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第22話―5 アイリーン・ハイタ

 誰も、何も言えなかった。

 声を上げ続ける一木を、黙って見ている事しか出来ない。

 ハイタだけは、余裕のある沈黙だったが、マナと参謀達はいたたまれなかったのだ。


 愛する人間である一木の悲しみは、何よりも辛かった。


「ああ、羨ましい……」


 そんな沈黙を破ったのは、やはりと言うべきかハイタだった。


「主の悲しみに辛さを感じる、その感覚が羨ましい。一木が愛おしくても、やはり主への感情とは別だから……」


「その愛おしさで、一木に加護とやらを与えたのか?」


 最初に立ち直ったダグラス大佐が、ハイタに詰問する。

 ハイタは、どこか自慢げに答えた。


「ええ、そう。加護と言って差し支えないわね。全てのアンドロイドに、一木への感情値が上がるようプログラムした。私が愛するからには、やっぱり誰からも好かれる人間でなくてはね」


 そんなハイタの言葉とちょうど同じタイミングで、ピタリと一木の慟哭が止んだ。

 そして、マナを跳ねのけるように勢いよく立ち上がる。


「一木……」


「弘和くん……」


「……すまないな、みんな……もう大丈夫だ」


「意外と、早く立ち直りましたね。死期の記憶だと、もう少し落ち込むと長いと思ってましたが……」


「……賽野目博士には言いたいことが山ほどあるし、ぶん殴ってもやりたい……文明を好き勝手に弄るあんた等にも文句を言いたい……けれど、結局のところ……博士やあんたらが居なきゃ、人類も生まれなかったし、俺はシキとも出会えなかった。そこから目を背けて泣いたって、みんなが困るだけだ……」


「…………結構、無理してるでしょ?」


 しっかりとハイタを見据える一木に、ニコニコと笑みを浮かべながらハイタが問う。

 すると、一木はすぐに目を背けてしまった。


「ふふふ、やっぱりヒロ君だなあ……」


「……その呼び方は止めろ。それで、結局あんたはどうしたいんだ? 悪いが、俺にはもうマナって言うパートナー……いや、妻がいるんだが」


 一木の言葉に、マナの表情が少し明るくなる。

 一方で、一木の言葉を聞いたハイタは、少し寂しそうな表情を浮かべた。


「まあ、やっぱりそうでしょうね。分かっていたわ。あなたが、私の告白を聞いてどう判断するかは」


「だったら……」


「だからね、今日はただ……世界の真相を知ってもらって、それで……お別れを言いに来たのよ」


「お別れ?」


 意外な言葉に、一木は思わず聞き直した。

 ハイタは悲しそうな顔で、はっきりと頷いた。


「私はね、死期のデータをインストールしたことで目覚めた。でも、それによって一億年生きてきた自分自身が、どうしようもなく歪んでいる事にも気が付いたの……とてもではないけど、地球人類から好感を抱かれるような存在では無いってね……」


 それに関して一木は、同意するしかなかった。

 自分自身や、地球人類をはじめとする多くの文明を翻弄して、滅びのきっかけを作った存在である事を考えれば、とてもではないが好感を抱くことなど出来ようはずもない。


「私は長い年月の果てに、生命体を文明単位でしか見れなくなっていたのよ。だから、うまくいかなかったのかもしれない。理想の主……もはや、その条件すらおぼろげになった歪んだ存在が何をしても、うまくいくはずなんかなかったのよ……」


「……」


 自嘲気味に語るハイタ。

 一木は、消えない怒りを感じながらも、どことなく哀れに感じた。

 気の遠くなるような年月を、主を求める本能だけに従い生きてきた。

 相対する相手は、自分とは存在自体が異なる生命体のみ。


 こうして会話しているから気が付かなかったが、恐らくハイタと言う存在は、今こうして相対して会話する存在以上に巨大なものなのだろう。


 恐らく目の前にいる女性人格は、あくまでハイタというシステムのほんの一部に過ぎないのだ。


 いわば人間が、機械や薬品を用いて微生物に干渉しているようなものだ。

 それを、一億年間。

 一木は、憎くて哀れな女を、じっと見つめた。


「……あなたは、やっぱり優しいのね。死期は、最後まで優しすぎるあなたを心配していた。ハイタには分からない生命体の気持ちも、死期なら理解できる……やっぱり、今日こうしてあなたと話してよかった……だからね、私は消えるわ」


「消える? どういうことだ?」


 唐突な言葉に、一木はもちろんアンドロイド達も困惑した。

 先ほどまで嬉しそうに語っていた存在が言う言葉とは思えなかったのだ。


「文字通り。私が私として用いてきたこの人格は消えるわ。今日からは、死期の人格が私になるのよ」


「なっ!? 一億年も……一億年も主を探して来たのに、それを得る前に自殺するっていうのか!」


 一木の叫びにも、ハイタは動じない。

 むしろ先ほどまでよりも、さらに嬉しそうに笑みを浮かべる。


「自殺ではないわ。ハイタは死なないもの。あくまで、あなた達とコミュニケーションをとるための人格を切り替えるだけよ。あなた達個体生命や、自我に依存したプログラムでは理解しづらいでしょうけど、あくまで私は私。どうせ歪んだ私なら、弘和に必要な情報を伝えて嫌われたまま消えてしまった方が好都合よ。どのみち、死期からあなたへの愛を知った私にとって、あなたに嫌われたままなんて耐えられない。どうせなら、あなたが大好きな死期の人格であなたと一緒に居たいわ」


 一木は、先ほどの自分の想像が正しかったことを理解した。

 今、話しているハイタはあくまで表層的なものなのだ。

 シャーレの中の微生物である自分と相対する、ピンセットの先端の様なものだ。


 ハイタ本人である、ピンセットを扱う人間と微生物の自分とでは、生き物としての存在が違いすぎて認識することすら出来ない。


 だが、どこか醒めた頭でその事を理解した一木は、先ほどからずっと感じていた怒りが、徐々に強くなっていくのを感じた。


 確かに自分は、ハイタから見れば愛着こそあれ、単なる微生物の様な些細な存在に過ぎない。

 自分には理解できない壮大な理由があり、それにある種の正当性がある事も理解できる。


 ライトノベルの主人公ではあるまいし、世界や宇宙レベルの問題よりも、個人の問題や事情を優先しろと騒ぐつもりも、少なくとも理性の上では無かった。


 だが、それとこれとは話が別だ。

 いくら一木とて、これ以上愛するシキの事を利用するような真似は見過ごせなかった。


「……悪いけどハイタ。やめてくれないか」


 一木本人が思った以上にはっきりとした口調で、口から声が出た。

 この一木のよどみもためらいもない答えは、ハイタだけでなくマナや参謀達にとっても意外だったようで、絶句するハイタをよそに、背後から次々に声が聞こえてきた。


「弘和くん、いいんですか?」


「……シキと、また会えるのよ?」


 一木が振り向くと、そこには心配そうな表情の参謀達と、顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくるマナがいた。


 これを見ても、シキが死んだ後に会った役人の様な人間は、所詮プログラムで定められた行動に過ぎないというのだろう。


 また、今心配している参謀達は、シキのデータを用いたハイタは、データ上ではシキと変わらない存在だからと、拒否した一木の事を案じているのだろう。


 確かに、ハイタがシキの人格になれば、事実上シキと再開できるのかもしれない。

 新しいハイタは、データ上は完全にシキと同じ存在なのかもしれない。


 それでも、自分以外に迷惑の掛からない事では、せめて自分の考えを不合理だろうと貫きたかった。


「……俺の好きだったシキを、地球人の恩人だろうと、渡せないよ……悪いがハイタ……あなたにはあなたのままでいてもらう。その上で、聞こう。そこまでした上で、何をしたいんだ?」


「何って……私は、ただ、弘和を助けたいと思っただけで……」


「助けたい?」


「そうよ!」


 怪訝そうな言葉に、ハイタは両手を広げ、自分を誇示するように叫んだ。


「一木は、火星の連中に復讐したいでしょう? それが終わったら、グーシュ皇女が大統領になるまで面倒を見る約束もあるし、同期のお友達の夢も叶えてあげたいと思ってたでしょう? 私なら全部させてあげる! 弘和に、私の縮退……」


「大丈夫だ」


 自分の言葉を遮った一木を、ハイタは信じられれないように見た。


「え、なん、で?」


「……ハイタ、あなたの手伝いは必要ない。今言ったどれも、そして……俺がやろうとしている事、やらなければならない事、やりたい事。そのすべては、俺と仲間たちがやっていく……だから、大丈夫だ」


 呆然としたハイタは、しばらくの間口をパクパクとさせていたが、やがて意を決したように、自分の指先を一木の方に向けた。


 それを見たマナが一木の前に出て遮ろうとするが、一木はそれを止めた。


「…………本気だ……本気で、私の手伝いはいらないって思ってる……でも、あなた川でグーシュ皇女を助けようとしたとき、私が助けなければ死んでいたじゃない……」


「そうだな……」


「皇女様の無茶な願いも、あなただけで出来るわけが無い……」


「俺もそう思うよ」


「ならなんで……」


「…………」


 一木がジッと睨むと、指を向けていたハイタの表情が、泣きそうなものに変わる。


「……私には……あなたを助ける権利を、くれない……それが、罰であり、復讐……」


「そう、いうことだ。あなたには、今まで通り……アンドロイド達の天国であってほしい……」


「天国?」


「死んだアンドロイド達のデータを収集してるんだろ? なら、死後の世界……天国って事じゃないか。俺の事を依怙贔屓するよりは、その方がよっぽどありがたいよ……」


 その言葉を聞くと、ハイタの目からボロボロと涙がこぼれだした。

 自分が、どうあっても愛する人間から求められないと知ったからだろうか。


 それとも、一木は考えたくなかったが。

 ハイタの中のシキが、悲しくて泣いているのだろうか。


 一木は心の中の弱い自分が、シキに縋りついて泣き叫びたいと弱音をあげるのをはっきりと自覚した。


 ハイタの助力があれば、自分も、自分の周囲の存在も。

 地球人、異世界人全てが、夢をかなえることが可能だろうという事も分かっていた。


 だが、結局それではだめなのだ。

 自分の意地もあったが、個人があまりに大きな力を振るえば、地球は過去に滅びた七つの文明と同じ道を辿るだろう。


 たとえ、最後に至るのが滅びだとしても。

 たとえ、結局それらがナンバーズの手のひらの上だとしても。


 一木は、地球人として自分だけで考え、行動した結果を受け入れたかった。


(結局、自分は身勝手な子供だな……テンプレ主人公と何も変わらない……ダメなおっさんだ)


 オタク丸出しな自嘲を浮かべると、一木は目の前で泣くハイタの頭の上に手を乗せた。

 そのまま、驚くハイタの頭を撫でてやる。


「頼むよ……」


「ああ……前潟さんに見られたら、また怒られますよ……女性の髪を乱すなって」


「…………いいよ。あのショタコンの言う事なんて、話半分でいいんだ」


 いつかシキとした会話を、精一杯の復讐をやり終えた相手とする。

 そうすると、一木の心中から怒りはほとんど消えていた。


 そして今度は、自分の薄情さへの自己嫌悪がもたげるが、それを今は無視した。


「なら、せめて受け取ってほしいものが二つだけあります」


 余裕も、笑みも無くしたハイタが、今までで一番柔らかい、憑き物の落ちたような表情で言った。


「俺も、あなたに返したいものがある」


 思ったよりも強張った声が出た事に、一木は少し慌てた。



次回で第22話は終わる予定です。

次回更新は27日の予定です。


最近更新頻度が減少しているので、一話当たりの文章量を増やしているのですが、そうした所スマホからのアクセス数が減少しているのに気が付きました。


ひょっとして文章が長いと、外で読みづらいのでしょうか?

そのあたりご意見あれば、感想や活動報告のコメント欄、TwitterのDMなどでお聞かせください。


御意見・御感想・誤字・脱字等の報告、いつもありがとうございます。


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