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商人であるマルコスの家に滞在中のサマンサは、届いた手紙を読むと怒って破った。
「あー、もう!誰も彼も大人しくディウム王国に帰った方がいいなんて書いてきて!私のために働こうっていう気はないのかしら!」
何通か届いた手紙は、ディウム王国にいる時に知り合ったこの国の人間から届いたものだ。
ディウム王国に彼らが滞在していた時にサマンサとは知り合い、それからよく遊びに出かけていた。
王国の夜遊び場を巡り、賭け事に興じていた友人たちだ。
その関係性はフレストール王国に戻っても変わらないと思っていたのに、彼らから来た手紙には、もめ事を起こす前にディウム王国に帰った方がいい、と書かれていた。
もめ事も何も、サマンサ本人は自分が何かしらの元凶になっているとは思ってなんかいない。
ムカついてさらに手紙をグシャッと握りつぶすと、控え目なノックがされて、怯えたようなメイドがサマンサへの来客を告げた。
「あら、そう。すぐに行くわ」
サマンサを尋ねて若い男性が来たと聞いたサマンサは、ようやく友人の一人が来たのかと思っていた。
「遅いけれど、他の人たちよりはマシね」
手紙だけ寄こして誰も挨拶にも来ない連中より、遅れてでもこうして来た人の方がはるかにマシだ。
サマンサは来客が友人だと思っていたのだが、応接間にいたのはベルナルドだった。
「ベルナルド様?どうしてここへ?」
サマンサは驚きと同時に、内心でにんまりしていた。
アンジェラがいなくなってから、ベルナルドはつまらない男になってしまっていた。
サマンサに対してもそれまでみたいに積極的に関わろうとせず、話をしていても上の空の状態が続いていた。
だからサマンサは、ベルナルドと距離を置くことにしたのだ。
母に頼み込んで他国に行けば、サマンサの好みの男性に会えるかもしれないし、サマンサが傍からいなくなることでベルナルドが彼女のことを一生懸命探して迎えに来てくれるかもしれない。
サマンサにとっては、どちらでもいいことだ。
だからこうしてベルナルドがサマンサの前に現れたということは、やはりサマンサでなければいけないのだと、ようやくベルナルドが気が付いたということだと思い、にんまりしたのだ。
姉ではなく、この自分こそが相応しいのだ、と。
「サマンサ……」
「ふふ、ベルナルド様、迎えに来てくださったの?」
「……あぁ。ブレンダン殿も心配している」
「お兄様ってば、私は大丈夫なのに、大げさね。でも、ごめんなさい、ベルナルド様。私、もう少しここにいたいの」
こうして見ると、やはりベルナルドもサマンサの好きな顔だ。
キリアムとベルナルドでは、持って居る雰囲気も違う。
キリアムが洗練された騎士ならば、ベルナルドは正統な貴族といった感じだ。
どちらも好みだが、兄たちはベルナルドに嫁げと言うだろう。
最終的にはそれでもいいが、もう少しこの国にいたいという気持ちの方今は強い。
「……それはなぜだ?」
「なぜって、せっかくフレストール王国に来られたのよ。もう少し楽しみたいの」
「……サマンサ、君、この国で誰かに会った?」
何となくベルナルドの瞳に暗い光が宿っているような気がして、サマンサは歓喜に震えた。
ベルナルドという家族の認めた相手がいるのに、サマンサがフレストール王国で他の男に会ったかもしれないと思って嫉妬している。
あぁ、やはりベルナルド様にとって私は特別な人間なのね。
でもだめよ。
秘密の恋もしてみたいの。
もう少しだけ我慢してね。
なるべく心の中のことを表に出さないように、サマンサは笑顔を作った。
「ヴァージルお兄様に会ったわよ」
キリアムのことはまだベルナルドには秘密にして、当たり障りのない相手であるヴァージルの名前を出した。
「……ヴァージルだけ?」
「えぇ、そうよ。ヴァージルお兄様の方が先にこちらに留学にいらしてるから」
「……そう。他には?」
「他? 他はいないわ」
「……俺もフレストール王国で行きたい場所がある。だが、さすがに一緒に帰らないとブレンダン殿に怒られるから、帰る頃に迎えに来る。それまでに荷物の整理だけはしておいてくれ」
「……嫌よ」
「サマンサ、今の当主はブレンダン殿だ。彼に逆らうのは得策じゃない。嫌だろうが何だろうが、一度は戻れ。でないと、最悪の場合、伯爵家から籍を抜かれるぞ?」
「お兄様はそんなことはしないわ!」
しないとは思うけれど、確かに最近のブレンダンはどこかおかしかった。
ベルナルドの言う通り、ちょっとしたことは言ってくるかもしれない。
それはそれで長くて嫌だ。
「なら、帰りにもう一度来るから」
「えぇ」
「それと、本当にヴァージル以外には会っていないんだな」
「そうよ」
「分かった」
それだけ聞くと、ベルナルドはさっさとマルコスの家から外に出て行ったのだった。




