公開裁判②
唯一反応を示したのがヴィンセント殿下だったのは、ベネディクト殿下が誰を嫌っていたかを正確に理解したからだろう。止める間もなく駆け寄ると、膝を突かされているベネディクト殿下の顎を手加減もせずに蹴り上げ、躊躇いもせずに鎖骨を一本踏み折った。
顔をしかめはしたけれど、血を吐くことは無かったので折れた骨が刺さってはいないようだ。受け身も無しに後ろに倒れたのだから頭も打っているはずで、ヴィンセント殿下の怒りの程が分かる。
「俺が標的ならば、直接向かってこい! 前回は苦しまぬよう切り捨てたが、今回は楽には死なせてやらんぞ」
「お前はすべてを諦めたスペアだ。そのお前に吠え面かかすには、唯一執着を見せた女を辱めるのが最善だっただけだ。バレていないと思っていたか? 何度生を繰り返しても、愛おしそうにただ見ているだけのチキン野郎が! 何度お前に切り殺されようが、墓に縋って泣きはらす姿が見られるなら相応しい対価だと受け入っ!」
最後まで言わせずに股間を踏み抜かれた痛み故か、ベネディクト殿下は白目を剥き泡を吹いて気絶なされた。暴言が止んで緊張の糸が切れた瞬間、私は背中に強い衝撃を受けて咄嗟に暗器を振るってしまった。
前に転がるように距離をとって振り向くと、近衛の制服に身を包んだセドリックが血を流して立っていた。謹慎中にもかかわらずこの場に潜り込んで、背後から私を刺殺しようとしたらしい。いつ近付いたのかも分からなかったし、潜んでいるはずの影も反応できていなかったようだ。それだけの技量を持ちながら、思考が残念なのは勿体無いことこの上ない。
「この阿婆擦れ、が。背中、に何、仕込ん、でやがる。武器ま、で持ちこ……」
その場で崩れ落ちる様に座り込んだ彼の顔には三本の切り傷が走り、鍔無しのナイフ故に滑ったのか刃を握りこんで出血をしている。話し方が怪しいので、即効性の毒でも刃に塗っていたのかもしれない。
用心の為に鉄板入りのコルセットを巻いていたので、私は傷ひとつ負うことも無かった。袖口から出たままの鉤爪は、陛下の許可をもらっているので咎められる筋合いはない。もっとも暗器を出した際に袖口が裂けてしまったので、ドレスを直しに出さなければならないのは痛い。
「護身と護衛の一環ですわ。備えあれば患いなしと言うでしょ」
取り押さえられた時には既に事切れていたようで、私の言葉は届かなかったかもしれない。
引きずられるように退室させられるセドリックを、師団長は悔しそうに睨みつけていたので、この後で蟄居でも願い出そうだと思った。結果的に命を奪ってしまった私には、師団長に掛ける言葉は持ち合わせていなかった。
重くなった空気の中、陛下がそれぞれの刑を言い渡して結審する。
「主犯ベネディクトは、この場をもって王位継承権をはく奪するものとする。この者が起こした罪は王家の恥として後世に記録を残すものとするため、王家に籍を置いたまま南の離宮に幽閉とする。なお後の憂いを断つため、目と喉を潰し完全去勢を行ったうえで収監すること」
これで子を授けることもできなくなり、政敵として担ぎ上げられる心配もせずに済む。喋る事も文字を書くことも出来なくなれば、逃走の恐れも無いだろう。暗闇の中、その生涯を償いに費やしていただこう。
「ロベルト・ウィンザードはホールへの魔法陣設置等、国家転覆の首謀者として絞首刑に処す。ウィンザード家は子爵位に降格の上、領地と財産の八割を国に収める事。なお治める領地は国が定め、しばらくは直轄地として代官の派遣を行う」
国の監視の下で有用な人員をふるいに掛けていく事になるのだろう。その爵位を維持できるか平民にまで落ちてゆくのかは、残された者たちの頑張り如何であろうが、当主を諫められなかった者達が認められる可能性は低いと言わざるを得ない。
「アイリス・ウィンザードは保護観察処分とし、当面はその身を中央神殿にあずける事。ただし、再び罪を犯した場合は極刑に処するものとする」
ざわつく声は刑の軽さを不安視する者のようだけれど、アイリスが行った事はあまり無いのが実情だった。与えられたシナリオに沿って行動しただけで、それさえ男性陣を魅了しただけの事。どちらかと言えば、矢面に立って悪意を受け付け、切り捨てられる運命の被害者だと言えるであろう。事前に話をした通り、ポーラ司祭が後の采配をしてくれるはずだ。
「さて妃よ。そなたへの沙汰はせぬ故、自身で判断せよ。息子の不始末の全てを、そなたに背負わせる気は毛頭ない。我らで償わなければならないのだから」
こうして幾度も繰り返された負の顛末は回避され、正しく時間が進むことになった。
父とは目が合って喜びをかみしめたけれど、出来れば家に帰って家族や使用人と喜びを分かち合いたい。殿下が放してくれればであるけれど。




