896 問題の重なりと議論
地球:202X年11月12日
火星:1年6月4日
~紗也華の視点~
「さて本題に入るわね。ぼたんさん、政府側が認識していた菌はね。あなたの認識で合っているのよ」
「イブ、どういう事?」
「いくつかの問題が重なったの。だから気付くまでに時間がかかった。我々は孝次さんの話は報告が上がっている、腸内細菌科細菌だと思ったの。抗菌薬がまったく効かない菌が増えているのはそいつだと思った。だからどこで、その情報が止まっているのかを調査させたらね。『そんな事実はない』という調査結果が返ってきた」
「私達は勘違いをしていたの?」
「そうよ。それが1つ目。しかし『抗菌薬がまったく効かない菌が存在する』というのは事実のはず。だから今度はその情報がどこで止まっているのかを調査させた。そしたら再度、『そんな事実はない』と返ってきた。『情報は止まっていないし、そのような菌の報告はない』とね」
「はい?……え?どういう事?」
「ぼたんさん、感染症対策特別措置法の第12条や第14条により、感染症発生動向調査を行っているのは知っている?いわゆる感染症週報を各都道府県や厚労省で出しているのだけども」
「当然、知っているわよ。流石に内容までは把握していないけどね。だって種類が多すぎるもの」
「そうね。この運用に2つ目の問題があったの。第12条は全数把握。発生数が希少だったり、周囲への感染拡大防止を図ることが必要な疾患が指定されているわ。第14条は都道府県知事が定点医療機関を指定する。そして、定点医療機関だけが報告する。発生動向の把握が必要な疾患のうち、患者数が多数で、全数を把握する必要はないものが指定されるわ」
「あっ!まさか!」
「気付いたようね。薬剤耐性肺炎クセー球菌感染症は第14条の方に指定されており、翌月初日に届け出をするようにと、厚生労働省令で定められているの」
「あーそういう事かぁ。いや、でも孝次さんは『地球破壊の件が6月21日だったと思うけど、それ以降で8人亡くなった』と言っていたわ。4ヶ月ちょっとの期間がある」
「あーそれね。貸し切りとは言え飲食店。店員さんもそうだけどさ。どこで誰が聞いているか分からないからボカしたんだよ。最初にぼたんさんから『報告を受けている』と聞いたから、認識していると思ったんだけど……混乱させたみたいでゴメンね」
「孝次さん、行政側の問題だから謝る必要はないわ。私とイブが勘違いをしたのが悪いの」
「ねぇイブ?何故、この病院から詳細な情報を聞かなかったの?最初から直接、話を聞いていれば良かったんじゃないの?」
「ブリタニアさん、それは出来ないわ。そんな事をしたら病院関係者の誰から情報が漏れたかが明らかじゃない。孝次さんに迷惑をかける事になるわ。それに行政側の問題点をハッキリとさせておきたかったというのもあるわね」
「あーそういう事ね」
「それでさ、情報が変な風に漏れるとパニックになると思って、必要最低限の情報しか言わなかったけど……僕が焼き肉店で話をしたのは11月8日。うちの病院でも8人亡くなったのは11月に入ってからなんだよね。調査により1人目の患者さんが特定出来た。その結果、11月2日に入院した患者さんだった」
「え……?」
「うちの大学が運営している他の病院でも見つかったけど、それも11月に入ってから。僕は医師じゃないから、届け出時期が翌月初日だなんて知らなかったんだよ」
「厚労省が把握していなかったのは、全数を直ちに報告という指定になっていなかったから。先に結論から言うわ。変異した菌よ。急ぎ徹底的に調査をさせたところ、今のところは関東でしか確認されていないわ。だから余計に気付くのが遅れたの」
「変異?」
「そうよ、ぼたんさん。変異株ね。調査によると変異株が現れたと思われるのは11月に入ってから。だから我々は『増えている』と認識していなかった。実際、10月は全国で月30人未満の報告数だからね。ところが今月は現時点で確認出来ているだけでも、感染者数が既に1,000人を超えている。亡くなったのは約300人」
私はぞっとした。ヤバすぎる!
「はぃ?……ちょっと!まだ今日は12日よ!おかしいじゃない!本当に関東だけなの?関東だけでその数なの?」
「ぼたんさん、その通り。ただし、今のところはね。コードレッドで地域間の移動制限等の強い措置を実施したのは時間稼ぎに過ぎないと考えているわ。日本全国、そして世界へと感染拡大するのは時間の問題だと思っている」
「でもおかしいじゃない!それだけの人が亡くなったら、いくらなんでも国に報告が上がってくるはず!」
「そう。まだ問題があるのよ。そういう法律はないけども、院内感染は保健所に報告する。そして、報告を受けた保健所は都道府県と連携する。そういう運用になっているわ。しかし、都や県と保健所のどちらか、あるいは両方が『ただの薬剤耐性肺炎クセー球菌』として考えた。ここが3つ目の問題点ね」
「いやいや!いくらなんでも異常な状況でしょ!」
「それがね。状況が一気に悪化したのが昨日みたいなのよ。国に報告が来たのが今朝。埼玉、千葉、東京、神奈川……いわゆる南関東から報告が来た。それで国、そして私は気付いたの」
「ま、まさか。感染者数と死亡者数って……その殆どが昨日と今日なの?」
「そうよ。日本の国家緊急事態管理庁と厚労省、大和王国の応援で急ぎ調査をした。南関東だけなのか等、色々とね。その結果、今のところは南関東だけ。そして、市中感染している事が判明した」
「それは不幸中の幸いだけど……どうして南関東だけ?」
「どうやら変異株は弱いみたいでね。それが理由かもしれないわ。主に人の体内でしか生きられないみたいなの。コイツは飛沫感染と接触感染をするんだけど、例えば机とかドアノブ等の物体の表面では長生き出来ない。むしろすぐに死ぬわ」
「それじゃ東京を中心に感染拡大しているのね。でも、弱いならどうしてこんな状況になっているの?」
「変異株は全ての抗菌薬への耐性を獲得しただけでなく、感染しやすく、一気に重症化しやすい事が判明したの。初めの段階では、せき、発熱等、風邪の症状に似ていて、風邪と勘違いしやすく、感染拡大もしやすい。飛沫を吸い込んで感染。後は飛沫が手や指に付着したり、感染者に触ったりして、その汚染された手で飲食や口周辺を触って感染する。初めの段階では症状が軽いけど、免疫力が低下すると一気に重症化する。ちなみに息が臭くなる特徴がある」
「ブッ……ご、ごめん。つい」
「紗也華。そういうところ良くないですよ?」
「だからごめんって。彩花、分かってはいるんだけどね。ごめん続けて」
「他にも行政側に色々と問題点はあるけども、反省ばかりしていても仕方がない。それは問題が解決してからで良いの。今はとにかく非常にマズイ状況にある。一刻も早く解決しなければならない。解決策の1つとして、私は新薬開発を進めているというわけよ」
「私、仕事に戻るわ!」
「それは駄目!」
「ブリタニアの言う通り。女王も家族を守る義務があると私は思う。ぼたん。女王命令よ。イブに対応を任せて、あなたは休みなさい」
「しかし、国民が……」
『あーあー。ぼたん、聞こえるかな?無理すんなって。まぁ僕が言っても説得力ゼロだけどさ。部下を信じて任せようぜ。聞こえているかな?」
「光一、聞こえているわ!でも私は国民が困っている時に寝ていられないわ!」
『なぁぼたん。僕に心配をかけるな。ぼたんが無茶をするなら、僕も無茶をするからな。そうだなぁ病室に結界魔法でも張って、ぼたんを軟禁するかね?でもなぁそんな事をしたら2度と会えないかもしれないなぁ』
「それは困るわ!光一と会えないなんて……想像したくもない!」
『だったら止めろ。良いな?ぼたんよ。僕は風呂もトイレも見ているから、危険な事はしようとするなよ。命大事にだぞ』
「我が妹は変態だな」
『うるせーよ!言うことを聞かない、ぼたんが悪いの!』
「わ、分かったから!言うことを聞くから!光一、それだけは止めて。もう絶対に危険な事はしないから!本当よ!」
『仕方ないなー。なぁ?自分と自分の子ども。そして家族を守れない人がな?国民を守れるわけがないだろ?僕?僕は家族を守ったから良いの!今は部下を信じて休む時だ。焦りは禁物だぞ」
「分かったわ」
『イブよ。ないのなら、つくればいいよね?抗菌薬!って事でよろしくね。今、どんな感じなの?』
「一応、抗菌薬は開発したわ。今は大和王国の医療スタッフが、マウスちゃん、おサルさんで安全性や有効性を確認中よ。そしてその次は臨床試験。感染症対策特別措置法の第114条に基づき、緊急臨床試験許可を出す予定」
「ここからは僕の出番さ。日本ブルーローズテクノロジー社の傘下にある製薬会社を使う。そしてこの病院及び大学と連携して、緊急臨床試験許可を根拠に第1、第2臨床試験を開始する……予定だった」
『だった?』
「そう。イブちゃんの案ではね。しかし僕は反対した。医療従事者とは言え、この感染症は危険過ぎる。更に言うと一般の患者さんを危険に晒すわけにはいかないだろう?そこで、この病院に隣接する土地を買い上げてだね。薬剤耐性感染症の専用病棟……いや、新病院を建設する」
『病棟じゃなくて新病院?』
「うん。名前は青薔薇病院かな?1号館から3号館まで建てる。2号館は8階で、他は7階建て。中央が2号館だね。2号館は2階に今、光一さんが入院している病院との連絡通路をつくる。もちろん、1号館と3号館の連絡通路もね。ただし、前者の連絡通路と後者の連絡通路は離す。しっかりとゾーニングする」
『ゾーニング?』
「そう。感染者の病室や通る場所をレッドゾーン。感染する恐れのない安全な場所をグリーンゾーン。その中間をイエローゾーンと言うんだ。病室は全て個室。2号館は2階は検査部で、3階は手術室。4階から7階は研究室や事務所だね。3号館は1階が耐性菌専用外来や入院受付。2階は救命救急センターで3階は手術室。1号館は主に病棟だね」
『つまり、2号館も感染者が利用する事があるから、僕が今、入院している病院に迷惑をかけないように対策するって事かな?』
「その通り。エレベーターはグリーンゾーンとレッドゾーンの両方にある。そして、2号館の8階は光一さんと、ぼたんさんが入院する。1フロアのほぼ丸ごと君たちの部屋だよ。建物は縦が約40メートル、横が約100メートルだね」
『おー!これまたデカイ!』
「うん。まぁエレベーターホールとか、ナースステーション……看護師以外の病院スタッフがいるからスタッフステーションだね。他にも厨房等があるけど、家族全員が快適に生活出来るよ」
『それは個人的に助かるかも』
「光一さん、私は日本政府側の立場として反対よ。確かにエテルノでないと危険だから必要なのは分かる。でも日本政府からお金を出すのに必要な手続きは、煩雑を極めるの。民主主義国家の厄介なところよ。充電道路等の計画については、日本政府からお金を出す説得材料が山程あるんだけどね」
『エテルノでないと危険だからという理由では駄目なの?』
「それだけでは弱いの。例えば『何の為に感染症指定医療機関があるんだ』とか『一企業を優遇し過ぎだ』等など……まぁ色々と専門家や議会の先生方、後はマスコミからご意見が出るでしょう。最悪なのは陰謀論よ」
『陰謀論と言いますと?』
「今回、問題になっている菌は生物兵器として開発されたもの。大和王国が何か得をする為に菌を改良……この場合は改悪かしら?とにかく大和王国が菌をイジってバラまいたとかね。そういう陰謀論が広まる恐れがある。そういうのもあって、簡単には日本政府からお金を出せないの」
『それを言ったら新薬の開発も駄目じゃない?マッチポンプって言われるでしょ?』
「はぁ……そうなのよねぇ。そこは諦めるしかないかなと私は思うわ。予算の権限は議会側にある。いくら政府に協力的な与党の議席が両院で過半数以上あるとは言え厳しい。どうしても時間がかかる。一方でお金が関わらない部分は、大統領令で何とかなったりする。国家緊急事態管理法の第32条に基づき、国家緊急事態を宣言しているからね」
『イブ、国家緊急事態を宣言している場合は何か違うの?』
「立法権は通常、立法府にある。しかし予算の話で少し出たけど、立法府は行政府に比べると機動力に欠ける。そこで委任立法。法律の委任に基づき行政府が法規を定める事が出来るの。平時でもある程度は認められているけど、国家緊急事態宣言下では予算以外は何でもオッケーだと思ってもらえれば良いかな?」
『……それ予算も認めようぜ』
「そこまで認めたら立法府の意味がなくなるからね。仕方ないのよ。さっき『予算以外は何でもオッケー』と言ったけど、立法府による立法で上書きされる事がある。具体的には無効化や廃止ね。後は最高裁の違憲審査権による違憲判決でも無効化されるわ」
『三権分立ってやつですか。いやぁ民主主義国家は大変ですなぁ。まぁ行政府のトップが常に正しいとは限らんから仕方ないけどさ。暴走を止める仕組みは必要だよね』
「光一、ぼたんよ。国家緊急事態管理法により、予算以外の立法を委任されているのはね。緊急事態下ではスピードが重要だからよ。私の大好きなスピードね」
『そうだねー。平時は議論をして物事を進めて行くことが必要になるけど、緊急事態発生時はスピード重視だよね』
「うん。さて、地方の首長やアメリカの大統領と同様に、自身が所属する政党や協力的な政党を与党と言う関係で、両院でともに少数与党になる事もあるんだけど、幸いな事に両院で過半数以上の議席がある」
『ほー。そう言えばそっか。議院内閣制じゃないからね。都道府県知事と議会とかそういう感じになっているわけだ』
「そそ。とは言えイブの言う通り立法府はどうしても動きが遅くなる。だけど大統領令が使える。与党は両院で過半数以上あるから、大統領令を上書きされる恐れはない。よっぽど酷い大統領令なら話は変わってくるけどね。違憲判決も同じ。大統領令がよっぽど酷い内容じゃなければ大丈夫よ。そこで私からお願いがあるの」
『……ぼたん、何かな?』
「私、考えたの。『エテルノは人類が構成する組織の首長となることを禁止する』というルール。何の為にあるのかなってね。イブやのぞみも同じじゃないのかなってね。国王代理がいるのに何故、紗也華が女王になったのかなって」
『それは……』
「責任を取れるのは我々だからでしょ?少しで良い。短時間でも良いからお願い。大和王国の医療スタッフと一緒にで良い。病室から仕事をさせてもらえない?国王なら分かるでしょ?光一は国家の緊急事態発生時に何もせずに寝ていられる?」
『はぁ……1晩考えさせてもらえるかな?』
「光一!」
『ブリタニア、双方の気持ちは分かる。自分も同じ立場だからね。1晩ゆっくりと考えたい』
「……分かったわ」
「光一、ありがとう。もう1つお願いがあってね。イブとのぞみ、どちらの意見も分かる。そこで申し訳ないけど、大和王国側のお金で新病院を建設してもらえないかな?日本政府側はお金を出す以外なら対応するからお願い。例えば病院開設許可等の手続き省略」
「ぼたんさん。のぞみちゃんの計画に必要な土地面積は約45,000平米よ。もう少しで東京ドーム1個分。必要なお金は300億円以上。そんなの……」
『あー!もうストップ!分かった。それも1晩考えさせてよ。のぞみ、今すぐに結論を出さないと駄目かな?』
「いや、大丈夫だよ。いずれにせよ臨床試験が可能になるのは11月15日の月曜日だからね」
『イブ、明日の朝10時に家族全員で会議をしたいから……状況の説明をよろしく』
「了解よ。のぞみちゃんと説明するから安心してね」
「イブちゃんだけだと心配だからねー。僕に任せてよ」
『うん、ありがとう。それじゃ皆、悪いけどまた明日。疲れちまったから寝るわ』
「1晩考えるとか言って寝るんかい!」
『弟よ。拙者は寝ながら考える事が出来るのだよ。つか現実では常に寝ているわけだし……笑えない。やっぱ疲れてるわ』
「光一、大丈夫?」
『ブリタニア、大丈夫だよ。少し疲れただけ。寝ながら考えてだね?その後、体力が回復したら考える。だから10時という微妙な時間なんだよー』
「光一さん、ゆっくりと休んでください。おやすみなさい」
『うん、彩花もありがとう。おやすみー。皆もおやすみなさい』
私達も光一に「おやすみ」と挨拶をすると、光一は通話を切った。
さーて。夕食を摂って私も色々と考えないとだ。そして寝る!





