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アンジェラに愛しい弟だと言われるヴァージルに、ベルナルドは嫉妬した。
彼女に愛しいと言われる権利は、元々ベルナルドにあったはずだ。
一度は手放してしまった権利だが、アンジェラが頷いてくれさえすればきっと元に戻る。
そのためにも、ベルナルドは今からアンジェラを口説かなくてはいけない。
誤解を解き、もう一度婚約者になって一緒に祖国に帰るのだ。
代わりにサマンサを置いて行く。
サマンサもこちらにいたいようだから、同じ伯爵家の令嬢同士が交代するだけだ。
何も問題などないだろう。
ベルナルドは、自分勝手にそう決めつけていた。
ブレンダンにアンジェラに近付くなと言われたことなど、もうどうでもよくなっていて、アンジェラさえ連れ戻せばどうにかなると思っていた。
ベルナルドはアンジェラの後見人が誰か覚えていない。
覚えていないから、そんな無謀で適当な思い付きでも実行した。強引に連れ去りでもしたら、国家間の問題になるとは思ってもいなかった。
「ベルナルド様は、サマンサを連れ戻しに来たのですよね?」
「確かにブレンダン殿にはサマンサのことを頼まれはしたが、サマンサよりも今はアンジェラの方が優先だ。なぁ、アンジェラ、俺と一緒に国に帰ろう?」
誰が見てもはっきりと分かるくらい下心満載の笑顔に、アンジェラの顔が若干引きつったのは仕方がなかったと思う。
ここまで、ぞっとするような笑顔は久しぶりに見た。
父母もなかなか嫌らしい笑みを浮かべてはいたが、あれは嫌悪感を抱くものであって、ぞっとするような笑顔ではなかった。
「ベルナルド様、私があの家でどのような扱いを受けていたのかお忘れですか?」
ベルナルドだって、当事者の一人だ。
そして、アンジェラの味方ではなかった。
「もちろん覚えている。俺も君に強く当たってしまっていたから。そのことは悪かったと思っているけど、今、あの家はブレンダン殿が掌握している。ブレンダン殿はアンジェラの味方だ。だから、帰っても大丈夫だろう?」
「そもそもあの家に帰りたいと思っていません。思ったこともないですね。それにいくらお兄様が実権を握ったと言っても、お父様とお母様が色々と口出しをしてくるでしょうから、うるさいと思いますよ」
「ブレンダン殿は、ご両親を領地に行かせると言っている」
「それは何年後のことでしょうか?それに、家にいるのがお兄様だけならあの二人も大人しくしているでしょうが、もしそこに私という人間がいれば、間違いなく干渉してきます。あの二人は、私が少しでも幸せになるのが許せないようですから」
アンジェラは、自分の両親のことを言いつつも、妙に情けない気持ちになってきた。
どうして私があの二人のことを、この人に説明しなくてはいけないのだろう?
関係が最悪だった私と違い、この人はあの二人とも仲が良かった。
お気に入りのサマンサの将来の夫になる人だったからか、あの二人も気を遣っていたと思う。
アンジェラにとってはどうでもいい人たちに成り下がった両親だけれど、他の兄弟姉妹にはそれなりにきちんとした両親だったはずだ。
そう思ったところで、今度は笑えてきた。
「……ふふ」
「何故笑うんだ?」
急に笑ったアンジェラに、ベルナルドが困惑したような顔になった。
「私にとっては要らない両親なのに、私の邪魔だけはちゃんとしてくるんだろうな、ということは分かるんです。ある意味、あの二人のことをものすごく理解しているんですよ?面白いと思いませんか?」
「それは……」
「もちろん今までの言動や扱いなどからの推測ですが、私、あの二人に関しては外したことがないんですよ。自分で言うのも何ですが、すごいですよね」
一度笑い出したら止まらなくなったのか、アンジェラがくすくすと笑いながらそう言った。
ベルナルドは笑うアンジェラを見て、少し怖くなった。
アンジェラとしての笑顔を初めて見たけれど、その笑顔があまりに綺麗で無邪気で、嫌っている相手のことを言う時の顔ではない気がした。
「アンジェラ……」
ベルナルドは、怖いけれど、ますますアンジェラに惹かれていくのを止められなかった。




