ケインからのお誘い
身の危険というのはどこからでも気配もなく忍び寄る。エルリカと親しい夫人からの招待は手紙が届き次第、シエルから断る手筈となり。エルリカとエルヴィラが帰った後は、表へ行かず城内に戻った。ヴェレッドを置いて行ったが置いて行こうと提案した本人は全く気にしていない。
「今日は何をする予定なの?」
「それが特になくて……。おば様達のお茶会を見ていたのも」
「することがなかったから?」
「はい……」
「ヴェレッドの仕業だろうけど、これからは注意しなきゃ。あそこには叔父上がいたから、多分バレているんじゃないかな」
「え」
ファウスティーナが隠れていたのをオルトリウスは気付いていたとシエルは言う。シエルが途中隠れたのも。バレた感覚はなかった。微笑みの仮面によってあらゆるものを隠すのが上手いのはシエルだけじゃなかった。
社交界では強力な武器となる。感情が表に出やすいファウスティーナが身に着けないといけない術。
行く宛もなく、行きたい場所もなく、散歩しようとシエルと庭園へ向き掛けた時。前方から赤い髪の女性が歩いて来る。今日もきっちり上級騎士服を着たリオニーに隙はない。側にはリンスーがいる。約束通り、連れて来てくれたのだ。
「リオニー様」
「ティナ嬢待たせたな」
近くまで来るとリンスーがファウスティーナの許へ。手に手紙を持っている。
「お嬢様。ケイン様からです」
「お兄様から?」
預かった手紙の封を切り、内容を確認。手紙からシエルへ顔を上げた。
「お兄様が予定がないなら、貴族街にあるカフェでお茶をしないかと」
「丁度良かったじゃないか。時間は」
「午後からですね。リンスー、お兄様宛にすぐに返事を書くから公爵邸へ届けて」
「勿論です!」
手紙を折り畳み、シエルとリオニーと別れ、滞在している部屋へと戻った。リンスーにはペンと便箋を頼んだ。今日の午後から、とはケインにしては急である。エルリカが何時現れるか不明なヴィトケンシュタイン公爵邸にもフリューリング侯爵邸にも居られず、王妃の好意に甘え王妃宮に滞在させてもらっている。
ベッドに腰掛けてリンスーを待つ間、ある迷いがあった。
「お兄様は……私が何を言っても最後には信じてくれる」
頭の心配は大いにされるだろうが真摯に話せば信じてくれる、と信じたい。
前の自分の記憶。今のところ、同じ記憶を持つ人はアエリアしかいない。
アエリア以外にも同じ記憶を持つ人がいればと抱く反面、自分からも状況を変えないと何時までも何も変わらない。婚約破棄をする上で最大の味方になってくれるシエルは一応味方にした。ヴェレッドは面白そうだからと協力側。
厳しくて冷たくて妹相手の方が言葉の容赦が半端なくても、決して相手を色眼鏡で見ず、公平に接してくれるケインにも話そう。
ただ、やはり前の自分の記憶を持つと言ったら、頭の心配をされて話が進まない可能性がある。シエルやヴェレッドに話したように夢で見た体にしよう。
少ししてリンスーがペンと便箋を持って入った。
机に座り直し、2つを受け取って素早く返事を書いた。便箋を折り、封筒に入れてリンスーに渡した。
「そういえば、リンスーはあれからどうしてたの?」
「リオニー様に頼まれたお使いを終えてフリューリング侯爵邸に向かいました。事情はその時に聞きました」
「そっか……」
「私は一旦ヴィトケンシュタイン公爵邸に戻って、今朝はお屋敷の手伝いをしてからリオニー様が迎えに来られてお嬢様がお城に滞在するとなったので行ってほしいと頼まれました」
「エルヴィラはいた?」
「エルリカ様と出掛けていらっしゃいます。旦那様や奥様は反対していたようですが……」
「あはは……」
ともあれ、エルヴィラには滞在先は知られてなくてホッとする。知ってしまえば、ファウスティーナに会いに来たという名目でベルンハルドに会おうとするから。エルリカと帰ったエルヴィラはあれからどうしているだろう。エルリカ相手だと泣いて我を通すのは至難の業に思える。
「手紙頼んだね」
「はい!」
リンスーが出て行って再びベッドに座った。時間まで何をするか。
ケインに話を切り出す方法を考えよう。
「お兄様に馬鹿正直に婚約破棄したいなんて言ったら怒られるもんね……」
慎重に、だが確実に。ケインを味方にして自分の有利な方へ。
……。
「で、出来るかな」
あの兄相手に……自分が……。
後ろに力なく倒れた。
「自信ない~……」
記憶を取り戻した7歳の時なら、困難な道になるとは想像もしなかったろう。相手は自分を嫌い抜いてエルヴィラを選んだ人なのだから。
――誘いの返事が来た。ファウスティーナなら拒否しないだろうと踏んでいたが、予想通りの返事だった。予約は既にリュンに入れさせている。仮に駄目だったとしても、リュンを連れて行けばいいだけ。貴族御用達のカフェは静かで品の良い調度品が置かれ落ち着ける貴重な場所。飲み物も食べ物も高級品ばかり。ファウスティーナの大好きなパイもある。
「どう切り出すべきか」
ファウスティーナが今までと違って記憶を持っているなら、今までの行動には説明がつく。あれだけベルンハルドに拘り、執着し、エルヴィラが近付けば烈火の如く怒り狂っていたのがなくなっている。ベルンハルドを避けるのは頂けないが良い傾向にはある。最たるは母やエルヴィラに対する関心。
特にエルヴィラはファウスティーナに相手にされないと無視をされたと騒ぎ、母を味方にして叱らせるが最低限の返事はしているので無視はしていない。1人、過剰に反応しているだけなのだ。エルヴィラが。
「ファナに頭の心配をされるのは避けられないだろうが仕方ないか」
誰だって前の自分の記憶があるか、等と聞かれて正気を心配しない人はいないだろう。
「エルヴィラと結ばれる事こそがベルンハルド殿下の幸福、か」
過去4回の人生でファウスティーナは1度も、自分とベルンハルドが結ばれて幸せになる道は探さなかった。考えようともしなかった。7歳から11歳まで受け続けた冷遇、エルヴィラへ向ける態度と眼差し。最後の言葉。これらを合わせれば無理もない。
また、周囲の遮断が強力過ぎたのもあった。11歳の止めの言葉を吐かれ、王城で泣き叫んでいたファウスティーナを保護したシエルの怒りは誰にも止められなかった。
ベルンハルドがどれだけやり直しを切望しても、エルヴィラじゃなくファウスティーナが好きだと叫んでも、周囲が……シエルが決して許さなかったのもある。
「ファナが……ファウスティーナが……殿下の幸福を望む限り、このループは終わらないだろうなあ」
決して2人が結ばれないのは、ベルンハルドの幸福だけを望むファウスティーナの願いにも原因があった。
「はあ。止めた。話の切り出し方を真剣に考えよう」
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