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読んでいただいてありがとうございます。前作「それは当たり前じゃないから」が8/25に電子書籍で発売されました。よろしくお願いします。

 翌日、怒るヴァージルと正反対に、サマンサはご機嫌な様子で、昨夜出会った男性について考えていた。

 昨日の夜に見回りをしていたということは、間違いなくこの国の騎士だ。

 フレストール王国の騎士に自分が嫁げば、伯爵家として王国に繋がりも出来るし喜ばれるに違いない。

 昨日の彼は、下の騎士たちに命令を下していたし、きっと騎士団の中でもそれなりの地位にいる人間なのだと思う。

 出来れば爵位を持っているのが一番の理想だ。

 生家と同じ伯爵家ならいい。もちろんもっと上ならなおいい。

 下でも当主、もしくは将来的に当主になる人物なら別にかまわない。

 サマンサの目には、姉の婚約者だったベルナルドとは全く違う騎士という職業の男が輝いて見えた。

 

「聞いているの?サマンサ」


 ヴァージルの苛立つ声がうっとうしい。

 せっかく色々と考え事をしているのに、兄に邪魔をされた。ため息を吐きながらも、サマンサは適当に相手をするしかないと思った。


「はいはい、聞いてますわよ。昨日はちょっと変な人間に絡まれただけじゃない。でも騎士の方が助けてくれたわよ」

「そうらしいね。だけど、それは本当に偶然なんだから、いつでも誰かが助けてくれるとは限らないんだよ」

「どうして?今までだって、誰かが助けてくれていたじゃない。だから、私やお姉様は危険な目に遭ったことなんてないのよ」

「それは……」


 ヴァージルはサマンサに本当のことを言うべきかどうか迷った。

 ディウム王国でサマンサたちが無事だった理由は、彼女たちがいい金づるだったからだ、なんて言ってもサマンサは信じないだろう。


「今まで無事だったのよ。これからもきっと私は大丈夫なのよ。そういう運命なの」


 自信たっぷりに言うサマンサに、今度はヴァージルがため息を吐いた。

 その謎の自信はどこから来るのだろう。運命って何だよ。


「サマンサ、お前が自分のことをそういう運命だと思っていたとしても、自分の身は自分で守るべきだ。危ないことはしない方がいい。まして、ここは異国なんだぞ」

「なら、昨日の騎士に守ってもらいたいわ」

「は?」

「昨日、私を助けてくれた騎士よ。あの方、格好良かったから、私が嫁いであげるわ」

「……お前、何言ってるんだ?そんなこと出来るわけない!彼はこの国の騎士だ。お前の都合で振り回していい相手じゃない」

「お兄様、私はディウム王国の伯爵令嬢よ」

「誰にも呼ばれてもいないのに、勝手にここに来た人間だ。それにおまえが伯爵令嬢だとしても、この国に騎士に命令する権限なんてあるわけないだろう?そんなことも分からないのか?一体、何を学んできたんだ」


 サマンサの言葉に、ヴァージルは頭が痛くなってきた。

 そもそもディウム王国とフレストール王国では国力が違いすぎる。当然、フレストール王国の方が上だ。たかが小国の伯爵家の、それもただの令嬢が王国の騎士をどうこう出来るはずがない。

 さらに、嫁いであげる、とはどこまで上から目線なのか。


「お前にはベルナルド殿がいるだろう?アンジェラ姉上から奪ったくせに」

「嫌よ、ベルナルド様は。だって、あの人、つまらないんですもの。最近は、まともに会話も出来ないし」

「会話も出来ない、ねぇ。それって、お前とベルナルド殿がいつもアンジェラ姉上のことしか話さなかったからじゃないの?アンジェラ姉上の悪口言って盛り上がっていたのに、本人がいなくなったから共通の話題がなくなっただけじゃない?」

「な!」


 サマンサが絶句して、プルプルと震えだした。

 顔も赤くなってきている。

 それが本当のことを指摘されて恥じているのならまだいいが、サマンサは単純に馬鹿にされたと思って、瞬間的に沸騰したのだろう。


「うちはみんなそうだったよね。誰も彼もがなんだかんだとアンジェラ姉上の悪口を言って、姉上を貶めて優越を感じていた。お前たちは新しいドレスや宝石を手に入れるとすぐにアンジェラ姉上に見せびらかしていたよね。その時の自分たちの顔を見たことはある?まるで悪魔のように歪んでいたよ」


 それはきっと自分も同じだったけれど、自分はまだこちら側に帰って来られた。

 けれど、サマンサはまだその世界にどっぷりと浸かったままだ。

 誰かを貶めて自分が上だと確認し、見目麗しい人を連れて歩くのは、誰かのうらやましいという視線や言葉がほしいから。

 相手のことなど、一切考えることはない。

 大切なのは、自分だけ。

 親や兄弟姉妹でさえ、自分だけを輝かせるためならどうなってもいいと思っている。


「サマンサ、お前に何かあっても、僕も兄上も助けないと思ってくれていいよ」

「……何で?」

「何でって、ここまで言っても止める気がないお前がどうなろうと、もう仕方ないじゃないか。こっちは止めました、でも勝手に動いたんですって言うしかない。兄上からもうすぐ手紙が届くと思うから、それを見たら大人しく帰れ。僕は忠告はしたよ」


 そう言うと、ヴァージルは諦めた表情で帰って行った。

 部屋に一人残されたサマンサは、ヴァージルの言葉を思い出して飾ってあった花をぐしゃりと握りつぶした。


「……いいわよ、勝手にするわよ。私は運が良いんだから」


 サマンサは握りつぶした花を床に捨てると、そのまま部屋を出て行ったのだった。




 与えられた部屋で書類を書いていたキリアムは、一段落がついたのでぐっと身体を伸ばした。


「書き物は肩が凝るな」


 肩を自分で揉んでいると扉がノックされて、部下が入って来た。


「副団長、昨日のお嬢さんについて分かりましたよ」

「ほう。どこのお嬢さんだった?」


 昨夜助けた女性は、貴族だったのだが、あまり見かけたことのない女性だった。

 そもそもあの時間に、あんなあからさまに貴族ですという服装で一人で歩いていることがおかしかった。

 この国の貴族令嬢だと、よっぽどのことがない限り、あんな時間にあんな場所で一人ではいない。


「どうもディウム王国の伯爵家の令嬢のようですよ。今は商人のマルコスの元に滞在しています」

「ディウム王国?」

「はい」


 最近、どうもディウム王国の人間に会うことが多いようだ。


「……面倒くさいことにならなければいいんだが……」

「副隊長がそう言う時は、だいたい面倒くさいことになるので、備えておいた方がいいですよ」

「……だよなぁ」


 キリアムのこういう勘は当たるのだ。

 部下の同情するような視線を感じながら、キリアムはため息を吐いたのだった。

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― 新着の感想 ―
キリアムさん、逃げて〜 そいつ助けてやる価値ないから〜 …でも無視できないんだろうなぁ仕事柄。どんまい。
キリアムさん、その勘、大当たりですよ。 どんまい。
もはやドンマイとしか言葉が浮かんで来ない(汗)
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