⑯
読んでいただいてありがとうございます。
うなだれる弟は、まだまだ子供なのだなとアンジェラは思ってしまった。
弟と同じ年齢の時の自分はどうだったのか考えてみると、はっきりいって全然違う。
アンジェラは、弟の年齢の時にはもう外に出る準備をしていた。
夜遅くまで図書館で勉強をして、こんな風に感情を顕わにすることなんてしなかった。
「……あなたは、それを許される環境にいたのよね……」
「姉上……?」
自分の感情のままに実の姉を罵倒してもいい環境。
自分の感情を隠す必要のない環境。
家族に甘えられる環境。
全てアンジェラが得られなかったものだ。
「いいえ、何でもないわ。さぁ、もう帰りなさい。そして、私に関わってはいけないわよ」
「え?どうして?」
「どうしてって……あなたの両親に怒られるわよ。彼らがいらないと捨てた人間に会っているなんて知られたら」
「いらない、なんて……」
「実際いらないでしょう?元々そんなに交流もなかったし、罵倒以外の言葉なんて何年も聞いていないもの。私がいようがいまいが、関係のない一家だったでしょう?私がいない今だって、いつも通り楽しく過ごしているんでしょう?」
姉が本気でそう思っていることを、ヴァージルは感じ取った。
ヴァージルだって一緒に住んでいる時は、アンジェラなんか早くいなくなればいいのに、と思っていた。
アンジェラが視界から消えてくれた方が、すっきりすると思っていた。
けれど、違うのだ。
アンジェラがいなくなって家は微妙な雰囲気に包まれた。
最初こそ、両親と姉妹は笑ってアンジェラがいなくなってよかったと言っていた。
けれど姉も妹も母も、アンジェラという免罪符の名前が使えなくなって、今までみたいに遊び歩くことが出来なくなったことに、しばらくしてから気が付いた。
アンジェラと名乗ったところで、アンジェラがいなくなったことは社交界では周知の事実だったので、アンジェラを名乗る偽者が誰かなんて、すぐに察せられていた。
それ以前に、気付いている人間は大勢いたのだ。
誰も彼もが口をつぐんで、ヴァージルたちのことを笑っていた。
愚かな一家だと、笑われていた。
兄のブレンダンは今、そんな現状の中で必死に貴族として生きている。
父に早く引退してもらい、母と一緒に領地に引っ込め、姉と妹を早く嫁に出そうとしている。
母と姉妹は、今までアンジェラの悪口で盛り上がっていたのに、言う相手がいなくなったのでお互いに嫌みばかりを言っている。
妹に関しては、アンジェラの婚約者だったベルナルドに引き取らせるつもりのようだが、どうもベルナルドが難色を示しているらしい。
あれだけ妹と一緒にアンジェラのことを貶しておきながら、アンジェラがいなくなって真実を知ってから、ずっとアンジェラに未練を持っているような素振りを見せている。
姉妹揃って身持ちが悪いことを誰もが知っているので、妹にはベルナルドくらいしか結婚相手がいない。
姉にいたっては、どこかの後妻にでも出そうかと考えているようだ。
だがこれらのことは、アンジェラには言わないようにブレンダンから強く言われている。
トウニクス伯爵家が潰れようと、アンジェラにはもはや関係のないことだから、と。
ヴァージルは、ぎゅっと手を強く握った。
「……姉上がいなくなっても、うちはいつも通りでした」
だから、せめて兄の望むままに、トウニクス伯爵家が姉にとって最悪の実家であるために、ヴァージルは嘘の言葉を吐いたのだった。




