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頑固者たちへの提言

 地理の選択授業は二年上の学年に混ざっている。当然そこにはエリオット侯爵家のセドリック様がいらして、付かず離れずの距離で受けられている。


 前世の婚約中も、彼とはあまり接することは無かった。近衛騎士を目指す彼は、暇さえあれば剣術や体術に励み、じっとして居られない性格にもかかわらず口数は極端に少ない。街へ出れば歩き通しで、お茶や食事も飲み込んでいるかの如く早いものだから、落ち着けるものではなかった。

 私は私で最初のやり直しだったものだから、運命を変えるためだけに注力していた。

 婚約者が変わったことに喜び、既視感のある出来事に戦慄し、迫りくる卒業のカウントダウンに絶望を抱いた。だからだろう、婚約破棄を言い渡された時でさえ彼の事など頭の片隅にもなかった。只々、家族に類が及ばないように無い知恵を絞り、それ以外に頓着は無かったのだ。


 近衛騎士になるには二通りの道が用意されている。

 持って生まれた家名と美丈夫な容姿によって選ばれる道と、国軍からその実力をもって抜擢される道。当然ながら実力差はあるものの、式典には見目の良い者を使う方が受けも良い。実力のある者は人に街に紛れて王族の護衛に徹する。

 セドリック様は容姿に恵まれ、近衛騎士隊長の父を持つことから表の道が約束されていた。けれどもそれを是とはせず、唯一の主としてベネディクト殿下を選び守ろうとしていたのだから、どのような娘が相手であろうと情など湧かなかったのだろう。ただ貴族の務めとして口を挟まない伴侶を求めただけだった。


「マーリア嬢は地理の知識など得て、いったいどのような場面で生かすつもりなのだろうか」


 なんの気まぐれなのだろうか、授業を受け始めて三月ほど経ったところで話しかけられた。その表情は怪訝と言えるものではなく、嫌悪感を滲ませるものであった。


「お聞き及びかと思いますが、私はテンパートン子爵領で育ちました。彼の地は軍馬や農耕馬の他に競走馬も育てております。同じ馬と言え用途が違えば、育てる環境や餌に工夫を凝らさなければなりません。よりよい環境で育ててあげるために、こうして学んでいるのです」

「馬などどれも同じでよいではないか。丈夫な馬であればそれで良い」

「適材適所でありましょう。隊列の前で騎馬戦をするなら丈夫で重い馬が、伝令として走らすなら持久力がある足の速い馬が良いはずです。それよりもセドリック様はあまりこの授業を大切に思っておられないようですね」


 なぜなら、ベネディクト殿下を筆頭にコンラッド様やブライアン様などは、スキップしていてこの場に居ない。内政にしろ兵法にしろ、地の利を生かすためには不可欠な学問なのだから。一兵力であるならそれでも構わないだろうけども、兵を率いる立場を望むならそれではダメだ。


「戦はチェスとは違うのですよ。味方の被害を最小限に、敵の被害を最大限にするには何が必要でしょうか」

「圧倒的な兵力以外ないではないか」

「ならば同じ考えをもつ無能な上官の下で、最前線の一兵卒として剣を振るいなさい。女である私には例えでしかありませんが、地理や天候などの自然をも味方に付けるような上官の下で、国を守り抜いても生き残れたと肩を叩きあえる部隊で、私なら戦いたい」


 いつの間にか人だかりに成っていたけれど、セドリック様は目を見開いたまま二の句が継げなくなっていた。そろそろ移動しないと次の授業に遅れてしまうと、立ち上がったところで笑い声が聞こえてきた。

 一斉に向けられた視線の先には、従兄であるジャックウィル・テンパートンが立っていた。次はダンスの授業で、彼と同じクラスになったので迎えに来てくれたのだろう。


「相変わらずだね、マーリア。おてんば娘はいまだ健在なようだ。さて、セドリック殿。従妹が失礼な物言いをしたこと、お詫び申し上げる。ただ、近衛隊にいらっしゃるお父上か王都守備隊の伯父上にでも、今日の事を話されるがよかろう。きっと良いアドバイスを頂けると思う。さぁ、マーリア。ダンスのレッスンに遅れてしまうよ」

「分かったわ、ジャック。それでは皆さん、ごきげんよう」


 レッスンが行われる教室に向かう間、ジャックはずっとニヤニヤし続けた。睨んでも表情は変えず、ダンスのパートナーになればまた同じ表情をする。


「いいかげん忘れてください。言い過ぎたと反省しているのですから」

「いや。脳筋にはあれぐらい言ってやらないとな。もっとも、その役目は殿下やその取り巻きがすべきだったろう。いや、それでも変わらなかったと言うべきだろうか」

「ジャックはセドリック様と面識があったのかしら」

「馬術のクラスが一緒だからね。馬に無理を強いる乗り方がいけ好かなくて、何度か口論になったことがある。彼の伯父上が守備隊にいて、剣術の授業に顔を出すことがあって苦情を言ったこともある」


 普段おとなしい優男の従兄は、こと馬の事になると人が変わる事でも有名だった。なにしろ婚約者を選ぶ基準が、うまごやしを含む良質な牧草が豊富に採れる近隣領地なのだと言い切り、牧草の取引を安価で請け負ってくれるならば職位も年齢も容姿も二の次らしい。


「相変わらず、馬の事になると見境が無いのですね。それより、やっと勘が戻って来たのではないですか?」

「ダンスのかい? これでもリードには定評があったんだけどねぇ。いや、お褒め頂き光栄ですよ、従妹殿。君が入学してきた時は、また泣かされるんじゃぁないかとヒヤヒヤしたもんだ」

「泣かせたなんて人聞きの悪い。こんなステップも踏めないのかと言っただけじゃないの。それより! 馬も大切だけれども、嫡男なんだからしっかりした婚約者を早く見つけなさいよね」


 どうもこの従兄と話をしていると言葉遣いが乱れてしまう。野山を駆け回った思い出が強いからだろうと思うけれど、立場上は注意しないといけないだろう。

 繰り返しの人生だからダンスの場数は下手な大人よりも多いはず。手足の長さに慣れてしまえば、大人顔負けのステップだってわけはなかった。それに付き合わせてしまったのは申し訳ないけれど、リードに高評価を頂けているなら泣いたことだって良い思い出でしょって思う。

 私は舞踏会で踊る機会が来ないかもしれないけれど、こうして踊っていただいた方々が将来輝けるように、今は全力でパートナーを務めあげてみせよう。



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