第七十六話 長い一日の終わり
リオの亡骸は、一旦守護隊本部の解剖室へ置かれることになった。街始まって以来の大惨事に、犠牲者の数と死亡原因の正確な把握をし、その上で合同葬儀を執り行うという。
内緒話にしか使われていなかった部屋の嫌な大盛況ぶりに、解剖室前に立つカーラントが深く溜息を吐く。
「なんて一日だ。青狼にハルピュイア、シェイプシフターにまで襲撃されるとは」
既に夜は更けたというのに街中が明るいのは、何ヵ所かで燃やされる青狼たちの死骸のせいと、眠っている間に再び何かに襲撃されるのではとの住民たちの恐怖からだった。
「ああ、だが、そのすべては阻止された」
丁度、解剖室から出てきた守護隊隊長のグレイの声だ。
「我らは幸運なのだ、カーラント」
その台詞に、カーラントは頷いた。
「丁度鼻の利いた賞金稼ぎが、来てくれていましたからね」
くくっと笑ったグレイは、そのまま頭を上下させ肯定しながら話を続けた。
「笑うかもしれんが、カーラント。私はもしかしたらあの賞金稼ぎは神が遣わしてくれたのではないかと、そう思うのだよ」
あまりに人間離れした美しさ、他を超越した剣の腕、常識が通用しない戦闘スタイル、対峙すべき魔物への遭遇率。どれをとってもそう考えるのが妥当ではないかと話す守護隊隊長に、カーラントも意義なく同意した。
「本当ですね。そう思わざるをえないことばか……」
「はあ?!」
それは突然に。
「何言ってんのよ、誰が誰に、なんだって?!」
美しい女神が、大変に憤慨した様子で登場した。
「ジェイン、さん」
屈強な隊士が声を詰まらせ目を白黒させるのもなかなか見応えがあるが、今のジェインにはそんなものを楽しむ余裕はない。
先ほど耳に挟んだ会話が、到底納得できるものではなかったからだ。
「私は誰かになにかを言われて来たんじゃない。ましてや神だって? はっ! 冗談じゃない、ここへは自分の意志で来たんだ!」
『まぁまぁ、落ち着きなさいよ。そんな怒らなくても』
「うるさい!」
あまりの怒りで、つい頭の中のカティアにまで声をあげてしまった。ジェインの剣幕に何も言えなくなった二人が、顔を見合わせる。
『あーこわ。私と会話しているの、気味悪がられているわよ。折角のいい男の前で』
カティアに言われて、はっとした。
そうだ、彼らは知るはずがないのだ。腰に下げた剣が、ジェインの頭の中へ話しかけてくることなど。それなのに忘れて声を荒げるとは、何を興奮しているのか。
「あぁ……ごめん」
突然怒られ、また突然に謝られたが、カーラントとグレイは容姿に違わず大人だった。
「いや、こちらこそ。街の英雄に気分を害させてしまったようだ。すまない」
「本当に」
きっちりと頭を下げる二人を前に、すっかりバツが悪くなったジェインは慌ててそれをやめさせた。
『いやはや、あちらさんの心広いこと。あんた、いくらアレが地雷だからって、言葉だけでもすぐ激おこするとこ直しなさいよ?』
聞いただけで怒るからこそ、地雷というのではないかと思うジェインは、間髪入れず抗議の意味で、腰の剣をがちゃりと荒っぽく揺らした。
「今のは忘れてくれない? ちょっと嫌なこと思い出しただけだから……」
「……はて、何を忘れろと? 副隊長、君には分かるかね?」
グレイはとぼけた顔で横に立つカーラントに訊ねた。
「いいえ、分かりません」
素知らぬ顔で、それに続くカーラント。二人の上手くない寸劇に、ジェインは思わず笑った。
「まさに星が落ちてきたような笑顔だ。これは何というのだったか……カーラント?」
「はい? えーっと、そうですね。……眼福、でしょうか?」
「それだ」
グレイはその姿からは想像し難い冗談?を言い、場を明るくした。
「それで貴殿はどうしてここへ?」
「ああ、雑貨屋の、あーっと、んーっと」
「もしかしてリュシェルさん?」
ジェインは人の名前を覚えることと、数を数えるのが苦手である。
「そう!」
カーラントの救いの声に、ジェインはぱっと顔を明るくした。
「リュシェルなら既に店へ戻っているよ。ひと晩だけでも診療所か救護室に泊っていけと言ったのだがな」
大方、自分以外の怪我人を優先させるようにしたのだろう。短い付き合いのジェインですら、そう言う彼女が浮かんだ。
「ひとりで帰れるのか不安になるくらいによろよろでしたね」
ジェインはとても罪悪感に見舞われた。動けなくなること、を第一にしはしたが、手加減はしたつもりだった。だが、もう少し人並みというものを勉強すべきなのかもしれない。
「そっか。なら明日店に行ってみるか……」
「急ぎでなにか?」
隊長と副隊長がじっとジェインを見ていた。
「いや、渡すものがあるだけさ」
────
人が出入りする様を見ながら、一番小さな亡骸に泣き縋って、気を失ってしまった少女のことを考えてしまうのか、思わず零れる言葉。
「あの子は大丈夫だろうか……」
「確か意識が戻る前に、家に連れ帰られたはずだ。弟の遺体の傍にいたかっただろうがな」
急な語りかけにも、寄りかかった姿勢のまま特段視線を向けるでもなく、シラーはその声が誰のものか重々承知していた。
「おまえも手当は終わったのか? ザイスト」




