23.エイダの事情
スコットの突然の来訪とその理由を隠すことなく私は両親とヴァンスに報告した。両家からベイリー侯爵宛に抗議の手紙を送ると、侯爵はすぐに謝罪の手紙を寄越した。とりあえずこれでこの件は終わらせた……やや、強引に。みんなはもっと強く出て目に見える処分をスコットに与えるべきだと言ったが、私はエイダのことが気になってこれ以上大事にしないように頼んだ。
それにしてもせっかくヴァンスと距離を縮めているのに邪魔をしないで欲しい。
私はスコットの言葉が心の中に引っかかっていたので、お父様にエイダのことを聞いた。
「ベイリー侯爵子息がエイダのことを使用人同然の暮らしから救ったと言っていたのですが、どういうことかご存じですか?」
「ああ、そのことか。エイダはあの家で大切にされていなかったようだ……セシルは伯爵家でのエイダの境遇をどうしても知りたいか?」
お父様は私とスコットとの婚約が破談になると、バートン伯爵家のことを色々と調べていたようだ。お父様の言い方は知らなくてもいいと暗に含ませている気がした。でもそれはエイダの伯爵家での暮らしがいいものではなかったことを物語っていると感じた。スコットと婚約解消をした時、エイダのことをあえて詮索しなかった。でも今は知っておきたいと思う。
「はい。教えてください」
お父様は一息つくと重そうに口を開いた。
「そうか。セシルはエイダの母親が亡くなってすぐに、今の夫人が後妻に入ったことは知っているか?」
「ええ。知っています」
子供ながらに大人たちの噂話で色々と察していた。
私たちが十歳になったばかりの頃、エイダのお母様が亡くなりお葬式に両親と参列した。エイダはずっと歯を食いしばり涙を堪えていた。励ます言葉が見つからなくて、それでも元気づけたくて手を握った。エイダの手は震えていて、痛いほどの力で私の手を握り返した。思い返せば父親である伯爵は悲しむエイダにまったく寄り添っていなかった。エイダがひとりで悲しみを必死に堪える姿に、胸が痛んだことを覚えている。
それから一か月もしない内にバートン伯爵が再婚して、大人たちが眉を顰めていた。翌年には跡継ぎになる男の子が生まれたと盛大にお祝いパーティーをしたらしい。私は何度もエイダに手紙を書いたけれど一度も返事は来なかった。それ以降エイダとは疎遠になってしまった。
「現夫人は伯爵家に入るなりエイダを使用人として屋敷で働かせていた。それも劣悪な環境のようだ。たぶん使用人よりもひどい扱いだろう」
エイダはまだ子供だったのに劣悪な環境って……。貴族令嬢の生活から突然使用人として働かせられていたなんて酷い。家が没落してやむを得ないならともかく、エイダには何の責任もない。エイダから手紙の返事が来なかったのは、そもそも私の手紙がエイダに渡されていなかった可能性がある。あの時の私は返事がないことに拗ねていて、エイダの置かれた状況まで考えが回らなかった。知っていたとしても私にはエイダを助ける力はなかった。それでもせめて会いに行けばよかった……。
「お父様。伯爵は、エイダのお父様はエイダを守ってくれなかったのですか?」
お父様は溜息を吐くと首を横に振った。
「バートン伯爵とエイダの母は完全な政略的な結婚だった。伯爵には結婚前から恋人がいて、それが現夫人だ。望まない結婚でできた娘を最初から可愛がっていなかった。夫人は自分たちの仲を裂いた女の娘だとエイダに辛く当たっていたのだろう。それでも外聞を気にして学園だけは通わせていたようだ」
「そんな……」
母を早く失くし父は自分を顧みない。味方がいない屋敷の中で暮らすしかなかったエイダの気持ちを想像すると胸が潰れてしまいそう。
「エイダがドレスや宝飾品を寄越せと言ってきただろう? あまりにも常識に欠けるとバートン伯爵家に抗議をしたら『エイダのことは我が家には関係ない』と返事が来た。伯爵はエイダとスコットの婚約のことを知らなかったようで、相当怒っていたぞ」
「え? バートン伯爵家は火の車だったのですよね? それならベイリー侯爵家との縁談に喜びそうなものなのに」
「伯爵には別の思惑があったようだ」
お父様がエイダに関する調査報告書を見せてくれた。私は読みながら泣いてしまった。
エイダは学園に通う時間以外はずっと働いていた。ドレスを作ってもらうどころか、食事も最低限しか与えられていない。そういえばエイダは瘦せている。庇護欲を感じさせるほどの華奢な体は、満足に食事をもらえなかったせいだ。
エイダは学園を卒業後に商人に嫁ぐことが決まっていた。伯爵が多額の融資と引き換えに縁組を組んでいた。すでにお金を受け取っていたからエイダがスコットと結婚するのは都合が悪かったのだ。エイダはその縁談から逃れるためにはスコットからのプロポーズを受けるしかなかった。
境遇を考えればスコットと婚約した時点でドレスやアクセサリーを持っていないことは明らかで、他に手に入れる手段がなくて私から持っていったのだ。事情を知ってしまうと複雑な心境になる。
あのドレス……日常的に縫物をしていたから、自分でドレスのリメイクも可能だった。ドレスを着て嬉しそうにくるりと回った時の顔は、私への嫌味ではなく本心から喜んでいたのかもしれない。
「なぜ今までエイダのことを教えてくれなかったのですか?」
「教えればセシルはエイダに同情して許すだろう。憎んで欲しいわけではないが、同情することで、自分に降りかかった理不尽な出来事を簡単に受け入れて欲しくなかった。寛大であることはすべてを許容することではない。エイダは確かに気の毒だが、人の婚約者を奪うことを正当化する理由にはならない」
学生時代エイダを社交場で見なかったのは、たまたま出会わなかったのではなく、家から出してもらえなかったからだった。
「バートン伯爵家はエイダを商人に嫁がせられなくなって大丈夫だったのですか?」
「……バートン伯爵は爵位を返上して平民になった。夫人の実家の男爵家を頼って家族三人、地方で慎ましく暮らしていて、エイダとは縁を切っている」
「え……」
――すでに没落していた。
財政難のバートン伯爵がエイダの身売りと引き換えに、前払いで融資金を受け取っていた。ところがスコットの出現で結婚がなくなり返済しなければならなくなった。そのお金が返せなくて爵位を返上するしかなくなったのだろう。ベイリー侯爵家に無心しそうだけど、エイダは縁を切って阻止したのかもしれない。
エイダは商人との結婚からは逃げられたけど、果たしてスコットとの結婚で幸せになれるのだろうか? エイダが自分で選んだことではあるが、心配になってしまう。
「お父様」
「ん?」
「私、エイダには感謝しています。だってエイダのおかげでヴァンス様と婚約できたのですもの」
「そうか」
「だからこれ以上、ベイリー侯爵家を追い詰めないでくださいね」
釘を刺さないと何かをしそうな気がしてしまう。お父様は仕方がないなあという顔で小さく笑ったが、「わかった」とは言わなかった。
でもこれ以上スコットが馬鹿な行動をしなければ大丈夫なはず。できればスコットには心を入れ替えてエイダと頑張ってほしい。とにかく厄介事が片付いて一安心。
――後日、厄介事は再び訪れる。私はスコットに対し注意で済ませたことを大いに後悔することになるのだった。




