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「死んだと思え?アンジェラのことを?冗談は止めてくれ」
「いいえ、私は本気です」
アンジェラの言葉を鼻で笑ったベルナルドに、アンジェラは真剣な顔でそう言った。
アンジェラの中では、ベルナルドとの関係はすでに終わっている。
婚約者だったことも、会う度に嫌なことを言われたことも、図書館で会っていたことも、全ては終わった過去の出来事であり、それ以上になることはない。
言い方は悪いが、ベルナルドは過去の亡霊のような存在だ。
そうアンジェラが思っていても、ベルナルドは納得していない。
……こんな人ではなかった。
かつてアンジェラは、彼が羨ましかった。
自分に自信があって、堂々と表を歩いている姿を部屋の窓からそっと見ていたこともあった。
当時のアンジェラは、どうして自分一人だけ家族から疎まれているのか分からず、これから先、どうやって生きていけばいいのか、ずっと悩んでいた。
そもそも生きていてもいいのかどうかも分からなかった。
そんな自分と違って、楽しそうに笑って生きてる彼が眩しかった。
それと同時に、彼から離れなければいけないと思ったのだ。
家族と一緒にアンジェラを嫌う彼の傍にいたくないという気持ちもあったが、アンジェラがいることで彼の笑顔が消えてしまうのが嫌だった。
考えに考えた末、アンジェラは国から出ることを選んだのだ。
ある意味、アンジェラの背中を押してくれた存在でもある。
だから、アンジェラはずっと彼はあの時の笑顔のままでいると思っていたのだ。
こんな風に憔悴して、顔色を悪くしているとは想像もしていなかった。
「ベルナルド様、私は、私が消えれば誰もが幸せになると思っていました」
「……そう思わせたのは俺たちだな……。だが、実際は違う。アンジェラがいなくなってから、全ての歯車が狂ってしまったんだ。あの家は……いや、君の家族も含めて俺たちは、全て君を中心に回っていたんだ。こういう言い方はあれだが、君を中心に置いて君を嫌うことで、周りにいた俺たちは繋がっていたんだ。その中心だった君がいなくなって、全て崩壊したんだ……」
「……私は、あなた方の生贄ではありませんよ。それにずいぶんと自分勝手ですね。勝手に中心に置いて罵倒して、そんな扱いに耐えていた私がいなくなったから崩壊した?馬鹿馬鹿しい。そんな脆い繋がりなんて、私のことがなくてもすぐに崩壊していたと思いますよ。脆すぎます」
「アンジェラがいるから成り立っている家だったんだよ。君は母君やサマンサたちが、君の名前で好き勝手していたのは知っているだろう?」
「はい。詳しくは知りませんが、噂の範囲では。色々と教えてくれる方々がいましたので」
嫌みという形でアンジェラにわざわざ教えてくれる人間はいた。なにせ、ベルナルドもそんな一人だったのだから。
「君がいなくなってもあの人たちはそれを止めなかった。でも、君がいなくなったことは、わりと早く社交界に広がったんだ」
何となくアンジェラの脳裏に、彼女をフレストール王国まで連れてきてくれた外交官の笑顔が思い浮かんだ。
あの人ならそれくらいの噂、すぐに流せる。
彼なりの、ちょっとした置き土産だったのかもしれない。
過去に流れたそれらの噂も全て事実無根だと印象づけるための。
いつかアンジェラがディウム王国に帰ることがあったら、堂々と帰れるように。
「社交界では君の家族は笑われていた。ヴァージルだって、姉の嘘の噂を流していたって同級生たちにからかわれていたんだ。俺も色々と言われた。それで思ったんだ。俺たちは、いつも君のことを話していた。もちろん、それは悪いことばかりを話していたけれど、共通の話題はいつも君のことだったんだ」
サマンサが新しいネックレスを買ったと言えば、その時は褒めた。でも、それだけで、それ以上の話は続かなかった。いつだって続くのは、アンジェラの話をした時ばかりだった。
「自分より下の人間がいることに安心感でも覚えたのではありませんか?」
「あぁ、きっとそうなんだろうな……」
アンジェラを見下すことで、自分たちは上の人間なのだという安心感を得ていた家族だった。
だからこそ、その要であるアンジェラがいなくなって崩壊した。
最低な人間たちだな、と今更ながらにベルナルドは気が付いたのだった。




