1 ループの記憶を持つ3人
――アエリアは過去に戻れる術があると目の前に垂れされたら、約1時間程前に戻りたいと願う。
「わあ、奇遇だねアエリア嬢」
王宮に用があると言った父に着いてアエリアも来た。双子の兄達は、母と一緒に辺境伯家へと行っており今日から1ヶ月は帰って来ない。母は頃合いを見て王都に戻ると言っていた。年に何度かある、どちらが辺境伯家を継ぐに相応しいかを見極めるテストのようなもの。アエリアがラリス家の後継者に名乗りを挙げたので、妹を愛する双子の兄達は女侯爵となる妹の補佐をすると最近では言い出し、辺境伯を継ぐのを嫌がっている節があった。
これではいけないと普段のんびりな母も危惧したのか、本来なら来月に行く筈だったのを1ヶ月前倒しで向かった。
防衛の要である辺境伯アリストロシュを継ぐには、王家に対する絶対の忠誠心と敵の侵攻を食い止める圧倒的武力が必要となる。大昔から影で王国を支えてきたラリス家との婚姻は完全なる政略結婚だったと聞く。当時の王太子妃筆頭候補であったシエラに数々の嫌がらせをしてきたラリス家の嫡男だった父と、シエラとは友人だった辺境伯家出身の母の関係は最初最悪だったそうな。
それが今では、国1番の鴛鴦夫婦と言われているのだから、人生何が起きるかは誰にも分からない。
これに関してはアエリアも同意見。
(誰が信じると言うのかしらね……。自分という人生を2回も繰り返しているなんて聞いたら)
大抵の人間は、気が触れたかと思うだろう。
アエリア自身も、思い出した最初は自分の頭はおかしくなったのだろうかと不安に思った。時間が過ぎていくにつれて、全て過去に起きた実際の出来事だと思い知った。
父と王宮の長い廊下を歩く。隣で歩く父が声を掛けてきた。
「陛下との話が長くなりそうだがアリーは待てるか?」
「構いませんわ。何処かで時間を潰します」
「そうか。……ん?」
怪訝な声を漏らした父が前を向いた。アエリアも釣られて向いて――足を止めた。
前方から歩いて来る人もアエリア達に気付きニコリと笑った。
「やあ、ラリス侯爵、アエリア嬢。ご機嫌よう。こんな所で会うなんて奇遇だね」
相手――ネージュは侍女を連れていた。
アエリアは父と一緒にネージュに礼をする。
「ラリス侯爵は珍しくないけど、アエリア嬢が王宮に来るなんて珍しいね」
「母と兄達が辺境へ暫く滞在することとなったので、私を心配した父が連れて来て下さったのです」
「そっか。じゃあ、アエリア嬢には時間があるんだね」
人懐っこい笑みを浮かべるネージュの本性を一体何人の人間が知っているのか? ――誰も知らない。前の人生の記憶を持っていても、知らない者はいるんだ。いるとしたら1人だけ……。
「今日、ヴィトケンシュタイン家の公子を呼んでるんだ。良かったら、アエリア嬢も来ない? 侯爵が戻るまで退屈にはならないよ」
アエリアは一瞬体を強張らせるも、すぐに余裕のある態度を取った。
「お父様がお許しになられるのなら」
父を見上げた。
「私は構わないが……アリーはそれでいいのか?」
「ええ。私、1度公子とお話をしてみたかったので」
「そうか。殿下がいるのだ、ないとは思うが呉々も粗相のないように」
こくりと頷く。
父と別れ、ネージュと並んでケインを待たせているサロンへと向かう。
後ろにいる侍女に聞こえないよう、ネージュは小さな声で「初めてだね」と言う。
「ぼくと君とケイン。周りから見たら奇妙な組み合わせかもね」
「そうですわね」
「君は知ってる? エルヴィラ嬢は悪い夢を見るみたいだよ」
「知ってますわ。ファウスティーナ様から手紙で」
「そうなんだ。はは、ぼくは王太子妃の仕事をさせただけなのに」
「……」
ネージュも悪夢の内容をケインから知らされたのだろう。
ケインは知っているのだろうか? どうせ無かった事になるのだからと、最後ネージュがエルヴィラに何をしたか。正確にはネージュは何もしていない。そこへ放り込んだだけ。エルヴィラに悪夢を植え付けたのは別の人間。
王太子妃の役目と何度も言うがただの拷問だ。頭お花畑のエルヴィラに何度も苛ついたアエリアでも、あんな目に遭えとは1度たりとも思った事はない。
ずっと、助けてベルンハルド様、ベルンハルド様、と泣き叫んだエルヴィラは最後の最後まで知らなかったのだろう。
知らないから、1人城に残され暢気に夫の帰りを待っていたのだ。
「はあ……」
「らしくないね」
「吐きたくもなりますわ。私とあのお花畑の関係はご存知でしたでしょう?」
「うん。周囲は、君達が鉢合わせしないよう気を配っていた。まあ、何度か会っているんだよね?」
「ええ。会う度に人を泥棒猫呼ばわりするので、何10倍にして言い返してやりましたわ」
『泥棒猫? ふふ、ファウスティーナ様という婚約者のいた殿下の浮気相手がよく言いますこと』
『なっ!? わ、わたしとベルンハルド様は運命の女神様に認められた“運命の恋人たち”です! 浮気なんかじゃありません!』
『そうね。貴女にだけ言っても仕方ありませんわね。殿下にも浮気者と言ってあげなくては』
『無礼ですわ! お飾りの妻のくせにベルンハルド様を馬鹿にするなんて!!』
『あら? どこの馬鹿のせいで私が嫁がされたかもうお忘れになったの?』
『っ~!!!』
あの時は勝手に人の前に立ち塞がり、言い負かされて泣くだけなのに。
予想通り、アエリアが馬鹿にすれば悔しげに唇を噛み締め、紅玉色の瞳から涙を流し出した。王太子妃付きの侍女達は、次々にアエリアを非難するも──登城していたケインが現れて顔色を変えた。
王太子妃の兄であるヴィトケンシュタイン公爵なら、無礼な側妃を罰してくれると。
王太子妃も期待を込めた眼差しで間に立ってくれた兄を見上げたが──
向けられたのは、軽蔑と呆れの混ざった瞳だった。
『王太子殿下と夫婦になっても、まだ自分が愛されていると誇示したいの? いい加減にしなさい』
『お、おにい、さま……?』
『さっさと王太子妃を部屋に入れて下さい。アエリア様と会わせるなと、陛下は厳命していた筈では?』
そう言われると顔を青くし、侍女達に支えられながら王太子妃は去った。
(あの時の顔は忘れられないわ)
王太子妃も公爵も──。
読んでいただきありがとうございます!




