㊹
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その日、ヴァージルは世界を恨んだ。
「あ、あ、あねうえ、い、い、い、いま、なんと?」
ガクガクしながら、弟はほんのり頬を紅く染めて報告する姉を見た。といっても、視線は外れている。姉はちょっと横を向きながら、言葉だけで弟に衝撃を与えていた。
「あの、キリアム様と、そのお付き合いをすることになったの」
「お付き合い……やっぱり聞き間違いじゃないんだ……いや、待て、まだそっちのお付き合いとは限らない。そうだ、たとえば、どこかのお店に行くだけとか、弟に贈るプレゼントを選ぶのに、男の人の意見を聞きたいだけだとか……」
勝手にアンジェラからプレゼントを贈られる予定を入れ込んだヴァージルの言葉に、アンジェラは、確かにこちらに来てから弟にはハンカチくらいしか上げていないので、もうちょっと実用性のある物をプレゼントしようと決めた。
半分、照れ隠しの気持ちは入っていたけれど。
「そうじゃなくて、ちゃんとした男女のお付き合いです」
「おのれ、スーシャ副騎士団長。足も速ければ、手も早かったか」
「足の速さは関係ないと思うけど?」
「助けられたからそんな気持ちになった、とかじゃなくてですか?」
「違うわよ。キリアム様とはその前からの知り合いだし。普段、会っている時から自然に好きになっていった感じかな」
「姉上……」
時間を無駄にしていたヴァージルは、これからたくさんアンジェラと一緒に過ごすつもりでいた。
アンジェラの方が先に卒業して寮を出てしまうが、ヴァージルが卒業したらどこかの家を借りて、姉弟仲良く住むつもりでいた。
一緒に旅行に行ったりしたいと思っていた。
その計画が、一瞬で壊れた。
けれど、こうして頬を染めるアンジェラがキリアムに対する特別な気持ちを持っているのは確定だし、あの男だってアンジェラに対して少々……ちょっと……いや、だいぶ過保護だった気がするから、きっとその頃からアンジェラに気が合ったに違いない。
「ヴァージルは、反対する?」
ちょっと不安そうな顔をしたアンジェラに、そんな顔をさせるつもりはなかったヴァージルはぐっと堪えて答えた。
「……姉上が幸せなら、それなら……」
それなら、仕方がない。
ベルナルドのように、アンジェラを好き勝手するような人間でもないだろうし、アンジェラが幸せなら、仕方がないから納得しよう。
「でもどんな理由であれ、姉上を泣かせたら、一発殴ります」
「ふふ、がんばってね」
実家では見たことがない幸せそうに笑うアンジェラに、ヴァージルも微笑んだ。
ヴァージルの下には、兄からサマンサとベルナルドの様子が書かれた手紙が届いていた。
サマンサは、帰ってからも自分優先の好き勝手な要求を兄にしたようだが、兄はそれをまともに聞くこともなく、父母のいる田舎に送ったそうだ。その内、サマンサの望み通り、お金持ちの家に嫁がせると書いてあった。ただ、相手はディウム王国よりももっと小さな国の人間だそうなので、嫁ぎ先に派手に夜遊びが出来るような場所はないらしい。
ベルナルドは、兄の手紙と一緒に姉宛の長ったらしい未練タラタラな手紙を書いて寄こした。
どこかの騎士団の下っ端文官になるらしいので、そこで一から根性をたたき直す予定らしいが、この調子だと、本当に姉のことを諦めるかどうかは分からない。
なので、姉には、誰かと恋仲になってもらって、もしベルナルドが見ても幸せそうな姿を見せつけてやればいいと思っていたが、こんなに早く見つけてほしいとは思っていなかった。
せっかくこれから姉と一緒に出かけたり、買い物に行ったり、もっと姉弟らしく甘えてみようと思っていたのに、全部キリアムに持っていかれてしまうようだ。
けれど、それも仕方がない。
ヴァージルはベルナルドの手紙をアンジェラに渡すつもりはなく、どうしようかと思っていたら、うっかり間違えてゴミ箱に捨ててしまった。
あくまで、うっかりミスだ。
もし、ベルナルドに追求されたら、そう答える気でいる。
人間、誰しも間違ってしまうことはあるので、これも仕方のないことだと一人で納得していたのだった。




