事態の急転
自分が思っていた以上の客の多さに圧倒されつつ、用意された貴賓席に座ったファウスティーナは見知った顔が幾つかあって頬を緩ませた。
「お兄様やお父様が見えました」
「何処にいたの?」とベルンハルドに問われ、真ん中の最前列と答えた。見ると確かにケインやシトリン、エルヴィラもいる。不貞腐れた顔で前を向いているエルヴィラは全然楽しそうに見えない。
「退屈なのかな」
「今は叔父上が説明をしている最中だから、退屈に思えるのかもね」
ネージュも会話に加わった。ネージュの言う通り、現在シエルが『リ・アマンティ祭』メインイベントの説明を行なっている最中。事前に参加登録したカップルが石像の前で愛を誓った時、どちらかが相手を裏切っていた場合リンナモラートの罰が下ると言う。どんな罰があるかはお楽しみにと笑う。後ろに控えるメルディアスが「だから坊や君に悪趣味とか言われるんだよ」と呟くも、シエルの説明をしっかりと聞く3人には届いていない。
「1組ずつ、順番にしていくから楽しみにするといい。ジュード君、参加者の方々を入れて差し上げて」
「はい!」
黒髪の青年ジュードがシエルの指示で扉へ歩いて行く。客の後ろにある扉を開けると今日参加をするカップルが続々と入場していく。背を屈めたメルディアスが「殿下、公女」と発した。
「前から4列目にいる方々は、隣国の筆頭公爵家の夫妻です」
腰まである薄い金色の髪の女性と鶯色の髪の男性に注目。隣国の筆頭公爵家と言えば――
「フリージア公爵夫人の生家、でしたよね」とファウスティーナが言い。「あれが。初めて見た」とベルンハルドが興味強く見下ろし、家名を言うとメルディアスは笑みを深めた。
「よくご存知で。隣国の貴族情報も学んでいられるようで安心しました」
「隣国と西の帝国、南の王国の貴族も覚えている最中だよ」
「どっちもこの国にとっては重要な友好国だから、覚えるのは当然さ」
特に、将来この国の頂点に立つ王とそれを支える王妃になる2人は特に頭に叩き込んでいる。「あ」とネージュが声を上げた。
「ねえねえ、今入ってきた肌の黒い人達って西の大陸の国から来たのかな」
見慣れない褐色肌、濃い銀髪の髪の男女。異国情緒溢れる出立ちが強い興味をそそられる。西の大陸には砂漠のオアシスがあると伝えられている。服装からするに、高位の身分の者と伺える。世界各国から様々な人が訪れ、参加する『リ・アマンティ祭』には、救いを求めに遠くから来る人もいる。どの組も別段不幸には見えないがファウスティーナはある1組が気になった。前から6列目辺りにいる男女。女性は深く帽子を被っているせいで顔は分からないが濃い茶色の髪の毛を指先で弄っていた。そわそわとした落ち着きのない姿が目につく。隣にいる男性も感じているからか、肘で突いて女性の行為を止めた。男性の方は帽子を被ってないので顔がよく見える。どこにでもいそうな平凡な顔立ち。理由が分からず気になってしまう。凝視していれば女性が突然前へ走り出した。何事かと周囲はざわめく。男性が慌てた声色で女性を呼ぶもシエルの前に立った。
「あ、あのっ、私、どうしてもすぐに夫との仲を女神様に見てほしくてっ、それで、あの」
「気持ちは分かりますが決められた順番がある。焦りを消して自分の番が来るのを待っていなさい」
「だって、だって待てなくて」
帽子の鍔を両手で触って順番を進めたい女性の気持ちは納得はされなくても理解は出来る。愛し合う人との絆を早く女神に見てもらい、確かな愛があると認められればお互いの絆は更に深まる。
同じ思いを抱くのは女性だけじゃない。参加者全員同じ気持ち。
困ったように微笑みながらもパートナーの男性が女性の肩に手を置いた。申し訳なさそうに頭を下げた男性が女性に振り向いた刹那――!
咄嗟に耳を抑える程の爆発音と小さな揺れが生じた。思いもしなかった事態にふらついたファウスティーナを支えたのはベルンハルドだった。
「大丈夫か!?」
「は、はいっ、今のは一体」
「叔父上!!」
何だったのでしょう、と続く筈の言葉は紡がれなかった。倉皇としたネージュの叫びで2人は同時に向いた。シエルへ。
顔を片手で抑えたシエルが膝をつき、苦しんでいた。順番を早めてほしいと懇願したあの女性の手には、怪しげな瓶が持たれ……蓋が開けられている。床に瓶の蓋らしき物が落ちていた。
突然の事態に周章する周囲は我先にと扉がある方へ走っていく。
「いけない! 皆さん落ち着いて下さい!」
ジュードが周囲に叫ぶも響いた爆発音と揺れが彼等の恐怖心を一気に最高潮へ昇らせてしまったせいで思考が完全に停止し、まともな考えが動けない。
「シエル様!」
「来ないでっ!」
膝をつき、顔を抑えたまま動けなくなったシエルの元へ駆け付けようとしたオズウェルを、女性はシエルを抱き締め髪に差していた髪飾りを抜いて純白の首元に突き立てた。
「一歩でも動いたら、シエル様の喉を髪飾りで刺すわ! 脅しじゃない、本気よ」
「今すぐに凶器を置いてシエル様を離しなさい、こんな事をしてタダで済むとお思いですか」
場の雰囲気と掛け離れた冷静な声色がファウスティーナ達にも伝わり、恐怖は抱いたままである程度の落ち着きを取り戻す。
「司祭様が……っ。メルディアス様、司祭様を助けて下さい」
ファウスティーナは近くにいる人で頼れるのはメルディアスしかいないと、縋る思いで訴えた。
しかし――
「え? 必要ありませんよ」
「必要ないって……!」
メルディアスはオズウェルとは異なる冷静さだった。あの麗しい微笑みを崩していなかった。
「冷静に。おれの任務は貴方方の護衛です。あと、下にはおれ以上に強い人がいるのでご安心を」
「そういう問題じゃない! 叔父上は何かの薬を掛けられたんだ! 早く治療しないとっ」
「それもご安心を。ちゃんと、対策をしてますから」
「対策……?」とネージュが疑問を露わにするも、メルディアスは後ろの扉に振り向いた。貴賓席を出るには後ろの扉を使うしか出口がない。
「3人は隅の方に移動して」
「何を……!?」
腰の剣にメルディアスが手を掛けたのと、けたたましい音で扉が蹴り飛ばされたのは同時だった。前には当然護衛の騎士が立っていた。2人、床に倒れ動かない騎士がいて。顔を黒い布で隠した3人組が代わりに立っていた。
「っ! ファウスティーナ、ネージュ! こっちに!」
「あ!」
只者じゃないと瞬時の判断を下したベルンハルドが固まって動けなくなった2人の腕を引っ張って、隅へ移動した。メルディアスの後ろになるように。
「あ、兄上……っ、怖いよ……っ」
「だ、大丈夫、僕がついてる」
顔を真っ青にし、震え、涙声でしがみつく弟を安心させる言葉をかけるベルンハルドも顔色が青い。彼だって恐怖で一杯。でも、弟や婚約者の前で情けない姿は晒したくない、自分だけでも気丈にと心を強く持とうとする。
「ファウスティーナはっ」
「わ、私は、平気です」
ファウスティーナも声は震え、顔色が頗る悪い。ベルンハルドの腕にしがみつく体は震えていた。
怖くないと抱く者は誰もいない。
会場内は怒声、叫声が響き合い、誰の声かが判別不可能。せめて家族の安全だけでもと様子を知りたいファウスティーナだが、次に響いた大きな声に耳を疑った。
「エルヴィラ!! 行っちゃ駄目だ!!」
これは――兄の声。
聞いた記憶のない、大きな声。
声量と声色、発せられたエルヴィラの名前。
嫌な予感がしまくりなファウスティーナはあっという間に3人を倒したメルディアスに「お嬢様!」と止められるも下を覗いた。
「エルヴィラ!!」
逃げ惑う大人達の中に小さな少女の姿もあった。スカートの裾を持って走るのは――エルヴィラだった。
「エルヴィラ駄目! お兄様の言う通りにして!」
ありったけの声で叫んだファウスティーナであるが、今の状況では声は他の声と混ざり意味を成さなかった。ケインもそうだった。父は何をしているのかと探すとすぐに見つけられた。エルヴィラを追い掛け人の間を縫って行くがパニック状態の人混みを掻き分けるのは至難の業であり、小さな体で素早い動きで走るエルヴィラに追い付けないでいた。
再度エルヴィラの名前を叫んだ。
エルヴィラは止まることも、振り返ることも、なかった。
「お嬢様!」
「うわっ!」
少々怒気の混ざったメルディアスに名前を呼ばれ抱き上げられる。隅にいるベルンハルドとネージュの近くで降ろされ、大きな両手で頬を摘まれた。
「勝手な行動は控えるように! 何処に敵が潜伏しているか知れない状況下では、些細な間違いだけで命取りになります」
「は、はひ、しゅみまへん」
反論の浮かばない正当な言葉を掛けられ項垂れたい気持ちを抑え付け、人の頬の感触を楽しんでいる感満載なメルディアスに謝り。ベルンハルドとネージュへ向いた。
「申し訳ありません。勝手な事をしてしまい……」
ベルンハルドは首を振って「仕方ないよ。エルヴィラ嬢は?」と問う。
「エルヴィラは……多分ですが行ってしまいました」
「公爵は? 公爵がいるなら止められたんじゃ……」とネージュに聞かれ、覗いた際の状況を説明した。人混みのせいで上手く身動きが取れず、エルヴィラに追い付けなかったと。
「そっか……無事を祈ろう。エルヴィラ嬢もパニックになって行ってしまったんだと思うから、会ってもあまり怒らないであげてね? ファウスティーナ嬢」
「そう、ですね。私は怒らなくてもお父様やお兄様がなんと言うか」
「公爵やケインも分かっている筈だよ。
ぼく達はこれからどうするの?」
刺客3人組を倒せても敵の人数が不明な今、下手に動いても同じ場に留まっても危険。メルディアスは倒した3人組の服の中を漁っている最中だった。些細な情報でもあれば敵の正体を知れるヒントになり得る。
「メルディアス様、私も手伝います!」
「いいえお嬢様。もう終わりましたので」
「あ……はい」
仕事の速さは流石としか表せない。
ベルンハルドの「何か手掛かりになりそうなのは?」という問いにメルディアスは眉尻を下げた。
「残念ながら、何もありませんでした。使い捨て要員でしょう。3人はおれと貴賓席を出て安全な場所にいて下さい。そこは絶対に外部からの侵入が不可能な部屋なので彼等も入ることは叶いません」
「叔父上が心配だっ」
「シエル様の心配よりも、ご自分の心配をなさって下さい。自分が王太子であるとお忘れなく。まあシエル様が心配な貴方達が安心する言葉があるとしたら、シエル様の側には王都にいて当たり前な人がいますので心配無用です」
「誰の事なのですか?」とファウスティーナが訊ねても「終わったら顔を出すでしょうから、それまでの楽しみです。さあ、行きますよ」と促されれば着いて行くしかない。
下を覗いて状況を知りたい気持ちを堪え、慎重にメルディアスに着いて行った。
扉の前に倒れている護衛の首筋に手を当てたメルディアスは「気絶させられているだけですね、このまま放っておいていいでしょう」と足を進めた。生きていて良かったと3人はホッとする。目立った外傷もないのでメルディアスの言葉に信用性がある。
初めての『リ・アマンティ祭』メインイベントはとんでもなく不幸な日になってしまった。
読んでいただきありがとうございます!




