状況その5―1 冒険者と戦巫女
Tシャツにジーンズというありふれた格好の少年はポカンと口を開け、軌道エレベーターの宇宙まで続くシャフトを眺めていた。
何度来ても、こうしてアホ面を晒して同じように見上げてしまう。
(そういえば、王都に行った時も城を見るたびにこうしてたっけ……)
少年はほんの二年ほど前の事を思い出し、苦笑した。
自分は随分と遠くまで来たなどと、この所物思いにふける事が多かったのだが、改めて考えてみると故郷の寒村を出て冒険者になった頃と現状は意外なほど地続きなのだと実感する。
少年はここ、地球連邦直轄統治惑星エデンに来る前はギニラスと呼ばれる惑星の、カタイ王国という国で冒険者をしていた。
冒険者。
地球ではファンタジー系創作物でお馴染みの、依頼を受けてダンジョン探索やモンスター退治を請け負う職業。
そんな印象故か、少年が地球人に前職を含めた自己紹介をすると大変に場が盛り上がった。
「そんな大層なものじゃありません!」
地球人の期待を込めた眼差しに晒されるたびに少年はそう叫んだものだが、実のところ少年自身子供の頃は地球人に近い感情を冒険者と言う職業に抱いていたものだ。
少年が生まれたのはカタイ王国の寒村だった。
粗末な服を着て、穀物を植え、家畜を育て、石の壁と木の屋根の粗末な家に住み、ただただ食べるためだけに働く、それだけの日々。
村にある娯楽は年一回の収穫祭の際村民に振る舞われる脂身の浮いたスープと、村長によって決められた伴侶との夜の営みだけ……。
しかも、そんな唯一の娯楽である夜の営みは食糧事情の圧迫と死別による悲しみを無慈悲に与えてくる。
つまりは、おおよそ苦痛に包まれた生活だった。
だが多くの村人にとっては村の生活はそうでは無く、単調な日々にある程度の楽しみを見出して細々と暮らしていた。しかし、少年はそうでは無かった。
瘦せぎすで、足を引きずる様に歩く少年の父親が元冒険者で、多くの村人が知らない外の生活を語って聞かせたからだ。
『王都や貴族の領都は広大で、荘厳な石造りの建物は見上げる程高く、遠くから見るとまるで針のように……近くで見ればまるで山の様』
『冒険者組合の酒場に行けば熱気、煙草の煙、酒と焼けた肉の香りが身体全体を包み込む! 収穫祭のあんなケチなスープじゃない、冬に齧る塩辛い肉の切れ端じゃない、でっけえ肉の塊を炭火で丁寧に焼き上げ、削った岩塩を南方産の香辛料と一緒にパラリと散らした絶品だ』
『もちろん俺も食ったさ! 冒険者は依頼で得た金はぱあっと使っちまうんだ。甘みのある脂が染み出した肉にかぶりつき、酒を流し込めば胃と心がかあッと熱くなる……そうして英気を養って、依頼板にある依頼を受けるのさ! 簡単な依頼はドブさらいや下水の掃討で、せいぜい銀貨数枚だが、難しい依頼ともなりゃあ金貨が百枚も出る!』
『古代帝国の遺跡探索の仕事のときゃあ凄かった! 探索人がカギを開けた瞬間天井からスライムが降って来てな、俺は咄嗟に探索人を庇った! 仲間だからな、当然さ。僧侶が防護呪文を使ってくれなきゃ俺たちの命は無かったかもしれねえ』
『俺のいたチームのリーダーはどこぞの貴族の五番目の娘でな……どこぞに嫁がされるくらいならと王都の冒険者学校を出た女傑だった! エライ別嬪で、強くて頼りがいがあり、稼ぎも凄くてな! Aランク冒険者への認定も近いと……』
終止がこの調子だったので、少年は完全に外の世界に魅了され、同時に故郷に絶望していた。
日々日々農作業に明け暮れ、税に取られた残りのごみの様な穀物の粥を啜り。
毎年の様に生まれ、そして半分が死ぬ弟や妹を見て涙を流し。
冬は家族身を寄せ合い寒さに震え、洗っていない身体と服の匂いに包まれながら干し肉を齧って過ごす。
嫌だ!
自分も冒険者になりたい!
日々日々冒険と戦いに飛び込み、肉と酒で胃を熱くしたい!
美しく強い女冒険者や女騎士と濃密な夜を過ごし、仲間と共に肩を切って大通りを歩きたい!
絹や綿の柔らかい服を着て、磨かれた豪奢な鎧を身に着け、香油の香り華やかに王都一番の宿で眠りたい!
14歳の頃、そんな思いが一線を越えた少年は村を飛び出した。
家族には……父親にすら一言も告げなかった。
ただ成功したら帰還し、革袋いっぱいの金貨と馬車いっぱいの肉と酒を送ってやろうと、そう決めて村を出た。
先の事は何も考えていない。
ただ、同じように裸一貫で王都に向かった父の昔話通りにすれば自分にもそんな栄光が訪れるのだと、楽観的に考えていた。
……今の、惑星エデンで軌道エレベーターを見上げる少年には自分自身でも到底理解できない事だったが。
王都で女騎士の下輝かしい冒険者生活を送っていた父親が、どうして寒村でみすぼらしい生活をしているのか……その事に関して、当時の少年はなぜか全く考えていなかった。
気が付かないふりをしていたのか、無知だったのか……それすらも、もう分からない。
そうして村を飛び出した少年だったが、意外な事に王都には簡単にたどり着くことが出来た。
故郷を飛び出して王都に向かう街道を荷物も持たず歩き出した少年は、すぐに自分と同じような少年少女たちを満載した馬車に出くわしたのだ。
「どうした坊主?」
御者台にいた、まるまると肥った商人が少年に話しかけてきた。
正直に冒険者になりたいので王都に向かう途中だと言うと、商人は大笑した後笑みを浮かべて少年を馬車に載せてくれた。
「おお、おお懐かしい。昔はお前の様な奴が大勢いたもんだ。……厳しいだろうが、そう言う馬鹿な夢を見る奴が俺は嫌いじゃあないぞ。どうせ俺たちも王都に行くんだ。お前も乗っていけ」
その馬車は王都に集団労働に行く少年少女を乗せた人材紹介業者のものだった。
その時の少年は知る由も無かったが、少年が希望が無いと言っていた故郷の村は、むしろ地方の村では裕福な部類であり、それ以外の村は日々生まれる子供を集団労働と言う名の奴隷として王都や大都市に売り払う事でかろうじで命を繋いでいたのだ。
数人の兄弟が同じ村で暮らせるという事は大変に稀で恵まれた境遇だった。
少年たちの村を有する伯爵が領民思いだった故だ。
馬車に乗る少年少女たちも王都に付いた後は悪ければ鉱山や娼館、良くても最下層の労働者として商会等に連れていかれたのだと、後に少年は知った。
だがその時の少年も、馬車の少年少女たちもそんな事は知らず。ただただ、寒村から大都会に行けるという希望に溢れていた。
丸々と太った商人は奇妙なほど優しく、黒パンや水を朝夕食べさせ、夜は一人一枚布を渡してくれるという好待遇だった。
乗っているのが自信を肥やしてくれる商品なのだから当然の話だが、当時の少年は能天気に幸先のよさを喜んでいた。
もっとも……商品ではない少年に対する厚遇は、実のところ商人の純粋な良心だったのだが、その後の事を思うと今の少年は素直にそれを喜んでいいのか分からなかった。
なぜなら絶望は、王都に到着したその日にやってきたからだ。
次回更新は9月5日の予定です。




