期末試験を乗り切ろう
あれからイベントの準備は着々と進んでいる。
先日は霧谷さんに時間を貰って模擬デートをさせてもらったし、あれのお陰で道中に休憩スペースを作ったり、道幅やコースの選定、カップル同士が交差しない工夫などを盛り込む予定だ。
また、島の人たちとも何度か会合を開き、各種料金設定や想定される問題への対処法や連絡経路について話し合った。
その中でも一番忙しく動き回っていたのはバロンソさんだ。
彼はこの島の貿易に一番詳しかったので、アドバイスを貰ったり住民への根回しも行ってもらった。
そして更には情報操作。
商人ネットワークを通じて噂話という形で、それとなく島の情報を公開。
やってきた冒険者たちに『こういう場所なんだ』と予めイメージを作ることで、住民とのいざこざを極力避けてもらう。
現地のマナーを知らずにタブーを犯して騒動を起こす外国人旅行客って、毎年何度かニュースになってるからな。
お酒飲んで温泉に体も洗わずに飛び込んで泳ぎ出すとか。
そこまで行かなくてもエスカレーターは右が止まるのか左が止まるのかも、地域によって違う。
そういった小さないざこざが大問題に発展したりするから注意しないとな。
そして一般にもイベントの内容は公開され、各地で船大工の争奪戦が活発になっているらしい。
ただそうなると、以前生産職がこき使われたように船大工がブラック企業顔負けの労働環境になりそうだ。
なのでダンデ達には『講習会でも開いてもらったらどうだ?』と伝えておいた。
もちろん本職には敵わないだろうけど、通常の大工やそれ以外の生産職だって、知識と技術と経験を積めばある程度は形になるし、スキルが手に入ることもある。
戦闘職だって力があり余ってる奴が居るだろうから、力仕事を任せられるようになるだろう。
そうして慌ただしく時間が過ぎていき、7月も半ばになった。
「それじゃあ俺達は今日から3日間、ほとんどログイン出来なくなるので、その間よろしくお願いします」
「はいはい。試験がんばってね~」
俺達は明日から期末試験だ。
流石に試験期間中もゲームし続けるって訳には行かないからな。
俺も朝一でログインして畑の世話だけに留める予定だ。
その間は、試験が関係ないウィッカさんに何かあった時の対応はお願いしている。
まぁ何事も無いとは思うけど。
アルフロからログアウトした俺はトイレ休憩などを済ませて、今度はROOMにログイン。
もう恒例となってきた勉強会も今日からは内容を変えて試験対策だ。
「みんな明日の科目は?」
「現国、物理、英語、経済ね」
「数学、古文、芸術、生物です」
「私達は技家、世界史、英語、化学です」
みんなバラバラだな。
まあ今日はそれぞれで試験範囲のおさらいをするって事で良いだろう。
初回の勉強会の時と違ってみんな集中できるようになったし。
「じゃあ、各自で勉強しつつ、分からないところがあったら質問してくれ」
「「はーい」」
各自、自分の机に向き合う。
そしてカリカリとペンの走る音が続く事1時間。
そろそろ皆の集中が切れ始めるころかなと思って紅茶とケーキを用意する。
「みんな、そろそろ一息入れようか」
「待ってました~」
「夜中に食べるケーキ。VRだと体重気にしなくて良いのが最高ですよね!」
「でもこれって有料コンテンツですよね? お金大丈夫ですか?」
「それは大丈夫。友達と勉強会開いてるんだって言ったら両親が気前よく出してくれたから」
その話を両親とした時に「友達って女の子か?」とか「頑張ってね」とか「プライバシー設定調整しておくからハプニングには気を付けるんだぞ」とか色々言ってた。
後半のは聞かなかったことにしておこう。事故を装ってセクハラとか普通に事案だから。
それはともかくとして。
「みんな、試験勉強は順調?」
「うん、何というか意外なほどに」
「そう、ですね。こう言っては失礼ですけど、不思議と勉強会が始まる前より教科書の内容が頭に残ってる気がします」
「確かに不思議ですよね~。毎回授業からかなり脱線した内容ばっかりやってたはずなのに」
「あれじゃない?勉強会の内容に比べたら授業の内容が簡単というか」
「あっ。それ分かる気がする!
ハートマン力学の第3定理に比べれば運動方程式とか余裕だよね」
あれ、そんなことまで話してたっけ?
まぁ役には立ったみたいだからいっか。
そんなこともありながら試験当日を迎えた俺達。
試験期間中は毎日集まって勉強会を開いてるんだけど、みんなからの反響が凄い。
「みんな手ごたえはどう?」
「多分大丈夫」
「私も、前回の中間試験より上がりそうです」
「むしろうまく行けば両親に自慢できるレベルね」
「うんうん、お小遣いアップ、まではいかないけどおかずが1品増えたりとかはありそう」
「それは良かった。明日が最終日だから気を抜かずに行こう」
「「はい」」
そうして迎えた期末試験最終日も無事に最後の科目が終わった。
俺の目の前には屍が一つ。
「陽介~、生きてるか~」
「な、なんとかな。ははっ」
それなりに勉強が出来るはずの陽介がこんなになってるのも珍しい。
なにかあったんだろうか。
「いや、実はアルフロで船作りに精を出してたら寝る時間がほとんどなかったんだ」
「馬鹿だ。馬鹿が居る。それでいて勉強の時間も確保してたんだろ?」
「まぁな。お陰で肉体的には疲れてないんだけど、眠い」
「試験中に寝なかったことだけは褒めてやるよ」
「てな訳で、今日はとっとと帰って寝るわ。夜からも集まる予定だし」
「そっか。まぁ無理はするなよ」
「お~」
ふらつきながら去っていく陽介を見送る。
あ、そう言えば霧谷さんも試験期間同じだって言ってたっけ。
もう終わっただろうしメール送ってみるかな。
『こんにちは。試験お疲れ様でした。
試験の手ごたえはどう?』
『あ、先輩。お疲れ様でした。
私の方は多分大丈夫です。前回より少し上がったかなって感じです』
『それは良かったね。この後は友達と打ち上げ?』
『はい。一緒に勉強した友達と合流する予定です』
『そっか。楽しんで来てね』
『はい、ありがとうございます』
これでよし、と。
じゃあ俺も帰って久しぶりにアルフロでみんなと会うか。
勉強会でずっと会ってたから久しぶりも何もない気がするけど。
後書き日記 ウィッカ編
21xx年7月13日
「試験頑張ってね~」
期末試験の高校生組を見送った後。
今日から3日間は私一人なんだなと思いながら拠点を眺める。
最初は好きなお酒を好きなだけ飲めたら良いなって始めたこのゲームだけど。
気が付けば随分と予想外の状態になったものよね。
あの時、リースちゃんに声を掛けなかったら今でも多分ひとりでお酒をチビチビ飲んでたんでしょうね。
それも今よりかなり質の劣るお酒を、それが美味しいんだって言って。
このクランはカイリくんを始め、気のいい子ばかりが集まってる気がするわ。
それも全てカイリくんの人徳なのかもしれない。
ま、あの良い意味で常識外れな思考について行ける人は限られてるでしょうけどね。
お陰で味以上に楽しくお酒が飲めるわ。
一つ残念なのは彼らは未成年だからお酒に付き合ってくれないことね。
代わりと言っては何だけど、最近はダームさんとカウクイーンが一緒に飲んでくれるけど。
……そう言えばあなた、クイーンなのにキングは一緒には居ないの?え、夫は単身赴任なのね。
時々は会いに行ってあげなさいよ?
ずっと会ってないと浮気とか……してたらシバキ倒すのね。
そう。でも今度紹介してね。
ダームさんはとっくに奥さんとは死に別れてるらしい。
子供たちも各地で活躍しているけど、もう滅多に会う事は無い、か。まぁそんなものかもね。
さて、と。
じゃあ私も一仕事しましょうか。
この拠点でしないといけない事はほとんどないけれど、イベント島なら私にしか出来ないことがある。
鉱山夫と仲良くなるならお酒が一番だからね。
いっそのこと居酒屋とか開いちゃおうかしら。
もしくはバーとかラウンジ。
うん、面白そうね。
流石に私の事をママとか呼びだしたらぶん殴ってしまいそうだけど。




