最後にわらったのは――23
ケインと一緒にお茶をしましょうとアエリアに送った手紙の返事が翌日に届き、リンスーから受け取ったファウスティーナはペーパーナイフで封を切り中身を取り出す。綺麗に折り畳まれた手紙にはアエリアらしい達筆な字で了承の旨が書かれていた。昨日ケインが昼間近になって起きたのは大変珍しく、午後の時間にケインの部屋を訪ねどんな本を読んでいたのかと聞いてみた。
人払いをしたケインに疑問を持ちつつ、再度本について訊ねるとあれは嘘だと教えられた。寝ているというのは嘘で実際は外へ出て人に会っていたと聞かされファウスティーナは大層驚いた。リュンが妙に冷や汗をかいていた理由に納得がいくも、今度は誰に会っていたのかとなる。
『誰に会っていたのですか?』
『ファナもよく知っている人。俺とファナ、アエリア嬢3人だけで教会に行くのは厳しいからね』
ファウスティーナもよく知っている人が誰かは当日の楽しみだとされ、肝心のアエリアに手紙は送ったのかと問われ頷いた。
『アエリア様なら多分引き受けて下さると思いますよ。4日後に設定しましたけどそれで良かったですか?』
『充分だよ。多分、協力してくれる人も4日後なら行ける筈だし』
『?』
本当に誰だろうと疑問を抱きつつ、ふと頭に浮かんだのは薔薇色の髪と瞳を持つ人。そういえば『建国際』当日から姿を見せていない。真夜中部屋に侵入して来ると予想して夜中まで起きていてもヴェレッドは来ていない。
「珍しい……」
現在ファウスティーナは私室で1人にしてもらい、とある本を読んでいた。濃い青色のブックカバーに『捨てられた王太子妃と愛に狂った王太子』と金色の刺繍で題名がつけられた愛憎泥沼感満載の本。誰かに見られては絶対に突っ込みを入れられる本をファウスティーナが書庫室で見つけたのは、前の記憶を取り戻してから。本の内容は思い出さなくても覚えた程。あきらかに子供が読んではいけない場面があると言えど、やっぱり気になって読んでしまう。
本のページは途中白紙になってしまっており、最後まで読めない。……のだが、屋敷に戻ったファウスティーナが久しぶりに本を開いた際変化があった。
「あれ……」
以前なら空白だったページに文字が記載されている。空白前のページは区切りよく話が終わっているから新しい話になっていた。
「屋敷の誰かが実は作者とか? でもそれにしたって」
仮にそうだとしても何故書庫室に未完の小説を置いているのか。内容が内容だけに、誰かに見られれば処分されてしまう危険があるのに。
「よし……」
空白だったページに続きが書かれているなら、読者として読まないわけにはいかない。
本の主な登場人物はヒロインとヒーロー、ヒロインを虐げる悪女。
「本に登場する悪女が前の私そっくりで感情移入しちゃうんだよね……」
生まれた時から決められた婚約者の王太子の前で妹を泣かせ、以降王太子から嫌われてしまう。
嘗てのファウスティーナもそう。初めてベルンハルドに会う時、部屋にいるよう言い付けられていたエルヴィラが何故か先にいてベルンハルドと談笑していた。
「悪女も私と同じでお母様に愛されていなくてヒロインが愛されている様をいつも見せられていた。性格が歪んでしまうのも、ヒロインを邪魔に思うのも、全部分かってしまう……」
普通悪役に同情の余地はないのに、この小説の悪女に限っては前の自分と似すぎて同情しないのは無理だった。
自分だけを見てくれると信じていた婚約者に嫌われた挙句、婚約者の愛情を妹に奪われた悪女は、妹を殺す計画を企てるも婚約者に知られ失敗。婚約破棄をされ公爵家を追放されてしまう。
悪女がいなくなった後、ヒロインとヒーローは王太子夫妻となり幸せになった。その後も書かれていて例の大人向けの場面があるというわけだが。
「続きの内容を早速読んでみましょう」
部屋に1人のお陰で集中して読める。
——……これがいけなかった。
「ふう」
追加されていたページ数自体数えていないがそれでも中々の量を一気に読み、姿勢を正したファウスティーナは本を閉じると思い切り伸びをした。
「続きの内容は追放された悪女のその後だったんだ」
実の妹の殺害を企て、公爵家を追放された悪女は兄の計らいもあって王都から遠く離れた街に住んでいた。1人ではなく生活を手助けしてくれる人もいるようで教会の司祭様と書かれていた。
「本に登場する司祭様って私の知ってる司祭様と同じでとても優しい人なんだろうな」
実際、罪を犯す寸前までいった悪女を嫌うでもなく、本の司祭は有りの儘の悪女を……彼女を受け入れていた。司祭だけではなく、他にも彼女を気遣い普通に接する人達も登場する。特に司祭の側にいるよくいる青年は彼女を揶揄ったりちょっかいをかけてよく司祭に叱られているが、彼女は青年をいつも笑って受け入れていた。ヒロインや母親の事が無ければ、彼女が本当は優しい人間だったのだと知る。
「……」
架空の物語とはいえ、どうして彼女の母は彼女を嫌ったのか。公爵家の子供達は皆両親が同じ。優秀な跡取りの長男と自身によく似た次女だけを愛し、生まれた時から王太子の婚約者に決まっていた長女だけを冷遇していた。
彼女にもしも自分と同じ前の記憶というものがあれば、きっとスルースキルを身に付け、今度は不幸な結末にならないよう動けただろう。
家庭環境も置かれている境遇も何もかも似すぎている。疑問はあれど彼女への同情心が強くて些細な疑問と思ってしまう。
「追放先で幸せになれているなら良かった」
寧ろ、王都にいた頃より楽しくて伸び伸びしていると彼女は司祭や青年に語った。
だが、途中で視点が変わる。彼女の視点から司祭や青年に変わった途端、ほのぼのとしていた雰囲気が一気に無くなった。
『お使いを頼まれてよ。私が行くと助祭さんがうるさいから』
『良いよ。王太子様殺す?』
『殺さない。いい加減にしろってお説教してきて』
『頭の中弄らないとやっても無意味だよ』
『廃人にならないなら好きにしたらいい。陛下には一応許可を貰いなさいね』
『はーいはい』
物騒な会話から察せられるのは1つ。婚約破棄をし、ヒロインと結婚した王太子が彼女を探し続けているという点。結婚式を挙げ、正式な夫婦になった2人の関係は悪女がいた頃から変わらず良好。どうして悪女を探すのかとファウスティーナは気になり文字を追う速度を速めてしまった。
『王太子妃様は1人じゃまともに公務を熟せない。王太子様とセットにしても、恥を晒すだけだからって王様が微笑むだけにしろって言ったのは笑える』
『王太子妃が優秀なら、王太子妃の代わりをする側妃なんて存在しない。王太子妃が出来るのは、泣いて相手の同情と関心を得て味方につけることだけ。王太子がそれに今更気付いたとて今更何もかもが遅い』
続きを読んで知ったがヒロインが王太子妃になるには側妃を嫁がせるのが条件とされていた。理由は司祭が述べているように、元々ヒロインに王太子妃になる素質がなかった為。王族との結婚、それも次期国王ともなれば相手に愛されているだけでは務まらない。
「ヒロインはかなり拒否していたけど、王太子が無理矢理納得させて側妃が生まれたんだ……」
悪女と王太子妃の座を争った側妃は実家の問題を王家が解決するのを条件に嫁いだと記されている。ここでファウスティーナの頭に浮かぶのはアエリア。アエリアもまた、ファウスティーナと王太子妃の座を争い、エルヴィラに王太子妃の素質がなかった為側妃として嫁がされた。
『ところでさ、お嬢様はずっと此処にいさせるなら、俺がもらっていい?』
『私が許可するとでも?』
『えー? 割と本気なのに』
『あの子が許すなら私も3割くらいは許そう。だけど、何歳差だと思ってるの』
『歳の差なんて知ったことじゃない。大体、俺も貴方も歳なんて気にしてもしょうがないでしょう。そんな体なんだし』
青年の意味深な台詞で司祭は無言になり、以降この台詞に触れる場面はなかった。
親代わりの情を持つ司祭は常に彼女の幸福だけを願っていて、青年を信頼しているとは言え、それとこれとは別問題と見ている。ただ、彼女は青年を心底信頼しているのも知っている。
よく司祭の真似で青年に抱き締められている彼女は、親が子を安心させるように司祭が抱き締めるのと同じだと述べている。司祭……ファウスティーナにとってはシエルに当たるが、シエルに抱き締められる時彼女と同じ気持ちを抱く。
シエルに抱き締められると父に抱き締められる時とはまた違う安心感を感じる。ヴェレッドにしても、シエルの真似とよく言って抱き締めて来るが安心感しか感じない。よくメルセスに怒られていたと思い出しつい笑ってしまう。
司祭と青年の会話が暫く続くと乾いたシーツを持った彼女が登場する。2人の時は物騒感満載だったのに彼女が加わると穏やかな空気へと変貌し、光景が頭にありありと浮かんだ。
『わっ』
よく洗って、乾いたシーツはお日様の香りがしますと彼女が2人に話し、本当だ、と司祭は彼女をシーツ毎抱き締めた。驚きながらもすっかりと日常となってしまい彼女は笑って司祭の抱擁を受け入れた。
『ほんとだ。いい香りがする』
『私じゃなくてシーツがですよ司祭様』
『君もお日様の香りがするってこと』
『シーツを持ってるからですよ』
『じゃあ、シーツの香りが君に移ったんだね』
厭らしい描写もなく、まるで我が子を愛しむ親のような触れ合いは読者の心を和やかにさせる。司祭が体を離すと今度は青年が彼女を後ろから抱き締めた。
『わわっ』
『ほんとだ。お嬢様いい匂いがする』
『吃驚するではありませんか』
『えー? 俺は駄目?』
『駄目という訳ではありませんが……吃驚します』
『うん。だって態とだもん』
悪びれもせず開き直る青年に苦笑しながらも逃げないのは信頼があるわけで。司祭が注意しても青年は離れなかった。
場面は変わって次は青年が司祭の言い付け通り王太子に会いに行ったところ。青年を見た途端、側にいた王太子妃や護衛を遠ざけた王太子は自身が婚約破棄を突き付け公爵家から追放した彼女の居場所を問うた。
当然青年は答えない。伸び伸びと平和に幸せに暮らしている彼女の居場所を王太子に告げたところで碌なことにならないと解っているからだ。
『頼むっ、もう、貴方しかいないんだ。居場所を知っても決して会わない、遠くから顔を見るだけに留める。だからっ』
『馬鹿なの? 自分でお嬢様を破滅に追い込んでおいてどの口が言ってる』
『私が馬鹿だった。私がちゃんと彼女と向き合っていれば今頃……っ』
『あのさ、お嬢様は王太子様に歩み寄ろうと必死だったんだ。それを嘲笑うように妹君を愛で、妹君だけを見続けお嬢様を見ようとしなかった王太子様が今更何を言おうともう遅い。王様には許可は貰ったから、王太子様、ちょっと頭弄らせてもらうよ』
ここで再びページは空白となった。この後が最も気になるというのに空白になるなんてと落胆するも、読者の想像を大いに駆り立てる。王太子はヒロインを……彼女の妹を愛していたのではなかったのか。本心は彼女を愛していたなら、それはそれで駄目だ。既にヒロインと結婚してしまっているのに、実は他の女性が好きだなんて不誠実にも程がある。
「この本、前の私やエルヴィラ、殿下とそっくりでもやっぱり本は本なのね」
前の記憶を持っているらしいケインから、公爵家を勘当された後の自分の居場所をベルンハルドが探していたとは聞かされた。けれどどうして探してたかまでは言われなかった。
本の王太子のように愛されていた……とは考えにくい。
「はあ……」
「大きな溜め息」
「溜め息だって吐きたくなる…………!?」
何をしたって自分しかいない部屋で他者の声がするのはおかしい。ハッとなって顔を上げたファウスティーナの前には、いつも通りの無表情を浮かべているケインが立っていた。
「ファナ……その本」
「え……えっと……」
途中の内容が大人向けなだけに、他人には絶対に見つかってはいけないと隠してきた本を遂に見られてしまった。大体、本の題名から子供向けではいのは明白。最も見られてはいけない人その1に見つかり、言い訳をしようと言葉を探すも全然見つからない。
「ファナはその本を読めるんだ」
「読めるってどういう……」
「その本は俺も持ってる。ただ、俺以外には題名も中身も見れなかったんだ」
隣に腰掛けたケインにどういう意味か訊ねるとそのままの意味だと返される。
「どんな原理にしろ、俺以外に読めないなら本のことは話せない。けどファナが読めるなら話は別。教会に行った後、本について聞かせて」
「今からでも良いんじゃ……」
「物事には順番がある。俺達の優先第1位は教会に行って秘密を知ること。本については俺とファナがいれば何時でも話せる。違う?」
「そう、ですね」
多少納得いかない部分はあれどケインに言われてしまうとそうなのだと納得してしまった。
「じゃあ、1つだけ聞いてもいいですか?」
「なに」
「この本は書庫室で見つけました。誰が置いたものか知っていますか?」
「俺にも分からない。気付いたらあった」
ケインでも分からないのなら尚更ファウスティーナには分からない。
題名を記した金色の糸を憂え思いを抱えたまま指でなぞった。
読んでいただきありがとうございます。




