シナリオのその先
あれから三年の月日が経って、今日は私とヒルダの卒業レセプションが行われる。
ジャックは昨年、セシリア様と晴れて結婚を果たした。ヴィンス様の補佐として、毎日忙しそうに公爵領を駆けずり回っているので、公爵領に建てた邸にもなかなか帰れずにいるそうだ。今日の晴れ姿を見てもらいたかったけれど、そんな暇は無いと言われてしまった。
セシリア様の御実家パーセル家はコンラッド様が後を継ぐので、跡取り問題が起きる事が無いと思われたけれど起きてしまった。ジャックがヴィンス様に付いてグラファイト公爵領に来てしまったためにジャックが後を継げなくなったので、弟のブラウムがテンパートン子爵家の養子となって領地を継ぐ事になった。
プロミラル伯爵家はと言えば、私が公爵家に嫁ぐ事になるため中央から離れる事となっている。中立を維持できなくなるからだが、引継ぎが恙なく終われば公爵領に来ていただく手筈が整っていて、私が子を多く授かれば伯爵位を譲っていただけるのだそうだ。
シェリル様は昨年卒業されていて、王宮に上がられて王太子妃殿下の侍女を務めている。どうやら最近、近衛の一人と良い仲になっているようだとエリーゼ様から手紙をもらっていて、レセプションの前に会って話が聞けそうだとヒルダと喜んでいる。
王城にはハワード様も政務官としてお勤めなされているので、その目に適わなければシェリル様に声をかける事さえ難しいと言われるほどである。よほど信頼されているのか出世が見込まれているのかだろう。
ヒルダは学院最後の一年間を、パーセル公爵家での行儀見習いに充てていた。派閥は違えども、親同士が親しい関係なのも有っての受け入れだと言われている。今のところコンラッド様との噂は出ていないけれど、私たちの中では婚約へ秒読み段階だと言われている。
本人は気付いていないようだけれど、ヒルダと居る時のコンラッド様は照れ過ぎて挙動不審なことが多いのだから。ヒルダだってその気になっているのだから、早く決心すればいいのにと気を揉んでしまう。
ヘンリエッタ様はヒルダと入れ替わるようにパーセル家での行儀見習いを終えられ、ブレナン侯爵の治める辺境の領地に戻られている。国内有数の穀物生産高を誇る領地で、幼馴染の婚約者と農民の子供向けに学校を開いているそうだ。
都会でさえ裕福でなければ学校など行けない子供ばかりの中、彼女は魔力の有る無しに関わらず多くの子供たちに知識を与えていて、村の相談役を世襲制から力量重視の指名制に変えたいと語っていた。そうなって村が少しでも裕福になってくれれば、犯罪も減るだろうと自衛団を束ねる幼馴染と話をしたそうだ。
ベネディクト殿下はあの後すぐに処置が施され、今なお離宮に幽閉されている。
第二妃殿下は表舞台から姿を消し、陛下以外との面会を断って王宮の奥でひっそりと過ごされている。なんでも、読み書きや計算の学習本を模写しては、国中に広く配布しているそうだ。ヘンリエッタ様の活動に共感しての行動らしいと陛下が仰っていらした。
ブライアンは家から縁を切られ、東部の鉱山で強制労働についている。明日の慶事に伴って恩赦が与えられる予定であったらしいのだけれど、辞退して死するまで鉱山から出ないという刑を全うするそうだ。ブライアンは幼少期から一芸に秀でた者たち、武のセドリックや知のハワード様、雅のシェリル様等に囲まれて育ったせいで、主体性と言うものが育っていなかったのかもしれない。
セドリックの父君であったサルバルーン・エリオット様は近衛師団長の任を辞任なされ、隣国バラスとの国境線にて辺境軍の大隊長として睨みを利かせている。常に最前線に立つ姿は、味方を鼓舞し敵に恐怖を与え続けているとヴィンス様から聞いていて、そこまで追い込んでしまった責任を強く感じてしまう。
今日この後、マーリア・プロミラルとして最初で最後の舞踏会に参加する。
あの事件以降、学院主催であったレセプションが王家主催の舞踏会に替わっていて、参加規模が大きくなったのだ。そこで晴れて成人として王家の方にご挨拶をする。ヴィンス様の婚約者となった私も、父と共に列に並び挨拶の順番を待っている。
「この日を無事に迎えられて、嬉しいという気持ちよりも寂しいという気持ちの方が強いのは、マーリアと一緒に過ごした日々が短かったからなのかもしれないね」
「ごめんなさい、お父様。私の決断が、お父様だけでなくお母様やブラウムにも寂しい思いをさせてしまって、申し訳なく思っています。それでも、後悔はしていません。だって、皆を巻き添えにして十八年の生涯を閉じるより、この先何十年も親孝行できる方が良いでしょ」
「そうだね。会えなくなるわけではないし、おかげさまで近くに暮らせるのだから、最善の結果なのだろうね」
「そうよ。だから寂しいなんて言わず、笑顔で送り出してね」
そうして最後尾にいた私の番になる。
父の腕を放して一歩前に出ると、カーテシーをして口上を述べる。
「エルマー・プロミラル伯爵が娘、マーリア・プロミラルにございます。本日無事に学院を卒業し、そこで学んだ知恵と結んだ縁をもって国を盛り立てる事を、その血と家名に掛けて誓うこと、本年度卒業生代表として宣言いたします」
「マーリア嬢、並びに卒業生の諸君。これまでの五年間で学べた事の多くは、そのままでは役に立たないかもしれない。それでも、その知恵を出し合い、結んだ絆をもって困難に立ち向かっていって欲しい。これからのそなたらの活躍、大いに期待しておる」
「三年前の事件を機に、この国も王家も貴族も大きくその在り方を変えてきました。あなた方はその仕上げを担う人材となると期待しております」
陛下の祝いの言葉を正妃殿下が引き継いだ。こうしてオープニングは終了し、あとは普段通りの舞踏会となる。もっとも、今年デビュタントを迎えた者は戸惑いもある。それでも誰もが壁の花にならずにダンスに興じられるのは嬉しいものだ。
私はと言えば、口上のすぐ後にヴィンス様に手を差し伸べられて四曲を踊り、三年もの間領地に籠っていた時間を取り戻すように、旧知の者と夜更けまで語り明かした。
明日、私はヴィンス様の妻となり公爵夫人と呼ばれる立場となる。
いろいろと問題は山積されているけれど、あまり不安は無い。当面の不安が明晩の初夜なのだから、程度がうかがい知れるだろうと思う。
あぁ。早くあの人の胸に飛び込んで、幸せな人生を送って行きたい。




