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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編ー最後にわらった人ー
357/359

番外編2

 



 濃い青の表紙に金の刺繍で題名が綴られたこの本。表紙もページも文字を読めるのはティベリウスだけ。側にいるオルトリウスは勿論、幼いシリウス、シエル、ローゼに見せても誰も文字が見えなかった。自分以外に本を読める者がいるか探さないとならないが、限られた時間の中でしか動けないティベリウスでは限界があった。



「兄上はその本をまだ持っていたんだね」

「ああ……」

「僕やシリウスちゃん達には白紙の本だけれど、兄上には何か見えているのかい?」

「私の目にも白紙の本にしか映らん。ただ、捨ててしまうのはどうしても出来ない」

「そういう物もあるさ」



 自分しか読めないと分かった時、敢えて周りに話を合わせた。



「ローゼちゃん、シエルちゃんやオズウェル君の目がないからって仕事をサボるような事をしないといいけれど。人の目がないとサボるところはシエルちゃんの真似をして覚えちゃったからね」

「ローゼを少しは信じてやれ。あれはあれでやる時はやる」



 実父たるティベリウスが言うのならそうなのだろう。オルトリウスは本心で言っているのではない。ただ、普段の様子からサボる時は絶対サボるのがローゼだと知っているせい。



「まだ起きていられる?」

「もう少しなら」

「そう。……この間の件、どうして兄上はベルンハルドちゃんとファウスティーナちゃんの婚約破棄を強行させたんだい。しかも、そうしないとどちらかが死ぬなんて」



 あの時はティベリウスの眠気が限界に達してしまった為、途中で退席となってしまい、誰も詳細な事情を知らないままだ。本から目を離さず、金の刺繍を指でなぞりながらティベリウスが語ったのは死ぬ確率が高いのはベルンハルドの方だというもの。



「ルイスの生まれ変わりはベルンハルドではなく——ローゼだ。ローゼはルイスの生まれ変わり故に、運命によって強く守られている。だがベルンハルドはそうじゃない。普通の人間と同じだろう」



 リンナモラートとルイスの生まれ変わりは、同じ時を共に生きさせてやりたいフォルトゥナの思いにより、2人が結ばれれば同じ時を過ごし、同じ時に死ぬ。事故や病で死なぬよう強力な守護が掛けられている。今回リンナモラートの生まれ変わりたるファウスティーナは、ルイスの生まれ変わりではないベルンハルドを選んだ。嘗て王家が女神と交わした誓約の内容から大きく離れてしまっている。



「ファウスティーナちゃんがベルンハルドちゃんを選ぼうとフォルトゥナ神は一切手を出していない。ローゼちゃんは、ルイスの生まれ変わりが相手じゃなくてもフォルトゥナ神が何もしてこないならそれで良いって言うのだけどね」

「ローゼやフォルトゥナ神が良しとしても、それを受け入れられないナニカがある。という事だ」

「その何かさえ分かれば、解決の糸口が見つかるのに……」



 まるで分からないと嘆くオルトリウスを横目にティベリウスは別の事を考えていた。

 本来同じ時期に生まれる2人の生まれ変わりに大きな差が開いてしまったのは、前の生まれ変わりが連中に殺されてしまったせい。魂を粉々にされ、リンナモラート本体にも大きなダメージを負ったと聞く。次に何時生まれ変わりが生まれるかフォルトゥナでさえ分からず、粉々になった魂が再生されるのを待つしかなかった。そこから徐々に女神の庇護は消え、ティベリウスやオルトリウスが生まれた時には既に崩壊寸前だった。

 フォルトゥナとの契約は賭けに近かった。失敗すれば国もろとも自分達兄弟も死ぬ。成功しても人間のまま、生を終えられるか不明であった。仮令人間を捨てでも国を建て直し、膿を排出し、次代に繋ぎたかった。瞼を閉じて蘇るのは1人の女性。1本の薔薇のように、凛と立つ姿が美しく魅了されてやまなかった恋焦がれた人。病によって夭折したと言われているが実際は違う。彼女は——リジェットは——名ばかりの王太子であった長兄に凌辱され、心を病み服毒自殺をした。戒めとして廃人にした実兄を地下に幽閉すると決めたのはティベリウスだ。オルトリウスは両親のように始末しようと提案したが頑として認めなかった。リジェットが味わった絶望と苦しみ、逃げられなかった地獄を生きたまま死ぬまで味わえという怨念を込めて牢の扉を閉めた。

 両親と長兄を排除し、新たな王の座に就いた時、本来なら長兄の婚約者エリザベスと婚約を結ぶつもりは更々なかった。弟と2人、最も排除するのに苦労した先々代グランレオド公爵を父に似て青い血主義の非常に傲慢で高飛車な女だった。自身の地位と権力、美貌にしか興味のなかった女を王妃にしてしまえば、折角国を建て直してもまた崩壊する危険性があった。


 しかし、当時絶大な権力を握っていたのはグランレオド家。まだ十分な力を持っていなかったティベリウスは先々代公爵がエリザベスを王妃にと押しても断れなかった。


 愛そうと努めて——出来なかった。


 最初に生まれたのが男の子だと知らされた時、心底ホッとした。エリザベスは自身の美貌に絶対の自信を持つのは、周囲も認める美貌の持ち主だったからだが……姉のリジェットと比べるとリジェットが美しかった。

 赤子の頃は思わなかったがシリウスには何となくリジェットの面影があった。凛とした佇まい、ふとした時の仕草がリジェットを彷彿とさせたのだ。


 それはエリザベスとてきっと感じ取っていたに違いない。異母弟のシエルに異常な対抗心を燃やしながら、次の子を望んでいた。

 ルイスと同じ紫がかった銀糸と瑠璃色の瞳を持つ女の子を。

 女神の生まれ変わりが女の子しか生まれないように、ルイスの生まれ変わりも男の子しか生まれない。シトリンやオールドのように女神と同じ髪や瞳を持つ男性は時折ヴィトケンシュタイン家では生まれた。これは女神の生まれ変わりがもうじき誕生するという目安だとティベリウスは考えている。


 ヴィトケンシュタイン家と違い、直系の王族でルイスと同じ紫がかった銀糸と瑠璃色の瞳を持つ女の子が生まれないのは理由があった。大昔、1度だけ紫がかった銀糸に瑠璃色の瞳を持つ王女が生まれた。王女は双子で片割れは王子だった。王子の方は王妃と同じ灰色の髪と薄い青の瞳をしていたと言われる。その頃の時代は、特にルイスへの忠誠が狂気に近い代物で、ルイスと同じ髪と瞳を女は紛い物で不幸の象徴として騒動が起きた。生まれたばかりの王女は騒動の最中、狂気に侵された臣下の1人に殺されてしまった。王子は幸い一命を取り留めたものの、目の前で我が子を殺された王妃は心を病んでしまい、数日後に王女の後を追って自害してしまった。王妃を深く愛していた国王も心労が祟り、王子が即位する年齢まで育つと呆気なくこの世を去ったと文献に記されていた。因みに王女を殺した臣下は一族郎党処刑され、ルイスを狂気的なまでに慕う臣下の数は減少した。


 この件でルイスと同じ特徴が持つ王女が生まれないようにしたのがフワーリンとフリューリング。両者の能力によって今日においてもルイスの特徴を受け継ぐ王女がいないのだ。


 代々王位を引き継ぐ際に教えられる過去をエリザベスは知らない。

 知らないが故に、望んだ。



「時々、思う時がある」

「なんだい」

「あの時……リジェットに似た王女が生きていたら、どの様に育っているかと」

「……そうだね」



 エリザベスにとって永遠に嫉妬し続け、憎み続ける姉リジェットと同じ薔薇色の髪と瞳を持って生まれてしまった為に、発狂したエリザベスの手によって床に叩き付けられて死んでしまった。産声を上げて誕生した我が子をその様に殺したと聞いた時は耳を疑った。いくら苛烈極まりないエリザベスでもしないだろうと。……現実は違っていた。

 ルイスの特徴を受け継いだ後から産まれた男の子は産声を上げなかった為、発狂しているエリザベスが気付く前に産婆が別の場所へと移動させた。もう1人の子は死産だと嘘の報告がエリザベスに齎されたのだ。



「ローゼの名にリジーと名付けたのは、王女に付けてやりたかった名なんだ」

「リジェット様の名前から取ったのかい?」

「ああ」

「だと思った。ただ……リジーは先王妃の愛称でもあるから、てっきりそっちの意味で付けたのかと思っていたよ」

「シリウスやシエルはそう思っているだろう」



 誰もリジーの名の真意に気付いていない。

 そろそろ眠気の限界が訪れたティベリウスは本をサイドテーブルに置き「少し眠る」と言って横になった。



「僕もそろそろお暇するよ。お休み、兄上」




読んでいただきありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
更新が続いてうれしく思っています 分からなかったことが少しずつ明かされて目が離せませんね
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