手加減は大事
「ん……」
深い眠りから徐々に意識が上がっていくのを感じ、瞼を開けたヴェレッドは窓を見遣った。空は薄暗く、朝と呼べる時間帯ではないと知る。横の寝台で寝ていたオルトリウスの姿がない。オールドの様子を見に行ったか、それとも離宮に引き籠ってる先王に会いにでも行ったか。
はたまた、その両方か。
「どうでもいいや」
ヴェレッド自身、まだまだ眠いので動こうとせず、また瞼を閉じた。
教会にいたら、途中起きて時間潰しの相手になってとシエルに叩き起こされるが、そのシエルはまだ教会にいる。王都に来るのはオールドから情報を聞き出してから。
朝になればシリウスが戻る予定となっている。メルディアスが変装で使う顔の1つを借りていたとは言え、よくもバレなかったと褒めてやりたい。実際に褒めても鬱陶しがられるだけ。
――次にヴェレッドが目覚めたら、横の寝台に腰掛けて優雅に紅茶を嗜んでいるオルトリウスがいた。
「おはようローゼちゃん」
ヴェレッドの視線に気付いたオルトリウスが微笑む。
ヴェレッドは眠たげに上体を起こした。
「うん。どこ行ってたの?」
「ああ、1度起きたんだね。なあに、兄上に顔を見せに行っていたんだ」
「前の王様も起きてたの?」
「寝てたよ。だから、僕が兄上の顔を見ることになったんだ」
シエルなら、相手が熟睡していようが叩き起こすだろう。オルトリウスは起こさない。シエルにも見習ってほしい。
「何も変わってなかったよ」
「だろうね。先代様も変わってないんだ、前の王様だって変わらないよ」
「そうだね。あ、ローゼちゃんそろそろ動こうか。シリウスちゃんがさっき戻ったと聞いたから」
「やだ。眠いから寝る」
「起きてなさい。やることは沢山あるんだから」
「面倒」
「我儘言わないの」
などと会話をしていく内にヴェレッドの眠気もマシになり、1つ欠伸をして寝台から降りて靴を履いた。やれやれと苦笑するオルトリウスは、先ほどのやり取りがヴェレッドなりの眠気覚ましになると知っているから付き合った。2人は部屋を出て、真っ直ぐ歩き出した。朝早いのでまだ人通りは少ない。シリウスがいる執務室にノックもなしに入ったヴェレッドへ「こらローゼちゃん!」とオルトリウスが叱るも右から左に流される。室内にはシリウスだけがいた。
奥の執務机に座って眉間に皺を寄せるシリウスを愉快げに細められた薔薇色の瞳が見下ろす。
「おはよう王様。やっぱその顔の方がしっくりくるよ。別人の顔をした王様って気味が悪い」
「そういう言い方しないのローゼちゃん。シリウスちゃんの演技力は大したものなんだよ?」
「知ってる。シエル様も張り合おうとしたけどすぐに止めてたよね」
「シエルちゃんの場合は、あの見た目だから変装をしても隠せないんだ……」
「小僧、朝から余計な話をするな。お久しぶりです、叔父上」
椅子から立とうとしたシリウスを手で制したオルトリウスは執務机に近付いた。ヴェレッドの頬を叱る意味で摘んでから話を始めた。
「ローゼちゃんから大体の経緯は聞いているよ。現在、教会はどうなっているんだい?」
「襲撃者は自害をした者以外は全員捕らえました。逃亡した者もいましたが、既に捕獲済みです。今日には王都に連行されます。教会はシエルや助祭が先頭に立って指示を出しています。各国から参加していた方々には、相応の詫びを準備させているところです」
「うん。ありがとうシリウスちゃん。にしてもまさか、ヴィトケンシュタイン家の先代当主が女神の生まれ変わりを“女神の狂信者”と手を組んで狙うだなんて……。前代未聞だよ」
「先に王都に送られた襲撃者の尋問は終えました」
「早いね。メルちゃんはまだ教会にいるんでしょ?」
「私がやりました」
「……」
王位継承権から遠ければ裏方仕事専門の騎士になりたかったとシリウスはよく言っていた。シエルと張り合って相手が先に何かをし始めたら自分もやり始めて、どっちが優れているか競っていた。捕虜の尋問や潜伏に役立つ変装技術、それに相手を倒す戦闘術。どれも極めて高い能力を保持する2人。今が戦争真っ只中の時代なら間違いなく英雄と呼ばれる手柄を立てられただろう。
才能の伸ばし方を間違えただろうかと思うも、役に立っているのなら嘆く必要もないかとオルトリウスは自身を納得させた。
「先に話を持ち掛けたのは先代公爵の方でした。女神の生まれ変わりであるファウスティーナ嬢が、王都から離れたのを好機に捉えたようで」
「前から思ってたんだけど、お嬢様は、坊ちゃんや妹君と違ってあまり外に出させてもらえなかったんだって。それってお嬢様の安全の為?」
ヴェレッドの疑問に対し、シリウスは半分正解だと答えた。ヴェレッドは「半分?」と首を傾げた。
「確かにファウスティーナ嬢を必要以上に外に出すなと公爵夫妻に命じたのは私だ。だが、他家との交流だけではなく、家門の交流も避けたのは公爵夫妻の考えだ」
「なんで?」
「……ファウスティーナが、あまりにもアーヴァに似ているからだろうな」
アーヴァ。
ファウスティーナの実母。彼女を生んだと同時に力尽き、命を落とした。
魔性の令嬢と呼ばれ、数多の男性を虜にしてきた反面、同性からの視線は非常に厳しかった。
「アーヴァの魅力に憎しみを抱いている女性は少なくない。争いを避ける為にも外に出さなかったのだ」
「アホらしい」
溜め息と同時に吐き出した言葉は、今のヴェレッドの気持ちそのもの。
執事のカインとして公爵邸にいたからこそ、知っている。お茶会に出掛けるエルヴィラやケインを羨ましげに見つめ、お出掛けに連れて行ってほしいとお願いしても時間の無駄だとリュドミーラに一蹴され、泣いているファウスティーナの姿を何度も見掛けた。彼女に幼い頃から仕えるリンスーや見兼ねたシトリンが慰めても、やっぱり外への羨望は消えることはなかった。
苦笑するオルトリウスは「そうでもないんだよ」と発した。
「アーヴァちゃんを恨んでいる女性が多いのは確かだ。要らぬ争いを起こす種になるのなら、芽が出ないよう考えられる可能性は摘まないといけない。現に、アーヴァちゃんに似ているという理由で赤ん坊だったファウスティーナちゃんを害そうとした女性がいる」
「なにそれ、初耳」
「シリウスちゃんがシエルちゃんの耳に入らないよう、慎重に僕に伝えてきたからね。ローゼちゃんが知らないのも無理はないんだ」
生後半年でシエルの許からヴィトケンシュタイン家に移ったファウスティーナを、シトリンの親戚筋であるリオニーへ報告を兼ねて会わせたのが始まりだと言う。リオニーはアーヴァの実姉。自身の魔性の魅力に頭を悩ませ、怯えていた妹をずっと守ってきた女性だ。
リオニーがファウスティーナを害そうとした? とヴァレッドが思ったのを見抜いたオルトリウスは違うと首を振った。
その当時、屋敷にはリオニーだけではなく、姉妹の母フリューリング先代侯爵夫人もいた。
夫人はアーヴァに瓜二つなファウスティーナを見るなり発狂しだした。突然の異変に周囲は強い驚きを受け、更に衝撃的な行動を取られた。
「侯爵夫人がファウスティーナちゃんを殺そうと襲い掛かったんだ。まあ、その時抱いていたのがリオニーちゃんだったから事なきを得たんだけど」
「なんでそんなことに……あ」
不意に、何日か前シエルが言っていた言葉を思い出した。
アーヴァは母親に嫌われていた。理由の可能性として、シエルはある事を挙げていた。思い出したヴェレッドが訊ねてみるとオルトリウスは小さく瞠目し、シリウスは険しい顔付きで瞳を閉じた。
「そう……シエルちゃん気付いたんだ」
「助祭さんがなんか言ってたみたいだから、それで知ったんじゃないの」
「欲に濡れた人間というのは、何をしでかすか分からない。ローゼちゃんというイレギュラーが生まれたのも、大昔の人間が欲に溺れ大罪を犯してしまったから。今回オールド君は、もう生きて外には出られないだろうね」
「それなんだけどさ、先代様」
「うん?」
やらかした罪は大きいけれど、今オールドに死なれても困る事情がある。エルヴィラについてだ。何故このタイミングで彼女の名前が出るのかとオルトリウスが問うと、簡単に理由を説明した。聞き終えると困ったようにオルトリウスは笑った。
「怖いお祖父さんがいた方が周囲の為と言うなら、そうしよう。けど、あくまで生きているだけになるよ」
「いいんじゃないの。必要なのは、怖い爺さんの存在。本人が実際にどうなってようが会わなければ、知らなければいいだけ」
言っている台詞はどれも最低だが、エルヴィラがベルンハルドに関して我儘を発動させないのには、やはりオールドの存在だけでも必要となる。
「さて」と零したオルトリウスへシリウスとヴェレッドの瞳が注がれる。
「死なない程度に始めようか」
前話の後書きに関してですが、私のミスでまだ明確な描写はされておりません。読者の皆様を混乱させてしまい、大変申し訳ありませんでした。
前話の後書きは混乱を招くので削除致します。
また、微かに書いている部分としましては過去編「兄の独白」でちょっとだけ出しております。
更にお知らせがあります。
KADOKAWA様 FLOS COMIC様にてコミカライズが決定しました。
コミカライズを担当して下さるのは鮎村幸樹先生です。
公式サイト様にて詳細が発表され次第、此方からも情報を発信させて頂きます。
引き続き、よろしくお願い致します。




