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早口で別れを告げたディアンテに、気に入らないと言わんばかりにフィリップが声を上げる。
ディアンテは速やかにこの場を立ち去らなければならない。
フィリップを無視して出口に向かおうとすると、腕を掴まれる。
心臓があり得ない程、ドキドキと音を立てていた。
周囲の視線がディアンテ、フィリップ、ティファニーに集まっていく。
ディアンテが焦っている様子を見て、フィリップは何を勘違いしたのかは知らないが、嬉しそうにニヤリと笑った。
そしてあろう事か、再び大声で叫び出したのだ。
「ーーフィリップ・サムドラはディアンテ・アールトンと婚約破棄をするっ!!」
「ッ!!」
あまりのフィリップの大声にディアンテは固まった。
会場はシン‥っと静まり返っている。
(あり得ないッ!!)
ディアンテは力一杯、フィリップの手を振り解こうとするがフィリップはディアンテの腕に跡が残るほど強く握り締めている。
「‥‥っ、離してください!!」
「待て、最後まで話を‥」
「早くッ!手を離してーッ!!」
バタバタと暴れ続けるディアンテに苛立ったフィリップは、ディアンテの手をグイッと引っ張り上げてから、思いきり頬を叩いた。
パァンと叩かれた音と共に、ディアンテの眼鏡が滑り落ちて床でガシャンと音を立てた。
ディアンテが慌ててそれを拾い上げようとした瞬間‥メキメキと音を立てて眼鏡が潰れた。
それはフィリップがディアンテの眼鏡をブーツで踏み潰した音だった。
「‥‥ぁ」
ディアンテは眼鏡に手を伸ばしたまま、膝から崩れ落ちた。
ディアンテの手の力が抜けたのを、フィリップは満足そうに笑いながら再び口を開いた。
「はぁ‥全く手間をかけさせるな」
「‥‥」
「そして、新たな婚約者としてティファニー・ルルシュを迎え入れる事を宣言する‥っ!!」
「‥‥」
「お前とだけは結婚出来ない。ティファニーくらい美しくないと俺に釣り合わないんだよ‥わかるだろう?」
忌々しいと言わんばかりにディアンテを睨みつけるフィリップ。
ディアンテは震える手で顔を押さえていた。
(どうしよう‥!眼鏡がッ)
ディアンテの目元を隠す為の眼鏡が割られてしまい、ディアンテはパニックになっていた。
どうやってこの会場を逃げ出せばいいのか。
指の隙間から出口を確認するけれど‥。
フィリップがディアンテに向かって、何か言っている声が遠くに聞こえていたがフィリップの話を聞くどころではない。
流石に卒業パーティーで婚約破棄を告げたフィリップに非難の視線と言葉が浴びせられる。
祝いの場に、いくら嫌いだからといっても令嬢に恥をかかせた挙句、嫌がるディアンテを無理矢理引き止めて、手を上げるなど前代未聞である。
ディアンテは眼鏡を割られて顔を押さえている為、一見すると泣いているようにも見える。
フィリップは、ディアンテや周囲の反応が予想外だったようで、困惑しているようだった。
フィリップの想像では、ディアンテは悔しそうに泣いてフィリップに縋るか、諦めきれないとフィリップに懇願するだろうと思っていたからだ。
フィリップは周囲に自分がこんなにも愛されて、優れている事を見せつけたかっただけだった。
それがこんな事になるとは思わずに狼狽えていた。
そんなフィリップの姿をティファニーはげんなりとした表情で見ていた。
あれだけ格好付けておいて、いざとなったらオロオロとするフィリップにティファニーからの冷えた視線が送られた。
フィリップがディアンテを問いただそうと、座り込むディアンテに手を伸ばした時だった。
「‥‥‥一体、何の騒ぎだい?」
「フィリップ‥」
「‥‥アルフレッド」
「随分と酷い事をするね‥」
アルフレッドはボロボロになった眼鏡に視線を流す。
「卒業パーティーで浮かれるのは結構だが、御令嬢を人前で辱めるのは紳士のやる事ではないね」
「‥!!」
そんなフィリップから手を離したティファニーは、アルフレッドの腕に絡まるようにして胸を寄せる。




