㊲
読んでいただいてありがとうございます。
やはり、アンジェラがいい。
サマンサではない。
サマンサは、物事をあまり深く考えない。
それに我が儘で自分勝手な女性だ。
それに比べて、アンジェラは思慮深く、よく周りを見ている。
貴族の妻にどちらが相応しいかと聞かれれば、間違いなくアンジェラだと断言出来る。
「アンジェラ、国に帰ったらすぐに結婚しよう。そうしたら、あの家から出られる。ご両親のことはブレンダン殿が何とかするだろう」
アンジェラを連れ帰ることばかり考えていたが、すぐに結婚すればいいだけだと気が付いた。
アンジェラは、一度は家に帰らなくてはいけないだろうが、すぐに結婚すれば出られるのだ。
その程度の短い期間なら、アンジェラも耐えられるだろう。
だって彼女は、長い間、あの家で耐えられた女性だ。
それに比べればベルナルドが迎えに行くほんのわずかの短い期間くらい、簡単に耐えられる。
「すぐに迎えに行くよ。ほんのわずかな期間だけ、あの家で耐えてくれ」
アンジェラにとっても悪い話ではないはずだ。
彼女は、この国に身内がいない。
つまり、彼女に婚約者を世話する親族がいないことになる。
アンジェラだって、きっとこのままだと結婚に困るだろう。
そう思ったのだが、アンジェラは始め驚いた顔をした。
「……は?」
「この国に身内のいない君では、婚約者を探すのにも苦労するだろう?」
「だからと言って、私が耐える前提の話?」
どうして、わざわざ自分からあの家に帰って、再びあの境遇に耐えなければいけないのだろう?
あの家が嫌で国を出て、こちらで楽しく生きているのに、この元婚約者はまたあの家に帰れとか言う。
正気ですか?、と聞きたくなったのは、仕方がないと思う。
アンジェラの婚約者を探す身内がいない?
そんなの後見人の宰相閣下にお願いすれば、アンジェラと合うほど良い人を紹介してくれるだろう。
何より、ベルナルドの勝手な言い分に腹が立った。
迎えに行く?
あなたが全く以て当てにならないからさっさと出て行った人間に対して言う言葉じゃないだろう。
あの家にいた時に言ったのならまだしも、どうして解放された今になってこんなことを言い出したのだろう。
「私、あなたと結婚する気はこれっぽっちもありませんよ」
「婚約者だ」
「元、ですね。ディウム王国にいた時でさえ、名ばかりでした。あなたは家族からサマンサの夫になる人物だと目されていましたから。年齢が上の私にいないと体面が悪いから私の婚約者にされていただけで、実質はサマンサの婚約者でしたよ」
「俺の婚約者はアンジェラだ」
「夜会にはどなたと行かれていましたか?ファーストダンスは?連続した二曲目は?外で腕を組んで歩いていた相手は?」
それは全てサマンサだった。
婚約者のアンジェラとしなくてはいけないことを、全てサマンサと行っていた。
「それに対して、誰か文句を言いましたか?」
誰も彼もが、お似合いだと微笑んで言っていた。
今なら分かる。
身内はともかく、他の人間は、心の中で笑っていたのだ。
滑稽な者同士、本当によくお似合いだ、と心の中で馬鹿にしていたのだ。
「ベルナルド様、もう私のことは忘れてください。いえ、最初からいなかったのですから、このままそっとしておいてください。もし、私がどこかでの野垂れ死ぬような結果になっても、あなたやあの家の人には関係のないことです。それでいいではありませんか」
どこか歯車が狂ったような感じを受けるベルナルドに、アンジェラは静かな声でそう言ったのだった。




