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加速の予感

 秋が深まり始めるころ、乗馬クラスで知り合った方から狩りの誘いを受けた。王都からほど近い王家所有の狩場で、王子殿下の他に腕に覚えのある者が参加するとの事だった。


「なぜ私にもお声がかかったのでしょうか。それと、王家の御承諾は得ておられるのでしょうか」

「発端はベネディクト殿下の発案であったが、参加者の中に弓術を選択している者がいて、マーリア様の腕前は素晴らしいとの話をしたものだから、折角ならお誘いしてはどうかとなったのだ。無論、末は王家に嫁ぐやもしれぬ身なればと、王家の方にも確認いただいて承諾されている」

「そうですか。ならば折角ですので、快く参加させていただきましょう。用具は一揃いございますので、用意は不要です。後程で構いませんが、お時間と集合場所を書面で当家に届けていただきますよう妃殿下にお伝え願います」

「齟齬があっては申し訳ない。殿下にその旨をお伝えしよう」


 セドリック様の婚約者であった時、ベネディクト殿下の主催で行われた狩りに参加したことがあった。勿論その時は弓など使えもしなかったので、他のご令嬢共々お茶とおしゃべりを楽しみながら、狩りが終わるのを待つだけであったが。


『あの時の私は最終学年だったかしら。たしか士官学校の二年目に行われる半年間の前線実習に向かう前に、暫しの別れだからと催されたのだったはず。一匹も仕留められずに戻った彼にかける言葉が無かったっけ。思えばそれから疎遠になった気もするし、彼女が近付いたのを目にする機会が増えた時期でもあったかな』


 お誘いから程なくして、第二王妃殿下の印璽が押された封書が届けられた。参加の許可が記されたそれを父に渡し、ヴィンセント殿下に届けてもらうようお願いする。


「参加するのは構わないが、無理だけはしないでおくれ。怪我をしてしまえば、彼方此方に迷惑をかけてしまうからね」

「その為に殿下のお力添えをいただくのです。大丈夫、いつもの装備は忘れずに着けて行きますし、早々に仕留めて引き揚げてしまいますから」


 狩りの集合場所は学院の裏門付近。そこは学院の厩舎にも近く馬車寄せも有るので、集合場所としては申し分のない場所だった。

 王宮の厩舎で待ち合わせをした私達が着くと、すでに全員が集まっていたようで皆の視線がこちらを向いた為、遅れたことの謝罪を述べる。


「遅くなってしまったようで、申し訳ございません」

「いや、それは構わんのだが。なぜ兄上と一緒に?」

「すまない。時間が出来たので少しかまってやろうと厩舎に行ったら、物々しい格好のマーリア嬢を見かけてな。聞けば狩りに出かけると言うので付いて来てしまった」

「なぜ王宮の厩舎などに」

「恐れ多い事ですが。ヴィンセント殿下の馬は私の馬と兄妹でして、その事を知った殿下が知らぬ土地では馬も心細いだろうと、隣の馬房を空けてくださり世話をしていただいているのです」

「ディックは知らなかったのか。それは済まぬ事をした。父上に承諾いただいたので、てっきり聞いているものだとばかり思っていた。それより、運動がてら連れて行ってはくれまいか」

「それは構いませんが、護衛の方は」

「声をかけてあるから、すぐに追いついてくるだろう」


 馬車にいるアイリスからの視線が厳しいものだったが、あえて気付いていない素振りを貫き、両殿下からも少し距離を取っておいた。


 森の手前で護衛騎士が四名合流し、馬車に乗るご令嬢方がお茶のために散らばっていくのを気にもせず、狩りをする組は森へと馬を進める。

 程よく管理されている森は馬で進むに苦労することもなく、かと言って獲物となる動物が住み良いくらいに草木も茂っている。先を行くセドリック様方が少々うるさいので、動物たちの気配が感じ取れないが、しばらく進むと左手にウサギの耳が見え隠れしていた。

 そっと矢を二本取り出し弓につがえ、後ろ足目掛けて一射。跳び上がったところに、もう一矢射て仕留めた。直ぐさま護衛の一人が馬を降りて、獲物と矢を回収してきてくれる。


「おぉ! 見事な腕前だ。一刻も経たないうちに仕留めるとは、その格好も伊達では無いと言うことか」


 ヴィンセント殿下が声をあげたことで、先行していたうるさい集団が馬を止めて振り向く。その大半が驚きの表情を浮かべるが、悔しそうな表情を浮かべる者や睨み付ける者まで居る。特にセドリック様と誘いに来た男(子爵の三男だったか?)の表情は眉をひそめたくなるものだった。

 そんなに悔しいのであれば、お喋りなどせず真剣に獲物を探せと言ってやりたいけれど、遊びだと言う意識もあるだろうから見なかったことにする。


「レディーファーストも良いが、君らも腕に覚えがあるのだろう。さぁ、これに負けぬ大物を仕留めておいで。そうだな、一番大きな獲物を仕留めてきた者には秘蔵のワインを進呈しよう。マーリア嬢も加わるかい?」

「いえ。このサイズならイヤーマフを作るに十分ですので、血抜きと皮剥ぎをしてしまいたいと思います」

「ちょうど良い。護衛の一人に得意な者がいるので、この場でやってしまおう。私も残るから、ディック達は構わず進んでくれ」


 不満の表情を浮かべる者も、我先にと馬を進める者達に続いて森の奥に進んでゆく。もしかすると、何者かの思惑を受けていたのかもしれないけれど、ひとまずは回避できたと思って良いだろう。

 こうして序盤で成果を上げ、早々にヴィンセント殿下とその護衛に守られる形で離脱する。自分で捌くのも苦ではないのだけれど、折角なので全てお願いすることにした。待つ間に子鹿が見えたものの、あまり彼らを刺激するのも好ましくは無いので見逃すことにする。私の視線に気がついた殿下は、苦笑いを一瞬浮かべたけれど見なかったことにしてくれたようだ。


 小鳥の囀りを聞きながら待つ時間は、心地よくゆっくりと流れてゆく。戻れば一悶着あるだろうと確信めいた予感があるので、今この時だけは心穏やかでありたい。



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