拘りを隅に置いて気付きました
凡そ1時間程早く起床したファウスティーナは、寝惚けた頭のままもこもこ毛布から抜け出し上体を起こした。温かさが冷たい空気に触れ消えていく。ぶるりと震えた後、両腕を擦りながら床に並ぶ靴を履いて部屋を出た。日が昇る前は何処も薄暗いみたいで。音を出さないよう静かに歩き、屋敷の外へ出た。邸内より直に感じる冷たい風。上着を羽織れば良かったと後悔しつつ、冷たい空気を肺一杯に吸い込み吐き出した。
今日は王都に戻る。1ヶ月以上も家族と離れ暮らしたことはない。ベルンハルドから最後の止めを食らって精神が不安定極まりなかったからだろうが、安定しだした今思うのは無駄な拘りをしないだけで心安らかな日々を送れると知ったこと。
ファウスティーナは庭へ回った。冬に咲く花を鑑賞出来る長椅子に座った。お尻が冷たい。
「気が楽になるなんて思いもしなかったな……」
母に認められたい、誉めてもらいたい。
婚約者に振り向いてほしい、好きになってもらいたい。
特にここ4年間はその気持ちが強かった。今は薄くなってファウスティーナの心を漂うだけ。長年拘り続けた願いを一旦隅に置くだけで心が安らぐともう同じ願いは抱けない。
ベルンハルドを好きな気持ちは、他人が聞いても驚くことにまだあった。前のような、全てを自分だけのものにしたい過激な欲求は粉々に砕け散った。ならどんな好意か。不可解なものでファウスティーナ自身にも不明だった。
だがこれも、日数を経たら拘りと同じで消えていく。
そうなったら、更にファウスティーナの視界は広く、色は豊かになる。
「あ」
今日開催される“建国祭”でのことを考えようとした矢先。頭から何かを掛けられた。手繰り寄せると青色のブランケット。
「早起きなのは結構だけど今の季節薄着で外に出るものじゃないよ」
「司祭様」
ファウスティーナの座る長椅子の後ろには、何時来たのかシエルがいて。ファウスティーナに薄着と言う割にシエルも薄着だ。白いシャツなんて数個ボタンをつけているだけで肌色がチラチラとする。ファウスティーナより寒さを感じる筈なのに平然とするのは、彼が大人だからだろう。隣に座ったシエルに持ち上げられると膝に乗せられた。
ふわりと香った薔薇の甘い香りに包まれながら感じる背中を覆う暖かさ。ここでの生活で慣れた習慣でもある。こうやってシエルに抱っこされた後抱き締められるのも。
シエルを見上げたら朝日が昇ったら更に増すであろう微笑が輝いていた。
「もう少ししたらメルセスが来る。朝食を食べたらすぐに準備をしなさい」
「はい」
「王都に戻って、もし君のご家族と会っても無理をしないように。具合が悪くなったらすぐに言いなさい」
「はい」
「それとパーティーは夜だから、昼は出店を見て回ろう」
「はい!」
“建国祭”で1番楽しみなのは出店だ。美味しい食べ物や今日限定の商品が販売されたりして見るだけで楽しい。
朝日が昇り、世界中の人々が目を覚ます時刻。食堂に座るファウスティーナは昨日宣言された、コルネットとチョコラータ・カルダの朝食に目を輝かせた。粉砂糖が振られたコルネットに手を伸ばしてぱくり。中には生クリームが入っており、チョコラータ・カルダを口に含む。ココアとは違い、ドロドロとしてとても甘い。甘い物が大好物のファウスティーナは朝からほくほくである。
一方で。
「ふあ……ねっむ」
「夜更かしするからだよ」
「誰のせいだと思ってんの」
ファウスティーナの前に座るヴェレッドは非常に眠そうで。ファウスティーナの隣に座るシエルを睨む。眠気のせいで迫力とかはない。
シエルがコーヒーを飲むのを睨みつつ、ヴェレッドはコーヒーミルクを飲んだ。
顔を歪めた。
「にっが」
「お砂糖を入れてないので」
「はあ……いいよ、もう。眠いし」
昨日のスイーツの時知った彼の甘さ大好きを思うと砂糖無しのコーヒーは大変苦い筈。ミルクで緩和されても、である。
「ファウスティーナお嬢様」とメルセスに呼ばれた。
「お食事が終わりましたら、昨日選んだドレスに着替えましょう。着付けは他の方がしますが髪は私が可愛くしますわ」
メルセスが世話をしてくれるようになって抱いた疑問がある。
「ねえ、どうして入浴や着替えは屋敷の人がして、メルセスはしないの?」
初日に会って、ドレスを作る為の採寸をした以外メルセスはファウスティーナの服の世話をしていないのだ。
「お世話を分担させて頂いております。私が全部したいのは山々なんですけどね」
「メルセスには、他にも色々と頼んでいるからね。成るべくそっちに手が回るようにしてもらってる」
補足でシエルが説明をし、そういうものなのかとファウスティーナは納得し食事を再開。甘くて美味しいコルネットはあっという間に無くなった。
食事を終え、部屋に戻ったファウスティーナは待ち構えていた屋敷の使用人達に着替えさせられた。昨日選んだ青銀のドレスに合うようにと靴は踵にリボンがついた黒いロングブーツ。ヒール無しで歩き易い。紐を調整してもらい、結び直した。着替えが終わるのを見計らってメルセスが部屋に入った。化粧台の前に座らされ髪を梳かれていく。
「ふふ、ファウスティーナ様の髪はさらさらしていいですわ」
「ちょっとだけ癖があるけどね」
「毛先がちょっとくるんとなってるのが丁度良いのです」
「メルセスの髪はとても綺麗だよ」
「ありがとうございます」
丁寧に何度も梳を通された髪にリボンを宛がわれた。器用に結んだメルセスは「完成です!」と両手を叩いた。
「さあ、司祭様達の所へ行きましょう。外にいますわ」
「うん」
メルセスに手を引かれ、部屋を出てそのまま屋敷の外に出た。
やっぱり眠そうに欠伸をしたヴェレッドが気付いた。
「来たよ、シエル様」
御者と話し込むシエルに声を掛けた。
くるりと振り向いたシエルは膝を折ってファウスティーナと目線を合わせた。
「とても似合っているよ」
「ありがとうございます!」
「ふあ……あ。もう無理眠い。中で寝る」
「やれやれ」
「夜更かしって司祭様は言ってましたが何をしていたのですか?」
「うん? 大人の遊び。というのは冗談で、内緒話」
「そう、ですか」
思い当たるのは“建国祭”以外ない。
ファウスティーナは馬車に乗り込んだヴェレッドへ外から話し掛けるシエルを見た。
白と青を基調とした貴族服。まるで空のようだと思った。澱みのない、晴天を表した姿。
白は雲、青は空、シエル自身が太陽。
視線を貰い、見下ろされ綺麗な微笑を向けられた。
「どうしたの」
「司祭様がお日様みたいだなって」
「私が? そう」
きょとんと首を傾げるもすぐに微笑まれる。微笑むだけで周囲はシエルの美貌を引き立たせる風景となってしまう。王族だから、なのか。彼の持つ特別な美貌のせいか。
髪をそっと撫でられた後、シエルに抱っこをされて馬車に乗った。誰も座らないのを見越して席を丸々利用してヴェレッドは寝ていた。
彼は黒と赤を基調とした服。シエルもそうだが2人揃って似合い過ぎている。
シエルも乗るとメルセスが来た。
「移動中召し上がってください」と布できつく縛られたティーポットと大きめのバケットを渡された。
「クラッカーと4種類のジャムを入れてますのでお腹が空いたら食べてくださいね」
「ありがとう、メルセス」
「はい」
「君もそろそろ出発するんだろう」
「私はパーティーの方に出席すればいいのでゆっくり行きますわ。まあ、実家には顔を出さないといけませんが」
「兄君によろしく伝えておいてくれ」
「ふふ、司祭様からそう言われたと言ったら、兄は“お前何かしたのか”と慌てふためきますわ」
「それは君自身に問題があるからでしょう」
「まあ酷い。私、とっても良い子にしてますのに」
「はいはい」
悪い子扱いされ機嫌を損ねたメルセスを適当にあしらい、馬車から離れたのを確認後扉を閉めた。
「出発しろ」
シエルの声に御者は馬を走らせた。
「……」
動き出した馬車の中から、変わっていく外の光景を眺める。窓に張り付いたファウスティーナは飽きるまでそうし続けた。
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