知ってしまった?
最近よく見るなあ……と、ぼんやり見つめている先に広がるのは、怒気を露わにする大きくなった自分と泣いているエルヴィラを庇うベルンハルド。
大惨事となった『リ・アマンティ祭』から数ヶ月経過。年も明け、王国で最も大きな行事『建国祭』が10日後に開催される。前の人生での記憶を取り戻してから、抜けている部分が多い記憶を思い出そうと試みるも、どれも11歳以降から最後の終わりまでが思い出せない。
ただ、ここ最近。覚えのない夢を見る。例えば、今見ている夢だってそう。
『あなたの話なんか聞きたくない!! 運命の恋人を認めろ、私が王太子妃になってもエルヴィラとの関係を続ける? だったらその頭の悪いのを婚約者にしたらいいではないですか!!』
『そうやって話を変えるなと何度言えば分かる!!』
――うわあ……
逸らしたくなる。夢の世界でも。
「あはは……」
もう、乾いた笑いを浮かべるしかない。
貴族学院に入学しているのだろう。制服を着ているし。
最近よく見る夢は、自分とベルンハルドが言い争う内容ばかり。そこには必ずエルヴィラがいる。でも、エルヴィラは何も言わない。ずっと泣いているだけ。
自分の台詞から察するに、“運命の恋人たち”となったベルンハルドとエルヴィラを卒業後王太子夫妻になっても関係を認めろと詰ったベルンハルドに噛み付いているのだろう。
普通の感覚ならベルンハルドがおかしい。
……だが、あくまでベルンハルドが悪いのならば。
「こういう風になったのは、私のせいだもんね……」
ガクンと肩を落としたファウスティーナ。
言い争いは未だ続いている。
『変えてない! 私はあなたが、殿下が私に言ったのを言っているだけ! 変えてるのはあなたの方よ!!』
『ふざけるな、少しは私の話を聞いたらどうなんだ!?』
ベルンハルドの話……
ファウスティーナは無性に虚しさを抱いた。言い争う声が聞こえなくなっても気にならなかった。
「殿下の話か……。……私の話は、いつだって聞いてもらえなかったな……」
聞いていても嫌そうな顔をしていたり、何かを言おうとしたら睨まれ口を閉ざすしかなかったり……。
「……本当に、なんで前の殿下はエルヴィラを虐める私を糾弾する割に婚約解消なり破棄なりしなかったのかな? “運命の恋人たち”になったのだから、ヴィトケンシュタイン家が女神の生まれ変わり以外嫁げない決まりは覆る筈なのに」
言ってからファウスティーナはハッとした。“運命の恋人たち”になっても決まりを覆られなかったのなら、前のベルンハルドが大嫌いなファウスティーナとの婚約を継続したのにも納得がいく。
ファウスティーナの顔色が青くなった。
「え……っていうことは、……今のベルンハルド殿下とエルヴィラが“運命の恋人たち”になっても、婚約破棄って出来ないんじゃ……」
ベルンハルドの幸福を思ってこその婚約破棄と“運命の恋人たち”なのは正真正銘本心からの願い。だが、いくらなんでも愛する人とこのまま婚約継続、結婚までして運命によって結ばれた恋人がいるままなら。……生き地獄もいいところだ。
「む、無理、殿下とエルヴィラが恋人のまま夫婦になるなんて……!」
どうして考えなかったのか。思い付かなかったのか。ベルンハルドはファウスティーナとの婚約を解消も破棄もしなかったのではない、出来なかったのだ。
となると、最も成功に繋がる道は1つしかないのかもしれない。
前のファウスティーナの最後は、エルヴィラ殺害を企て、事前に計画を知ったベルンハルドに阻止され、婚約破棄後公爵家追放となった。
自分を信じ、守ってくれた人達を最も悲しませる最低な行為しかベルンハルドとエルヴィラが婚約関係になる道がないと知ったファウスティーナは更に肩を落とした。
「そ、そんなあ〜……あ、あんまりよ。あんまりだわ」
やっとシエルにベルンハルドと婚約破棄をしたい理由も言えて、完全とは言えないまでも味方になってくれそうな辺りまで来れたのに。ベルンハルドがエルヴィラを好き、というのはシエルにはまだ信じてもらえていない。ベルンハルドにエルヴィラが好きという素振りが全くないからだ。だが、月日が経ち、“運命の恋人たち”になってしまえばそれも変わる。
ベルンハルドはエルヴィラを好きになる。これは変えようのない決まった運命。
「早く起きて対策を考えないと……!」
自分の夢の世界、他に誰もいないのを良いことに両手を上げたファウスティーナだが――何故か、声無き言い争いをしていたベルンハルドがこっちを向いた。「へ」と間抜け顔を晒したファウスティーナは、実際にこっちが見えているのかも不明なのに恥ずかしさから両手を下ろし、後ろを向いて逃げた。
体温が上昇していくのを感じる。特に頬。頬に両手を当てたら熱い。
「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!!」
恥ずかしさのせいで冷静さを失っているファウスティーナには届かない――否、別の理由があって聞こえない。
――ファウスティーナ!
――待ってくれ、頼むから行かないでくれ……!
――ファウスティーナ! ファウスティーナ……!! ……お願いだから、……私を見てくれ……!
逃げる自分に向かって必死に叫び、手を伸ばすベルンハルドに。
追い掛けたくてもエルヴィラと赤い花に身動きを封じられ、走れない彼に……。
窓から差し込む朝日が眩しくて、カーテンを締めた。隙間から漏れる明るさは気にならなかった。暗い場所で見た方がより色の濃さが増す。ベッドの上に座り、掌に置いていた糸を置いたクラウドは困ったように微笑んだ。
「ファウスティーナ様の悪夢の糸を切ったら、今度はベルンハルドにか」
クラウドが持っていたのはファウスティーナの運命の糸。絡まっていた黒い糸を切ったのでもう悪夢は見ていないだろう。しかし、今度は別の相手に悪夢の黒い糸が絡まった。
クラウドの言うベルンハルドに。
「ベルのを切ると今度は……」
躊躇なくベルンハルドの運命の糸に絡まった黒い糸を切った。跡形もなく消えた。だが、黒い糸は素早く次の絡まり先を見つけた。
黒い糸に絡まれた運命の糸に触れた。糸の相手はエルヴィラだった。
エルヴィラの場合は他にも黒い糸が絡み付いている。今更1本や2本追加されても同じだろうと思うも、可哀想なのは可哀想。ケインが時々クラウドに頼んでくるが自分に出来るのは切るだけ。増える黒い糸を止める力はない。
止められるとすれば、運命の女神フォルトゥナか、それとも……。
「黒い糸が生まれる原因が知りたいな」
クラウドはエルヴィラの運命の糸に絡まる黒い糸を全て切った。その時、侍女がクラウドを起こしにやって来た。ベッドから降りたクラウドは振り向かなかった。
振り向いた先にあるのは、切っても切っても黒い糸に縛られる運命の糸があるだけだから。




