兆候
新章突入です。
ユーフェリアでの一件から数日後、ギルドの営業再開の前に皆の最終調整をするべく、俺たちはクランコへとやってきていた。俺たちの訓練としての理由もあるが、もうひとつ重要なことを任されていた。
『では罠はこことここにすれば……』
「いや、そこだと完全に逃げ道がなくなってしまう。解除すれば進めるという希望を持たせないと誰も挑戦しなくなるからな」
俺たちがいるのはクランコの最奥、ダンジョンマスターの部屋だ。だがそこは洞窟型迷宮のクランコと言われても誰も信じない光景が広がっていた。
「ねぇ、ここ本当にダンジョンなのかしら」
「匂いはクランコのダンジョンだよ?」
「あの人形、とてもかわいいですね」
ミューリィ、アイラ、セラがそれぞれ自分の感想を言っているんだが、そんな言葉が出てくるのも仕方のないことだと思う。確かに今この場所はダンジョンらしいものは一つとして存在していないからな。
白で統一された室内には窓こそないものの、魔法的な光でほどよく明るくなっており、部屋の中央には小さなテーブルセット。そして壁際には大きなベッド。
「べ、ベッドがあるということはここで一緒に寝ているんですか?」
『ええ、そうよ。だって私たち愛し合っていますから』
セラが申し訳なさそうに聞いた質問に、さも当然といった様子で答えるシルファリア。なんというか、同棲中のカップルの部屋に上がり込んでしまったかのような錯覚に陥りそうになるのは決して俺だけではないはずだ。
ひとしきり女子会のようなトークが繰り広げられた後、本題に入った。シルファリアもジンノもダンジョンマスターとしてはまだ初心者だ。いくらダンジョンコアから様々な知識を与えられているとはいえ、その知識の活用方法までは教えられていない。そこは自分たちで試行錯誤しながら覚えていかなければならないらしい。
そこでノワール経由で話が回ってきた。シルファリアはダンジョンの罠や宝箱の配置を、ジンノはモンスターの配置を担当するようで、俺とミシェル、アイラ、セラ、ミューリィはシルファリアに、ロニーとガーラントはジンノに様々なアドバイスを与えていた。
『ですが侵入されてしまうのは……』
「かといってあからさまなのは逆効果だぞ。確かに物量で攻めるという方法もなくはないが、あまり現実的じゃない。罠というのは攻略する側にとって如何に嫌らしく感じる場所に仕掛けるところに意味がある」
テーブルの上にはクランコの地図が広げられている。ダンジョンマスターが変わった場合、内部の構造が変わることも多いらしいが、今回はシルファリア達の魔力が足りなくなる可能性が高いので配置はそのままにしている。なので罠の配置を変えることで簡単に攻略させないようにしようというわけだ。そこでダンジョン内の罠などについての助力を俺に求めてきたというわけだ。
『つまり嫌がることを考えておけ、と?』
「ちょっと険のある言い方だが間違ってはいない。例えば泥棒対策の仕掛けをするには泥棒の視点と思考を持ってみるのが一番だからな。この地図で言えば……そうだな、この通路を見てみろ。例えばこの中央部に難易度の高い罠を仕掛けたとする。それを時間をかけて解除して、ほっと一息ついて後ろに下がったところに落とし穴なんて面白いと思わないか?」
『確かに面白いですね、緊張の糸が切れそうなところを狙うんですね』
「ああ、極端なことを言えば落とし穴も浅いものでいい。こんな簡単なものにあっさりと引っかかったという精神的ダメージが尾を引くんだ。こういうダメージはそう簡単に抜けない上に少しずつ解除の精度を乱す。簡単な罠のほうが魔力の消費も軽いだろう?」
『魔力の消費まで……そこまで考える必要があるのですね』
シルファリアが感嘆の声をあげているが、そのくらい俺にとっては難しいことじゃない。防犯対策のための工事はいくつもこなしてきたし、そのためのシステム構築も経験済みだ。魔力の消費なんて難しい言い方をしているが、防犯センサーに電力を供給するイメージに置き換えればどうってことはない。
防犯センサーは何台でも接続していいものじゃない。当然ながら供給できる電力には上限があり、それを超えるとシステム自体が成立しない。当然ながらあ電源装置をもっと高出力なものに変えれば問題解決だが、コストは上がるし装置そのものがワンサイズ、いやツーサイズくらい大きくなるので置き場所に確保するのに苦労する。なので接続する端末機器の消費電力を計算しながらシステム構築をする。こういう仕事も最近の鍵屋には多いので、電気関連の知識は必須だ。
「いつも思うんだけど、ロックって本当はダンジョンで産まれたんじゃないの?」
「どうしてそうなる」
ミューリィが胡散臭そうな目で俺を見ている。俺は生粋の日本人だぞ?
「だってダンジョンの罠の仕組みも解明するし鍵だって開けるでしょ。それにモンスターに好かれてるじゃない」
「一部の、が抜けてるぞ」
モンスター全てに好かれているわけじゃない。桜花やノワール、それにミシェル、フォレストキャッスルのマスターもそうだが、こちらと意思疎通ができるモンスターに限られている。さすがにスライムやマンティスとの意思疎通はできていない。
「そもそも俺はスカウトされて来たんだぞ?」
「そうだよ! ロックは私が連れてきたんだから!」
アイラが頬を膨らませて俺の擁護にきてくれた。何故ダンジョンの仕組みがわかるかと聞かれれば、ダンジョンの罠の仕組みが俺の知識に近いものがあったとしか言えない。その理由についてはまったくわからないことだらけだ。鍵の構造にしても俺の知識と近いので対応できているに過ぎない。もしかするとこちらの世界は魔法で対応できるものが多すぎて物理的なものはまだまだ発展途上ということなのか? それにしては元の世界の錠の歴史を順当になぞってきているような気もしないでもないが。
「まだ踏み込みが甘いよ、剣を振った後に体勢を崩さないように。ただ強引に振り回すんじゃなくて、一撃の鋭さを重視したほうがいいよ」
『はい!』
耳を澄ませばこんなやり取りが聞こえてくる。隣の部屋、所謂ボス部屋ではロニーとジンノが手合わせをしている。だが聞こえてくる言葉からはほぼ一方的にロニーがあしらっているようにしか聞こえないが。
「もっと腰を落として重心を低くするといい。見た目は不格好に感じるかもしれないけど、振り終わった後の姿勢が安定するから切り返しが速い。鋭い斬撃で手数を多くすれば大概の相手に主導権を握ることができるよ」
『もし大技を使おうとしたらどうするんですか?』
「それをのんびり待ってあげる義理はないよ。だって君は大事なお姫様を護る騎士である前にモンスターだ。人間のやり方に付き合って戦うことに意味なんてない。技に入られる前につぶせばいいんだ」
ジンノはシルファリアのことが本当に好きなのが伝わってくる。彼女を護るためには今の自分では力不足と自覚したのか、ロニーに頭を下げて剣の教えを乞うた。頭を下げた際に頭が落ちて転げたときには思わず笑いが起きたが、彼はそれに怒ることもなく頭を下げ続けた。ロニーとしてももう遺恨は残っていなかったようで、喜んで引き受けた。
「他人に教えることで自分の欠点が見えてくることもあるかと思ってね」
そう言って笑っていたロニーはどこかすっきりとした表情だった。以前はどこか軽い印象があったんだが、今は心に余裕が感じられるようになった。しっかりと根をはっているというイメージだ。
『それでどうなの? モンスターの発生は順調?』
『まだまだですね。やはりコアが持ち出されていたせいで細部への魔力供給が滞っている箇所が多いです。時間をかけて少しずつ魔力を浸透させていくしかありませんが』
『私はもうロックの従魔になっちゃったから協力できないけどね』
シルファリアとは知己のミシェルは特段興味なさそうにしている。確かに彼女はもともとシルファリアとのつながりはない。だがその言い方は少々冷たい気もするが。
『いえ、いいんです。そもそも皆さんに助力を仰いでいる私たちが異常なのです。本来ならば何も知らない状態で一から始めなければならないのですから。もしその途中で討たれたとしても仕方のないこととして割り切らなければならなかったんです』
『そうそう、それがダンジョンの掟なんだからさ。あの黒竜ちゃんにはしかり感謝しないとダメよ』
今回の計らいはノワールの尽力が大きい。黒竜ほどの高位な存在であればダンジョンのバランスを調整してモンスターの発生のバランスを整えたりすることも義務として認識しているそうだ。
では何に対しての義務かといえば、それはこの世界そのものに対してだ。この世界で最も多い生き物はやはり人間らしいが、どんなに頑張ったところでこの世界の摂理を捻じ曲げることができる人間は数人でしかない。たったそれだけで世界中を調整するなんて無理な話で、しかもこの世界の人間はダンジョンを安定させようとした【落ちた女神】を崇拝していない。モンスターたちにとっては文字通りの女神である存在を信じていない人間には任せられないということだろう。
『そもそも何を根拠に堕ちたと判断するの? あの方はこの世界すべてを護ったというのに』
とノワールが腹を立てていたことを思い出した。簡単に言えばモンスターの領域のことはモンスターがやるから黙っていろということらしい。まぁそのおかげで一部の心無い人間がダンジョンを独占してしまうなんてことが起きないというのは喜ばしいことだろう。
『ねぇ、そろそろこっちも……』
「ああそうだな、せっかく宝箱のモンスターと仲間になれたんだし」
『あら、私は仲間よりも恋人のほうがいいんだけど? それとも下僕や奴隷といった扱いをしたいタイプ?』
「冗談はそれくらいにしてくれ。いくら訓練だからといって遊び気分でやって上達なぞするものか」
『はいはい、でもそういう真摯なところも惹かれちゃうんだけどさ』
そう言いながらミシェルが宝箱へと姿を変える。こうやって本物のダンジョンの宝箱で練習できるなんて機会は普通に考えればあり得ないだろう。錠の難易度もある程度なら自在にできるなんてすばらしいの一言に尽きる。
「…………?」
「どうしました?」
「大丈夫?」
一瞬だが、胸の奥に小さな痛みを感じたような気がした。小さな針でつついたような、とても小さな痛みはほんの一瞬で消えてしまったが、確かに感じた。
「大丈夫だ、俺のことよりも自分の心配しろ。ミシェル、失敗したらきつめのお仕置きを頼む」
『了解、任せて。思いっきり過激なの用意しとくから』
そんな宝箱に対して道具を持って相対する二人を見守りながら、先ほどの胸の痛みが何なのかを思案する。だがいくら考えても理由がわからない。俺自身は健康そのもので、大病なんて一度もしたことがない。あるとすれば先日のあの大怪我くらいなものだ。おそらく筋肉痛の一種か何かだろう。すぐに収まるくらいだから問題にならない。そう自分に言い聞かせながら、アイラとセラの練習を見守っていた。
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