それが恋ってものだったのだろう
目の上に乗せられたひんやりと濡れた布の感触。
頭の下の、誰かの足の感覚。
目を覚ましたシャオマオは、次に暖かい布を乗せられるときに、自分を癒してくれる金の瞳と目が合った。
「・・・・ミ、ラ」
「うん。かわいい妖精。どうして泣いていたんだ?それも倒れるほど」
ぽかんと開けた暗闇の中で、自分の周りだけぼんやりと明るい。
「ユエと会えたのに。苛められたのか?」
「ユエに・・・いじめられる、訳がないの」
真っ暗な何も見えない空をじっと見つめながら小さく返事する。
声はかすれてほとんど出ていない。
「星・・・・・見えないのね・・・・・・」
金の星がどこにもない。
空にもない。
ユエの瞳にもない。
何も見えない暗闇だ。
「ここは地下だからな。星はない。そら。飲みなさい。水分を流しすぎる」
吸飲みのようなものを唇に当てられて、少しずつ少しずつ、甘いシロップのようなものを流し込まれた。
「かわいい狼の子。すぐだよ。金の星の欠片を集め終わったら、すぐなんだ」
喉を動かしながら、シャオマオはもうなんでもいいような気持ちになっていた。
ぼんやりとしか頭が働かない。
「ほら。冷たい布を乗せるよ。目を閉じていて」
「いいの・・・・」
「ダメだ。かわいいなまなり。お前の目が腫れていると胸が痛いんだ」
どうでもいいので、相手が好きにすればいい。
シャオマオは目を閉じて全身の重みを感じていた。
体はこんなに重かったか。
腕はこんなに上げるのに力を使っていたのか。
もう一歩も歩ける気がしない。
どうやって出しているのか、ひんやりとした布がまた目の上に乗せられた。
あわせて程よい重みがかかる。
ミラが手をその上から載せてくれているのだろう。
「いま地上に行っている魔人がすべての欠片を集めて帰ってくるよ」
「・・・・・・」
億劫だ。
口を動かすのも億劫だ。
「愛しいな。かわいいかわいいチビ猫。お前の元気がないと俺も元気がなくなる」
髪を撫でられる。
誰に何をされてもなにも感じられない。
嫌悪感も好感も何も浮かばない。
そうだ。病院で高熱を出していた時に似ている。
意識レベルは下がり、自分の体なのに自由が利かずに他人に好きにされる。
体を助けようとみんなが動いてくれているのは分かるが、それを自分の体だと思えなかった。
きわめて死に近い状態だったんだろうと思う。
まるで自分の体だという感覚がなかった。
他人の思惑によって生かされている感覚だ。
あの時の自分には、自分の体の生死を自分で決める権利はなかったからだ。
今の自分もそうだった。
誰かの願いで生きてる。
誰だろう。私に生きていてほしいと思っているのは。
「暖かいものに変えよう」
程よい暖かさの濡れた布が冷たい布に変わって目の上に乗せられる。
「可愛いなぁ。愛しいなぁ。元気を出しておくれ。銀の瞳で笑っておくれ」
(銀の瞳・・・。ユエに金の星がないのに・・・)
「いらない。銀の目は私のじゃない」
「こら。せっかくの銀狼の目になんてことをいうんだ。狼の子」
めっ!と指を立てて怒るポーズをとるミラ。
あいにくシャオマオは布を目の上に乗せられているので見えていないが。
「桃色。タオの実の色だねって、ユエがね、いうの。シャオマオの目はタオの実色・・・」
「ちょっと笑ったな。ユエの話をするときは笑顔だ」
「ユエ。ユエ。・・・・ユエは、もう、私が、いなくても生きていける・・・」
「そうか」
「ユエに、妖精の浄化能力あげるの。そうすればシャオマオが居なくても」
「何故二人で生きようとしないんだ?」
「ユエの瞳に、もうないから」
「何が?星の欠片か?」
「ううん。熱。シャオマオを喜ばせる熱」
「熱。熱ね・・・」
シャオマオは思い出していた。
真夏の砂浜のように、シャオマオの全身を焼くような熱が瞳から失われているのだ。
それを人は恋と呼んだりするんだろう。
「可愛い妖精が浄化能力を失えば、星が悲しむ」
「シャオマオを引き留めるものはもう、なくなったの」
「妖精がいなくなれば、星の生き物は皆悲しむぞ?」
「次の妖精が現れる。星はいくらでも妖精を作ればいいの」
「それは違う。妖精という魂はお前だけだ。お前がまた星に戻りたいと思わなければ、永遠に妖精は現れない」
「・・・・・・今までの妖精も全部、シャオマオなの?」
「もちろん。姿かたちは違っても魂の根源は同じだよ」
「そう・・・なの」
星で遊んで、眠りたくなれば姿を消す。
星は妖精を休ませて、また元気になれば星に戻す。
「どうすれば、妖精じゃなくなるかしら・・・」
「妖精をやめたいか?」
「いらない・・・」
「妖精が?自分がか?」
「自分」
「悲しいことを言わないでくれ、星の愛し子」
眉を下げてミラが泣きそうな顔をする。
「もう少しだけ時間をくれないか?」
「・・・」
「きっとうまくいく。裁定者の罰は消えてなくなる。金狼は体を集めて、銀狼は魂を集める」
ミラはにこにこと笑う。
「二人の大神が再会できたら、すべてがうまくいくんだ」
「・・・そう」
シャオマオは興味を失っていた。
神話世代の話だから、史実として伝わっていてもシャオマオには遠く感じられる。
「ユエの瞳の星と、シャオマオの星、が、一緒になると、なにもいらなかったの」
「そうか。金狼と銀狼の星が、お互いの体に満たされていたんだな」
「でも、もうないの。ユエの瞳には、金の星屑がないの」
「うむ。瞳にあふれるくらいの金の欠片を持っていたからな。ユエは一番の欠片の塊だった。欠片からの影響も大きかった。小さい時に回収できていれば、きっとこんなに苦しんでいなかったかもしれない」
「・・・・どういうこと?」
「高濃度魔素に苦しんでいたのは、魂の片割れを失っていたこともあるが、欠片の影響が大きかったせいもある。過剰に高濃度魔素が排出されていたんだ。しかし、普通の体であったらここまで生きていられなかった。かわいい妖精に会う前に命の火を消していたな」
「そうなの・・・」
「ユエは過剰な欠片の影響を受けていたのかもしれないな」
「影響?」
「うむ。過剰に銀狼を求めていたのかもしれない。お前の、かわいいこの瞳の中の星を、求めるように影響を受けていたのかもしれない」
「うう・・・・・・・・うわあああああああああん」
「おお!な、泣かせてしまった。すまない狼の子。かわいそうに。泣くな。泣くな」
「嘘だったんだ。ユエが、シャオマオを好きだって言ってたのも、ずっと一緒に居たいって言ってくれてたもの嘘だったんだ!!」
「これ、星の愛し子。ユエを責めてはいけない。嘘ではない。嘘ではないのだ」
「ユエはもうシャオマオがいらないんだ!!ユエにいらないって言われたら、もうシャオマオなんかいたってしょうがないんだ!!もう消えて無くなればいい!!シャオマオはこの星にいらない!!」
顔を覆い隠して泣いていたら、ミラがシャオマオの両手首をつかんで顔を覗き込もうとしてきた。
「ユエだけではあるまい。ユエだけがお前の意味ではないだろう?」
「みんな妖精が好きなだけよ!!」
「狼の子。お前はいま混乱しているよ。少し眠ろうか?」
「いや!いや!いや!」
全身を使ってジタジタと暴れた瞬間、シャオマオの体がまぶしく光った。
「うわ!」
光はシャオマオ以外のすべてを真っ白に染めて、すべてを塗りつぶしてしまった。
「虎ああ!!」
光とともに、ミラの手の届かないところまで飛んだシャオマオは、上空で叫んだ。
「ぐあるううう!!!」
ミラを飛び越えて巨大な虎がシャオマオのところまで飛んできた。
「虎。お前。なにシャオマオを泣かせているんだ」
「ぐるう」
「なんだ?頭はすっきりしたか?」
「ぐあう」
「本当に愛する女を泣かせる男はどうしようもないな」
「・・・・ぐう」
シャオマオはユエの完全獣体に乗って、地上に降りてきた。
「シャオマオは引っ込んでしまったな。そのおかげで出られたが、ひどく混乱している・・・」
シャオマオの姿をしたものは、ゆったりしっぽを揺らしてしぱしぱと目を瞬かせているミラをユエの背中の上から睨んだ。
「やり方が悪すぎる。シャオマオを泣かせるな。シャオマオを壊すな。なぜそんなにことを焦ったんだ。こんなに傷つけて。小さな子供のように泣いているではないか。シャオマオを泣かせてはいけないと何故思わなかったのか」
きりりと銀の瞳を輝かせて、シャオマオの体を乗っ取った銀の大神はミラをしかりつけた。




