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第八十二話 後先(2)

 いつものようにお使いに来て、話を聞きがてらあの倉庫でリュシェルの手伝いをしていたアシュリーは、振り向きざまに棚の商品とぶつかり、鼻血をだしたらしい。


「珍しいと笑いながら手当てしたのが、まさかこんなことになっちまうとは……。そういえばグラインに預けた荷物もそこに置いていたっけね。あの時、その荷に少しばかりあの子の血がついた。きっとそれがグラインが襲われた原因だろうね」


 リュシェルは悲しげに言いながら、ふと、首を捻った。


「だが腑に落ちない。今までアシュリーが大きな怪我や病気で、輸血や手術をしたことがあるとは聞いたことがないんだ。ならあの子の血は生まれた時から一滴も変わらないはずだろ。なのにこんなこと、今の今までなかった。今回のような魔物の襲撃がたったの一度もなかったんだよ。それはどうして……」


『あら、あの子、正しく教えていないわね』


「……女の場合、()()()()までやつらにもそれと判別できないんだ。開花したあとでも、その期間でしか誘う香りはしない」


 要するに、体が成熟し、月のものが来るようになるまでは、魔物にも判別できず、また月経期間だけしか香ることはない、と。


「なるほど、そうか。だからアシュリーは……」


 リュシェルは合点がいったような顔をした。


「あの時ゴーシュには恥ずかしいからって相談されたことが、まさかこんな大事になるだなんて。月に数日とはいえ決まった危険までもあるということか……なんて酷い。とにかく怪我にだけは気をつけさせようと思っていたが……」


「ああ、だが男と違ってそれが女を成長するまで守っているともいえる……か?」


『言えないわよ、バカね。自分という存在を認識してから、無数の魔物に命を狙われるのよ? 余程何も知らない赤子で喰われるほうがマシでしょうよ』


 世界中で極々稀に血筋など関係なく生まれるこの存在は、男女ともにいるとはいえ、格別女に苛烈な人生を強いる。生きた心地のしない毎日、誰かに罰を与えられているような理不尽さに満ちている。


『だから、あんたが共感するんじゃない』


 ジェインは伏せていた目を少しだけ上げた。


「え! まさか、男にも?!」


 頭の中のカティアに少しばかり気を取られていたジェインは、リュシェルの驚いた声に意識をそちらに戻した。ジェインにとってこの話のリアクションとしてはその反応は通常だったので、さほど驚きもせずに。


 【悪魔の祝福】を受けた人間は、世界共通で禁忌の存在である。その血は魔と呼ばれる者たちにおいて、絶大なる力を渡すものだからだ。ほんの少しでも体に取り入れることができれば、己の能力を格段に跳ね上げさせるのだと魔物であれば本能で知っている。


 だが長く生きる一部の魔物でさえ、同じ時の流れに存在することがあるのかも分からないほど稀有な存在でもある。


 世界の脅威は砂漠に紛れた砂金ほどの確立でしか生まれない。


 男の子の場合、怪我をすれば、それがどれほど小さいものでもその血は魔物を誘う。そうやってケガをした子は、すぐに魔物に襲われる為、もしかして狙われているのではないか?と、周囲が考える前に単に不運だったと片付けられてしまい、その結果、本人も周りも真実を知ることなく生が終わる。


 片や女の子は開花前にどれだけ血を流すことがあっても、そのような襲撃のされ方をすることはなく、大人になって血を流して、初めて魔物に群がられることになる。


 小さな男の子と違い成長していることもあり、運が良ければ逃げられもするだろう。だがそれは、同様の襲撃が何度も繰り返し、枯れるか、死ぬまで続くということだ。


 長い人類史の中でその存在の痕跡を知ったどこかの国の詩人が、詩を作ったそうだが、その歌には少女しか出てこず、それが祝福の血は女しかいない、という間違った認識を持たせた理由のようだった。


 因みにこの詩人は売れなかったようで、彼の歌を知る者はあまりいない。その上本当かどうか疑わしいほど稀な存在の伝承歌など誰が覚えようか。


 これが魔物にしか利がなく、人類にはただただ迷惑で不吉で呪われた存在、【悪魔の祝福】の現在の正しい立ち位置である。


「花が咲くまで……」


 ジェインはいつかの弟子の指導を補足するように、リュシェルへ少し説明をしてやった。しゅんとしてぽそっと呟いたリュシェルへ視線をやると、彼女は心底アシュリーの心配をしているような顔だった。


 始まったとなれば、アシュリーは毎月命を狙われることになる。【悪魔の祝福】は、死神の標的になったことを告げることと同じなのだ。心配もするだろう。


 だが、この国のように魔物を後退させることに成功していて、街に侵入することがほとんど無い中であれば、試すだけの価値がありそうな策はある。


 それは難しいものではなく、月のものがきている間、匂いが外に漏れないように、家の奥底に誰とも会わずに一人きりで、息を潜めて隠れるというものだ。


 これはアシュリーの正体を魔物の誰にも気づかれていないこと、が条件のひとつとなる。

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