考えるよりも先に……
女神を祀る総本山には、先代司祭オルトリウスがこっそりと作った秘密の部屋や仕掛けが幾つかある。その内の1つは、嘗てシエルやシリウスと作った。仲が最悪で有名な2人が一緒に? 疑問になるのは仕方ない。メルディアスによると2人を仲良くさせようとオルトリウスが提案したらしく。秘密の部屋は無事完成されても、作成途中何度も喧嘩をしたので2人の仲は良くなるどころか更に悪くなっていった。
シエルに関わりたいシリウス。
シリウスに関わりたくないシエル。
この2人の険悪は死ぬまで終わらない。原因を訊ねても「さあ?」と教えてくれない。元から教える気がないのだ。秘密の部屋に行き、ファウスティーナとベルンハルド、ネージュは事態が落ち着くまで待機する。メインイベントが始まろうとした矢先に発生した爆発音とシエルに降り掛かった危険のせいでとんでもない日になってしまった。シエルの無事を確認するのは、やはり落ち着いてからにならないといけない。
「静かだな……」ベルンハルドが零した。会場は人々の叫声や悲鳴、怒号で悲惨極まるのに外は静か過ぎた。人がいる気配もない。
「警備は会場に集中しておりましたし、神官の殆どもメインの方へ駆り出されておりましたから」
「悪い人達は叔父上が目的なの?」兄の服を掴みながら歩くネージュが問う。
「さて……シエル様に危害を加え、更に女性の発言からするに……可能性はあります。今日は他国から高位貴族や王族、皇族がお忍びで来ておりますから、情報を掴んだ何者かが彼等を狙って襲撃した、という考えも捨てきれません」
「そうか……」
「というのは嘘です」
「え」
高位になるほど、狙われやすくなる。情報の管理は徹底されても必ず小さな穴を狙って得ようとする輩は後を絶たない。
深刻に俯いたベルンハルドへ普通に嘘と発したメルディアスをファウスティーナは面食らったように見上げた。他2人も同様に。
「彼等の目的は他国の高位貴族でも、王族や皇族でもない。おれからは言えませんが標的にはならないのでそこの心配はしないでいいですよ」
「な……なっ……」
茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せたメルディアス。緊急事態で嘘をつかれベルンハルドは怒りのあまり言葉が出なかった。不安が大きいネージュも怒気の籠った紫紺色の瞳でメルディアスを睨む。1人、ファウスティーナだけ困ったと言いたげに見ていた。
「公女はお怒りになられませんね」
「ヴェレッド様がどんな状況でも心臓に悪い冗談を言われるので慣れてしまったのかも……」
「はは。坊や君のお陰ですね。耐性がついていて良かった」
「良くあるか! 今がどんな状況か分かって」
「殿下もそう怒らず。今度陛下に護衛を寄越すならおれ以外の騎士をと望めばいい。おれがこういう人間だと知りながら、公女や殿下の護衛に選んだのは陛下やシエル様」
「性格はともかく……陛下や司祭様がメルディアス様を選んだのは、お強いからでしょう?」
人を揶揄い、状況が状況でも冗談を言う性格は横に置いても実力が伴っていなければ護衛以前に、上級騎士でさえ慣れない。聞けば王家専任の仕事を任されるのが多いらしい。
教会に住んでから、個性豊か過ぎる面々が常に側にいた影響から、並大抵の性格では驚かなくなってきた。それでも偶に襲ってくる驚きには勝てない。
止まった足を再び動かす。緊張感で張り詰めていた空気が柔らかく……はならなかったが、幾分かは消え去った。質の悪い冗談ではあるものの、こうやって緊張感を少しでも解そうとした彼なりの配慮だと思うとファウスティーナには怒りも苛立ちも湧かない。ベルンハルドやネージュに話してみても納得のいかない様子。メルディアスを見つめ、暫くして溜息を吐いたベルンハルドは「ずっと気にしていたら、僕達の身がもたないからやめるよ」と感情を沈めた。
「どんな人であれ、父上や叔父上が信頼しているのなら、僕達も信じるしかない」
「兄上はすごいね……ぼくだったらずっと引き摺ってそうなのに」
「僕だって言いたいことは山ほどあるよ。今はやるべきことをやろう」
「うん……」
――あれ……?
ふと、ある事実に気付いたファウスティーナは足を止めた。ベルンハルドやネージュも止まり、前を歩いていたメルディアスも振り返った。
「どうしたの? ファウスティーナ」
「ネージュ殿下のお顔が……」
言われてネージュに向いたベルンハルドは瞠目した。真っ白な頬が赤く染まり、更に体も微かに震えている。服を掴んでいるだけだからネージュの震えまで気付けなかった。「ぼくはなんとも……うぅ」体調不良を否定しようとした矢先、足元がふらついたネージュはベルンハルドの服から手を離し傾いた。幸いにもメルディアスが倒れる寸前で受け止めた為、床と重ならなかった。体もだが、額の熱さも尋常ではなく、恐怖と不安、ストレスから発熱してしまったのだ。苦しげに呼吸を繰り返すネージュを心痛な面持ちで見つめた。
ベルンハルドは「秘密の部屋まであとどれくらい歩くんだ?」と言い、メルディアスは「その前に医務室へ向かいましょう。これだけの高熱だと、先に薬を飲まないと危険です」と返した。ネージュを抱き上げたメルディアスに続いて2人も急いで医務室へ向かった。
道中、やはり誰にも会わない。気配もない。連中の狙いはシエル1人? と過ぎったところで「メルディアス様!」数人の騎士が駆け付けた。
「良かった! ご無事で!」
「外の状況を説明しろ。それと誰か、ネージュ殿下を急ぎ医師の元へ運べ」
「はっ!」
1人にネージュを託し、もう1人の騎士に説明を受けた。
外では爆発が起きた部屋の消火活動を終えたばかり。幸いにも火はあまり広がっておらず、その部屋のみ使用不可となった。会場から逃げ出した観客の確認や怪我の有無、心に多大な負担を掛け倒れる者も続出中で街の病院から医師を片っ端から集め治療中とのこと。確認されている敵の人数は完全には把握されておらず、会場にいる者以外で捕らえたのは貴賓席でメルディアスに倒された3人だけ。建物内にもまだ潜伏している危険があることとファウスティーナ達を保護する為に何手かに分かれ行動していたのだ。
「ふむ……」と顎に人差し指を当てたメルディアス。その仕草がメルセスを連想させるも、人違いだとファウスティーナは首を振った。メルディアスは服のポケットに手を入れた。次に手を出すと何かを握っている。開かれた手の中には体に小さな風呂敷が巻かれたネズミがいた。
「可愛い……」
ファウスティーナの呟きを拾ったメルディアスは微笑む。
「この子は訓練されたネズミでして。情報を得るのも、届けるのも得意なんです。会場にいる方に今の情報を届けさせます」
「助祭様ですか?」
「いいえ。その内お嬢様や殿下も知るでしょうから、今は内緒です」
「……」
秘密が多いのも騎士ならではなのかと抱くも、彼だけな気がするも何も言わなかった。ネズミを肩に乗せて小さな紙切れに文字を書いてる最中――現れた。
多数の慌ただしい足音が響いたかと思えば、顔を黒い布で隠した集団が押し寄せる。すぐ様、ファウスティーナとベルンハルドを後ろに下がらせ、ついでにネズミをファウスティーナに預けた。
「あ!」
反対側からも同じ姿をした集団が向かってくる。完全なる挟み撃ち。最も狙われている可能性が高いのは王太子ベルンハルド。次は第2王子のネージュ。シエルに危害を加えたあの女性といい、連中の狙いは王族だったのだ。挟み撃ちにされてはネージュを医師の元へ届けるのも出来なくなった。
「お前達は反対側の相手をしながら、公女と殿下達を守れ」
「え!? メルディアス様一人であの大人数を相手取るのですか?」
「分かりました!!」
「ええ!」
1人対集団。目視だけでも6人は超えている。反対側もそれ以上か同じ。反対側を相手する騎士は3人。他にはネージュを抱えている騎士が1人。指示の驚異さに声を上げるのはファウスティーナとベルンハルドだけで、騎士達はメルディアスの指示通り反対側の敵へ向かって行った。
剣を取ったメルディアスが向かってきた相手の剣を受け止めた。金属がぶつかり合う音は、本で読むよりも重く高かった。
「剣だけに集中し過ぎだ、よ」
防具を身に付けていない胴体に蹴りの一発が入れられた。妖艶な美形で細身な彼から想像されない強烈な蹴りを食らった相手は後方へ吹っ飛び、血と吐瀉物を同時に吐き出した。1人が動けなくなっても敵はまだまだいる。左右の剣を無駄のない動きで避けた。左には自身の剣で上半身を斬りつけ、右には剣を握る手を掴み顔面に柄頭を叩きつけた。激痛に悶えた相手の足を斬って動けなくし、更に襲いかかってくる相手を次々に倒していく。
(す、すごい)
王国を守る騎士の中でも、確固たる実力がなければなられない上級騎士はなれるだけで名誉である。父の従姉リオニーは女性でありながら侯爵位を継ぎ、メルディアスと同じ上級騎士である。リオニーが戦っている姿は見たことないが、きっとメルディアスと同等の実力を持っている。
擦り傷さえ負わず、相手の返り血を浴びた姿で変わらず微笑みを崩さないメルディアスに若干の恐怖を抱きながらもネズミを返した。
反対側も片付いたようで「ネージュ殿下を先に運べ」メルディアスがネージュを抱える騎士に指示を飛ばした。発熱を起こして苦しむネージュを早く医師に診てもらい、安静にしてもらわないとファウスティーナも不安が消えない。
反対側へ歩き出したベルンハルドの後をファウスティーナも続こうとしたら、倒された筈の敵が1人突然立ち上がった。
「殿下!!」
瞠目し、固まってしまったベルンハルドへ敵の手が伸びる。メルディアスや他の騎士も反応が遅れてしまった。
「ベルンハルド殿下!!」
考えるよりも先に体が勝手に動いていた。ベルンハルドを敵の魔の手から守ろうと突き飛ばしたファウスティーナだったが……
「んぐっ!?」
自分自身が捕まってしまった。
「ファウスティーナ!!」
抱えられた体は敵が走り出した事で彼等からどんどん離されていく。後ろから届くベルンハルドの悲痛な叫び声に応えたいのに、口を抑えられているせいで叶わなかった――。
「……後はお任せしましたよ。
――陛下」
騎士に抱えられ、医務室へ運ばれているネージュは発熱の苦しさに襲われながらも、今回の黒幕について思考する。
(今までとまるで違う……。ファウスティーナの誘拐が8歳になった瞬間、今はもう決定的に違うって分かってたのにね)
(狙いは叔父上だけじゃない。……いや、本当の目的は……)
自身の考え通りなら、連中の正体は厄介極まりない。遠い昔から女神を狂信する異端者達。
(女神の狂信者、また表に出てきたね)




