヒアナだった。

 だが、その続いての言葉は思っていた物とは違った。


「神託……神託? ヒアナ、君が来たのは一木の紹介だろう?」


 グーシュが再び困惑の色を含んで問うと、ヒアナは顔を上げてグーシュの顔を凝視した。

 凛々しく、美しい少女だったが、その瞳には歓喜と狂気が宿っていた。

 だが不思議と……グーシュはその瞳に心地よさを覚えた。


「確かに、今日この場に来たのは一木弘和代将によるご紹介……故に身どもは殿下のお世話をするべく参りました。ですが!」


 突如ヒアナは両手を広げた。

 少年の様なほっそりとした裸体がグーシュに向けられ、思わずグーシュはその視線を狂気めいた瞳からそちらに逸らしてしまう。


「一目見て身どもは分かりました! グーシュリャリャポスティ殿下、あなたこそが覇です!」


「は? ”は”ってなんだ?」


 ミルシャが明らかにドン引きした様子で応えると、今後は無視せずにヒアナは答えた。

 先ほどミルシャの誰何を無視したのは、グーシュが最初に言葉を発するのを待っていたらしい。


「覇王色の覇気の”覇”です」


「海賊の漫画のアレか……しかし一目見てって……どういう意味だ?」


 ミルシャがさらに引いた様子で問うと、ヒアナはその視線をミルシャに向けた。

 ミルシャはさらに一歩、物理的に引いた。


「身どもには……セキュラリアの戦巫女には物事を見抜く目があります。魔力、マナ、戦における急所、そして人間の行く末……そういったものを神意において見抜く目が……グーシュリャリャポスティ殿下、あなたを一目見て身どもは理解致しました。身どもが故郷を出て、こうして遥か彼方に来た意味を……覇を成す者ではなく、覇そのものであるあなたを助けるために、身どもは……身どもはその存在があったのだと!」


 煌々とした様子で語るヒアナにミルシャはドン引きしていた一方で、グーシュはなぜかヒアナに強く惹かれていた。


 単なる性欲ではない。

 手に馴染む道具を得た様な、不可思議な高揚感と物欲の様な、不思議な気持ちで心が満たされていた。

 だから、グーシュは捧げられたその杖を手に取った。

 見た目に反して酷く軽く、それでいて異常なほどの頑強さが感じられる。

 なぜか少し湿っているその杖をしばし眺めた後、思っていた疑問を口にする。


「ヒアナ、そういえばなぜ裸なのだ?」


「これがセキュラリアの戦巫女の聖装なれば」


「ふむ……わらわの”覇”を補佐すると言うが、具体的に何をする?」


「いかな事でも! (いくさ)(まつりごと)勉学(べんがく)、夜伽……そして、もし……」


 そこまで言うとヒアナは上目遣いでグーシュを見て、やや確信めいた口調で言った。


「殿下がお望みならば、遠く彼方へ行くお手伝いでも……」


 ヒアナの最後の言葉はグーシュにとって衝撃的だった。

 チラリとミルシャを見ると、やはり驚いていた。

 心の奥で”詐欺だ”という声が響く。

 一木から聞いたのだ、という声が響く。

 それでも……心の奥底の夢を言い当てられたその衝撃は、隠しようが無かった。

この女やべーよ。


次回更新は10月23日の予定です。



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