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第23話―3 艦隊見学

 吊り下げられたコアユニットは、ゆっくりと製造ラインを進んでいく。

 すると、コアユニットには大小さまざま、一見何の部品なのかもわからない部品がアームによって取り付けられて行き、ラインの中ほどまで進んだ頃には、骸骨の様な形状になっていた。


「……ちょっと気持ち悪いな」


「ソーセージとアンドロイドは製造中を見ない方がいいと言いますので……」


「そうせえじ……作る時は気持ち悪くて、完成すると可愛い……物?」


「あ、すいません。意味が分かりませんよね。後でシャルルに作らせますから」


「ああ、料理か……」


「動物の腸に肉を詰めたものです。美味しいですよ。ミラーが大好きだった人の好物でした」


 ポリーナ大佐は軽いジョークが通じない事に苦笑いを浮かべながら、グーシュにジョークの内容を解説してやった。


 肉が苦手なグーシュは、話半分で聞き流しながら、目の前で段々と完成していくアンドロイドを眺めていた。


「後半までくると、完全に皮を剥がした人間だな。だが、手足がくっついていないぞ? 機械の手で押さえてあるだけだ」


 グーシュの言う通り、ラインを進むアンドロイドの手足は付け根部分が無く、アームによって抑えられているだけだった。


「そこには、SSにとって一番大切な部品が取り付けられます。あれをご覧ください」


 ポリーナ大佐が指し示したのは、最後の工程の一つ前。

 ライン上にある、真っ黒な液体で満たされたプールだった。


「あれこそが、ナンバーズによって伝えられた戦闘用アンドロイドの要。現在他の兵器への転用も計画されている、万能金属”ミスリル”を用いたメタルアクチュエータです」


 ポリーナ大佐が言い終わると同時に、ライン上のアンドロイドは黒いプールに頭まで浸かった。

 

「あの黒い液体には電気が流れています。”ミスリル”は電気を流すことによって固体から液状に変化する特徴があります。電圧を調整する事で、粘度も調整できます。さらに、最大の特徴なのが電気と一緒に独自のプログラム……機械語による指示を与えることで、様々な変化を及ぼすことが出来るのです。4番ライン、ミスリル槽に透明化のプログラムを」


 ポリーナ大佐がオペレーターに命令すると、真っ黒だったプールが一転して水の様な透明になった。


「おお! 金属が透明に……凄いな」


 グーシュも感嘆の声をあげる。

 固体から瞬く間に液状になり、さらに透明になるという、おとぎ話でもないような技を見れば無理もない。


「透明化だけではありません。流す電圧やプログラム次第で、硬さ、粘り、重量、色、質感。様々な変化を遂げます。その分、プログラムに効果を盛り込みすぎると必要な電力が大きくなるため、現状では手足の付け根に用いて筋肉の代わりに用いるのが関の山ですが、いずれは全ての部品をミスリルで作成したアンドロイドや兵器を作る事が軍の目標です。とはいえ、希少な原料が必要なので、中々困難なのですが……」


「そうなのか?」


「はい。黒い特殊な土……レアアースが必要なのですが、エデン星系でしか見つかっていません」


 そうして解説をしている間にも、透明なプールに浸かったアンドロイドの手足の付け根に、黒いゴムの様な部品が取りついていく。

 やがてボディが引き上げられると、そこには手足の付け根と全身のところどころに黒いパーツの付いたアンドロイドの中身があった。


 まだ有機部品で構成された人工筋肉がむき出しで、不気味なものの、丸みを帯びた形状は小柄な少女のようだ。


 そうしてアンドロイドはラインの最後、人工皮膚の噴霧工程へと進んだ。

 ボディは、小さな小屋の様な機械の中へと進み、全体が中に入ると同時にシャッターが閉まり、機械が密閉される。


「この工程は時間が掛かります。人工皮膚の素を噴霧して、強い光を当てて固着。その後サガラ社製の特製AIが顔や身体の造形と髪の毛の植毛を行っていきます。だから、大量生産時はこの機械ごとラインからずらして、一旦横の方へストックするのです」


「なるほど……サガラ社と言うのは端末で見たぞ。アンドロイドの外見に関わる産業の最大手だとな。創業間もない頃、社長と相棒の賽野目博士は、全裸の社長の奥方と義弟の体を観察しながら、人間そっくりのアンドロイドを開発したとか……」


 サガラ社社長の伝説的奇行を、憧れ交じりに語るグーシュ。

 さすがのポリーナ大佐も少し呆れた表情を浮かべるが、逸話ではない完全な事実だけに何とも言い難いようだった。


 そうして、ニ十分ほどソーセージやアンドロイドの造形に付いて話していると、ようやく先ほどのアンドロイドが完成したという連絡が入った。


「さあ、グーシュ様。完成したアンドロイドを、ぜひ最初に出迎えて上げて下さい」


「おお、緊張するな……まさか、鳥みたいに親だと思われないであろうな?」


「……大丈夫ですよ。このアンドロイドは新型タイプの歩兵型SSとして造られました。この星の鳥が地球の鳥と同じ習性なのは驚きましたが、そう言った事はありません」


 ルーリアトの鳥類も、地球同様刷り込みが行われるという事実に一瞬思考が逸れたポリーナ大佐だが、その点はしっかりと否定した。


 アンドロイドが特定の個人に最初から好意を抱くには、コアユニットへのデータインストール時に行われる初期設定の際に、どのような設定をするかで決定される。

 

 基本的に、それ以降に抱く感情は地球出身かそうでないか。

 どのような立場、役職の人間か。

 どのような態度で自身や仲間に接するかといった要素と、種類ごとに設定された優先順位で決定される。


 そう説明を受けたグーシュは、少しがっかりしながら、完成したアンドロイドの保管室へと入っていった。


 入室すると、中で寝転がっていたアンドロイド達が、人間であるグーシュに近づいてきた。

 グーシュはニコニコしてそれを出迎えようとしたが、ポリーナ大佐が無線通信で停止を命じると、そのままコテンッと寝転がってしまう。


「わらわは構わんのに……」


「お時間もありますので……」


 そんなやり取りをしていると、壁の一画が開き一人の歩兵型SSがコンベアに乗って部屋に入ってきた。


 ボディと手足の先が黒い防弾装甲に覆われた、まるでレオタードを着たような姿の、典型的な歩兵型だ。

 その少女は、コンベアが停止すると、ゆっくりと目を開いた。


 それに気がついたグーシュがそのアンドロイドの許に向かう。

 当のアンドロイドは、きょとんとした様子で、自分に近づいてくる人間をジッと見ていた。


「おお、可愛いな。まるで生まれたての赤ん坊の様なあどけなさだ……だが、これでもすでに戦闘がこなせるのだろう?」


 グーシュが問うと、ポリーナ大佐が少し後ろから答えた。

 グーシュとアンドロイドの間に割り込もうとしたノブナガを抑え込んでいたからだ。


「ええ、可能です。とはいえ、戦闘データと身体のデータのすり合わせと、人工筋肉へのデータの刷り込み……ようするに訓練を行う前ですと、ミスや不具合の発生率や、思考や判断力に遅れが発生しやすくなります。それでも人間の新兵よりは強いと自負しておりますが、なんにしろ未熟な存在です」


「なるほどなー。お嬢ちゃん、名前はなんだ? わらわはグーシュだ。よろしくな」


 話しかけながらグーシュが手を出すと、そのアンドロイドはジッとグーシュを見た。

 瞬きせず、ガラス玉のように美しい目は、人間離れした美しさと不気味さを持っていた。

 グーシュが普段話しているアンドロイド達とは、全く違う人形の様な、意思の無い目だった。


「……あたちは、コマでしゅ。ぐーしゅは、人間? 地球人?」


 コマと名乗った少女の質問に答えようとグーシュが口を開きかけるが、それより早くポリーナ大佐が口を開いた。


「コマ二等兵、その方は現地協力者で、司令部のオブザーバーだ。礼を尽くせ」


「りょうかいしまちた……コマにとうへいで、ありましゅ……」


 そう言ってぎこちなく敬礼するコマを見て、グーシュの我慢が限界を迎えた。


「ああああああ! 可愛いー!」

 

 叫ぶや否や、両手いっぱいにコマを抱きしめるグーシュ。

 コマ二等兵は、ニンマリと笑みを迎えてグーシュの背中に手を回した。

 それを見た、転がっているアンドロイド達とノブナガが非難めいた視線を投げかける。


「コマ、にんげんしゅき。グーシュしゃまは、いせかいの方でしゅけど、だいしゅきです」


「おお、わらわも大好きだぞ。へー、しかし……生まれたて、もとい製造したてはこんななのか。……おー、よちよち」


「恥ずかしながら、私たち参謀だろうと艦船のSAだろうと、その通りです。こののち、自我固定教習や業務別の技能訓練を一週間程行う事で、グーシュ様が知るような安定した個体になります。私たちはデータによって成り立つ機械ですが、同時に感情を持った生命でもあります。不安定さをデメリットとして持ちますが、それによって成長や動物的な感覚を持った判断を行う事が出来るのです」


「なるほどな……成長する機械か。しかし、一木の言った事は本当だったな」


「代将がですか?」


「アンドロイド達は、人間が大好きだと、目をクルクル回しながら言っていた。ミラー大佐や参謀達は、単純な好き嫌いを言うには難しい立場で、わらわも推し量れない部分があったが……この出来立てほやほやの娘っ子を抱いていると、お前達が本当に人間が好きなんだと、実感するのだ」


 そう言ってグーシュはコマの頬っぺたに口づけした。

 背後からノブナガの悲鳴と、ミユキ大佐が頭をはたく音が聞こえた。


「コマ、ルーリアト生まれの機械の娘よ。どうか、ルーリアトと地球の懸け橋になってくれよ……」


「うん、コマ、グーシュしゃまに抱かれたし、きっすしてもらったから、かけはしなるよ」


 コマの言葉に舞い上がったグーシュは、結局その後部屋にいる製造したてのアンドロイド達全員を(ノブナガ含む)ハグして、頬に口づけして回ったのだった。






 グーシュがシャフリヤールを出発した直後。

 師団長用のレクリエーション区画にある、鍛錬場。

 鏡のように輝く、木目も美しい木で出来た和風の道場だ。


 剣道や空手、畳を敷けば柔道なども行える施設で、師団長や艦隊司令が望めば福利課から技術を習得したアンドロイドが、相手役や指導を行ってくれる。


 とはいえ、現在は艦隊に在籍する人間が二人だけの上、どちらも武術や剣術を嗜まない人間のため、この施設はもっぱらとあるアンドロイド専用の場所になっていた。


 そして、そのとあるアンドロイド。

 艦隊司令の副官にしてパートナーアンドロイド、スルターナ少佐が、一人の客人を伴ってやってきた。 勿論、グーシュを置いてスルターナ少佐から手ほどきを受けに来た、ミルシャである。


「着いたぞ、ここだ」


 スルターナ少佐が、普段の冷たい様子とは違う、どこか楽し気な口調で言う。

 すると、道場を見たミルシャが息を呑んだ。


「これは、木か……何と美しい……木材がこんなに輝くとは知らなかった。しかし、剣術道場を木で作るとは贅沢だな」


「贅沢? ああ、ルーリアトの道場は踏み固めた土に砂を撒いたところで行うのだったか……しかも基本は天幕を張るだけだったか?」


 スルターナ少佐が尋ねると、ミルシャは少し自慢するように答えた。


「ええ。確かに美しい場所だが、お付き騎士の訓練は厳しい。もしここでお付き騎士が訓練すれば、この美しい木の床も壁も、終わった後はささくれだった廃材になり果てるでしょう。僕たちの剣術は実戦第一。砂に天幕どころか、地面と木刀さえあれば、そこが訓練の場なのです」


 暗に、贅沢な地球の剣術には負けないという意思を示しての事だ。

 しかし、スルターナ少佐は動じなかった。

 逆に、楽しそうに笑い声を漏らした。


「何が可笑しい?」


「いや、な。実戦、実戦か……それ故に、君は行き詰っているのに、とな。知らぬは本人ばかりなり、だな……」


 スルターナ少佐の煽るような言葉に、ミルシャの顔色がみるみる怒りの色に染まっていく。


「そんなくだらない事を言うために、僕を呼んだのか? だいたい、グーシュ様に関わる重大な知らせがあるというから、僕は護衛を諦めてここに来たんだ。いい加減、説明してもらおうか」


 三十分ほど前。

 シャフリヤールからオダ・ノブナガに移動する最中のグーシュ一行の前に現れたスルターナ少佐は、突然ミルシャに近づくと、ミルシャの頬に手を触れ、ミユキ大佐に聞かれないよう骨伝導で告げたのだ。


『グーシュリャリャポスティ殿下に関する重大な知らせあり。知りたければ本人に知らせず、艦内道場に共に来るべし』と。


 この言葉を、当然ミルシャも素直に信じた訳では無い。

 グーシュの護衛や世話は、例えここが安全な地球連邦軍の中枢だとしても、他の者ではなく、絶対にミルシャが行うべきものだ。


 だが、それにも関わらずグーシュを置いてここに来たのは、ミルシャが剣士としての嗅覚で感じ取った、スルターナ少佐の恐るべき殺気を感じ取ったからだ。


 あの時、妙な音でミルシャにだけ聞こえるように話しかけた時、ミルシャは咄嗟にグーシュにその旨を伝えようとした。


 しかし、その瞬間ミルシャの感覚は捉えた。

 スルターナ少佐が、腰の剣に手をかけ、抜刀寸前だという事を。


 ミルシャは、確信した。

 ここで喋れば、確実にスルターナ少佐はグーシュの首を落とすと。

 だからこそ、下手な芝居をしてまで、ここに来る必要があった。

 悔しい事実だが、このスルターナ少佐には、自分は敵わない事を感じ取ってしまったからだ。


「ああ、そうだな。まあ、そんな硬くなるな。これを見てくれ」


 そう言ってスルターナ少佐が懐から取り出したのは、剣の柄ほどの大きさの黒い棒状の物体だった。

 先端には、赤く丸い、押し込むことが出来そうな突起物が付いていた。


「なんだそれは? それがグーシュ様となんの関係が……」


 ミルシャが問うと、スルターナ少佐は先端の赤い突起物を親指の腹で撫でた。

 やはり、突起物は押し込む事が可能なようで、少し沈み込んだ。


「簡単に言うと、この赤い部分を押し込むとだ。グーシュリャリャポスティの荷物に仕込んだ爆弾が爆発する」


 その言葉の意味が一瞬分からず、ミルシャの脳裏は真っ白になった。

 だが、それも一瞬だ。

 次の瞬間には、腰の剣に手をかけていた。

 さらに次の瞬間には、引き抜いてスルターナ少佐の手を切り落とすべく、力を込める。


 しかし……。


「ぐぅ!」


 抜けなかった。

 ミルシャの感覚が、全力で警告を発していた。

 抜けば落ちるのは、剣を持った自分の腕だという事実を感じ取ったのだ。


「やはり、いいな。切羽詰まった人間は。殺が訓練してやってくれなんて、ぬるい事を言うから、私流にやらせてもらう事にしたんだ。さあ、訓練と行こうか? 今から、このスイッチを持っている私の腕を切り落としてみろ。それが出来れば、訓練は終了。爆発もさせない」


 平然と言ってのけるスルターナ少佐に、ミルシャは激昂した。


「ふざけるな! グーシュ様は、お前達地球人にとっても大切なお方のはずだ! それを一木司令やサーレハ司令に確認もせずに……」


「皇女様の計画は読ませてもらった……だから、こうしているんだ」


 スルターナ少佐は冷静に言ってのけた。

 意味が分からず、ミルシャは剣に手を掛けたままで固まってしまう。


「お前が、皇太子のお付きを殺すことが、皇女様の作戦の肝だろう? だが、私の見立てでは今のお前はあの女には勝てない……そして、殿下は溺愛するお前が死ねば、もはや制御が効かない爆弾と一緒だ。連邦にとって必要ない。ほら、何の問題がある? どのみちここでお前が失敗すれば、皇女様は必要なくなる」


 ミルシャは、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

 目の前の女の形をした機械が、本気で言っている事を感じ取ったのだ。


「さあ、ルーリアトの剣術を見せてくれ」


 心底楽しそうにスルターナ少佐が言った。

次回、スルターナ少佐vsミルシャ。

次回更新は10日の予定です。


次回もお楽しみに。

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