届いた手紙
「これは……俺の名前だ。この手紙は俺に宛てた手紙だ」
「嘘……だってゲンはロックがスカウトされてくることを知らないはずよ?」
「だが弟子がいたって話は聞いたことあるんだろう?」
「でも……こっちの世界の鍵師がロックだけしかいないのならわかるけど、たくさんいる鍵師からロックだけを特定することができると思う?」
「……それはそうだが」
ミューリィが疑問に思うのはよくわかる。そもそも俺だって何故ここで俺宛ての手紙が出てくるのか理解できていない。この日本にどれほど鍵師がいるのか、しかもそこからピンポイントに俺を見つけ出すなど、あたかも砂漠に落ちている鍵を探すようなものだろう。
しかしディノは俺のところにやってきた。そして俺はその誘いに乗って世界を渡り、壁にぶつかり悩んでいる。まさに師匠の言っていた【スカウトしてきた鍵師が困っている】状況になっている。あまりにも出来すぎた話のようでそのまま受け入れることができない。
「それにディノがスカウトしようって言い出したのはゲンが亡くなってからよ? ディノがその考えに行き着くことをゲンが予想してたってこと? だってゲンも治癒魔法が効かなくて亡くなったのよ? 普通なら同じ轍を踏まないようにって考えるはずでしょ?」
「確かにな、だがディノは同じ轍を踏むかもしれない危険を承知で……皆もそれに同意した、だろ?」
「ええ、色々と調べたけど……結論が先送りになったままね」
当時はギルドの存亡がかかっていたから、なりふり構わずといったところだろう。今となってはそのことを責めるつもりは毛頭ない、もし俺が同じ立場に立ったとしたら、同じような選択をしないという自信がない。
そしてこの手紙はそれらをすべて踏破して俺の手に届いた。まるで何かが乗り移ったかのように、あたかも自分の意思を持っているかのように、数々の関門を突破してきたという訳だ。偶然の一言で片付けていいことではないはずだ。
「でもさ……どうして私たちはこの文字を読めなかったのかしら? この文字はこっちの世界の文字なんでしょ? ならディノの開発した翻訳魔法で解読出来ていなきゃおかしいじゃない」
「それが一番の疑問だ。だが俺は魔法については完全な素人、深く悩んだところで答えは絶対に出てこない。だが確実にその答えがある、ここにな」
「それは……」
「この手紙に書かれているはずだ、でなければこの手紙が俺のところに届くことはなかったはずだ」
そう、ここには俺の知らない師匠の隠された一面があるはず。師匠が何を知っているのか、師匠しか知らない何が書かれているのか、それは俺にしか知ることができないはず。
「一応念のためだが……この手紙の中身、読んでみてくれ」
「う、うん……駄目、全然読めないわ」
一応確認のためにミューリィに開封してもらい、中身を確認してもらった。もし魔法的な何かがあれば彼女なら気付くはず。だが取り出されたのは数枚の便箋、それも向こうで使われている羊皮紙ではなく、そこいらで売っている安価な便箋だ。描かれている文字に目を落としたミューリィだったが、すぐに俺に手渡してきた。やはり文面を読むことは出来なかったようだ。
「やはりか……となると、こいつにはかなり重要な内容が書かれているのかもしれない」
「え? どうして?」
「よく考えてみろ、お前を含めて向こうの誰もが読めなかったんだぞ? どうしてもお前たちには知ってほしくない内容があると考えるのが道理だろう?」
「……私たちの誰かが勝手に開けて読む可能性があるから? そこまで信用されてなかったの、私たち?」
「いや、ほかの誰かに盗まれた場合のことを考慮したんじゃないか?」
ギルドのメンバー以外の人間が手紙を非合法な手段で入手するとも限らない。だが絶対に読むことができない文字で書かれていれば、内容が関係ない人間に知られることも無くなる。他に考えられるのは……
「他に思いつくのは……お前たちを巻き込まないようにするためか?」
「私たちを? 私たちはそれなりに実力があると思ってたんだけど……」
俺のつぶやきを聞いてやや不貞腐れた顔をするミューリィだが、そうなるのも仕方ないことだ。ディノにロニーにミューリィ、ガーラント……メルディアのメンバーは腕の立つ奴らばかりで、決して弱くはない。しかしそれは常識の範囲内でのこと、もし常識など意味を為さないほどの存在がおり、それについて何らかの重要なことが書かれているとしたらどうだ?
「お前たちでも手に余るほどのことが書かれているとしたら……そのことを狙っている連中からお前たちを遠ざけるつもりで書かれていてもおかしくない」
「そっか……そうだよね」
少し寂しそうな笑みを浮かべるミューリィ。師匠が自分たちのことを信じていなかったのでは、という疑心暗鬼に陥っているのか?
「心配するな、そんなんじゃないはずだ」
「ロック……」
表情の優れないミューリィの肩をそっと抱く。それだけ危険な内容が書かれていると仮定すると、むしろこの手紙は日本で読まれることまで想定されているんじゃないのか? 絶対にギルドの仲間を巻き込まないように……
全く……どこまで師匠に踊らされればいいんだ? 一体師匠は何を見た? 何を聞いた? 何を経験した? そして……誰を敵に回した? ここまで厳重に保険をかけてまで俺に読ませようとしていることは一体何だ?
「結局こいつを読まなければ……何もわからないということか」
「ロック……」
「心配そうな顔をするな、ここには向こうの世界の関係者は俺たち二人しかいない。それに……俺がついている」
「……ありがとう、ロック」
何の力もないただの鍵師だが、今ここで彼女を支えてやることくらいは出来る。むしろこの手紙を読むことは俺自身の闘いでもあるとさえ思えてくる。こんな安価な便箋数枚に書かれている内容がそれほど重要とは思えないが。
「いいか、読むぞ?」
「うん……」
ベッドに戻り、二人で肩を寄せ合うようにしながら毛布に包まる。ミューリィもこの手紙に書かれていることの重要さがどれ程の重さなのかを感じ取り、俺の腕にしがみつくようにして聞いている。本来なら聞かせるべきではないのだろうが、俺自身も不安で手紙を持つ手が震えていたので聞いてもらうことにした。
情けない話だが、独りで抱え込むには大きすぎる問題のような気がした。でも二人なら、お互い支え合っていれば……何とか耐えられると思ったからだ。文字を読めない彼女のために、俺が朗読するような形で読み進める。
「とりあえず……専門用語の解説は後回しな」
「わかってるわよ」
彼女の肌の温もりが、腕から伝わる心臓の鼓動が俺の力となる。震える手が次第に収まってゆくのをしっかりと感じ取りながら、便箋の文面へと視線を落とした。
**********
《甚六へ
この手紙を読んでいるのがお前であるのなら、俺は既に生きていないだろう。というかこの手紙を書いている今はもう立ち上がることすらできない弱い身体になっているがな。
もしこの手紙を読んでいるのがお前でないのなら、俺は賭けに負けたということだ。だがこれを読むのが甚六、お前であるのなら……俺は賭けに勝った。奇跡的な、いや、天文学的とも言っていいほどにゼロが並ぶ、ごくごく低い、それこそほぼゼロであると表現してもいいであろう低い確率の賭けに。
それは俺の希望の糸がようやく繋がったことだとも言える。あれからずっと、そう、お前が生まれてすぐに起こったあの出来事からずっと追い求めた希望の糸が。
この手紙を届けたのは誰だ? アイラ……じゃないな、あいつはまだそちらに一人で行くほどの力はないはず、あいつらもそんな者には絶対に力を貸さない。ということはたぶんミューリィあたりだろう。ディノはあいつらも警戒してるからな。まぁミューリィはエルフだから魔力切れが厄介だが、色々とそれを補う方法もあるから。それに気づけば問題ないとは思う。無鉄砲ぶりは厄介だけどな》
「おい、言われてるぞ。しかもかなり正確に分析してる」
「う、うるさい」
やはり師匠はこの手紙を俺に届けさせるために書いていたということか。だがあいつらって誰のことだ? ギルドの面々ではないことは間違いないとは思うが……それに俺が生まれてすぐに起こった出来事だと? そんなの初耳だ。
《お前には俺の持てる技術をすべて叩き込んだ。そしてお前は独自に新たな技術を習得して俺を超えるまでになった。少し悔しいところもあったが、師匠として嬉しいという気持ちの方が大きかった。そして再び異世界に渡り、改めてお前の成長が嬉しかった。俺がどうしても成し遂げなかったことを託せる者がいるという嬉しさが》
褒められるのは素直に嬉しいが、今とても重要なことがさらりと書いてあった。一体どういうことなんだ?
「早く続きを」
「あ。ああ、わかった……」
《お前にも、そしてギルドの面々はおろか嫁にさえ言っていなかったことがある。これは成長したお前にしか話せない内容のことだ。他の誰にも聞かれてはならないことだ。もしこれを皆に話すのであれば、それはお前の口から話してほしい。死に際を看取ってくれるであろう仲間たちに秘密を抱えたまま死んでゆくような男が伝えていいことじゃないからな。
それは……俺がこの世界に来るのは……二度目だということだ》
「「 …… 」」
俺もミューリィもその場で固まってしまった。二人で顔を見合わせるが、その衝撃の大きさに声も出せずに身振り手振りで表現しようとするが、全く意味不明の踊りのようになってしまった。それほどまでに師匠が放り込んでくれた爆弾の破壊力は凄まじいものだった。
ついにゲンが抱えていた秘密が明らかに。
読んでいただいてありがとうございます。




