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第六十四話 空の喧騒(3)

 (わず)かなクインのモーションをジェインとリュシェルの二人は見逃さなかった。


 二人の声は、果たしてどこまで届いただろうか。


「イィィアアアアア!!!!」


 初めのハルピュイアの口撃(こうげき)とは違う音域の音が、空気をビリビリと揺らした。雷が目の前で落ちたかのような音と衝撃と光。同時期にカッと光ったクインの瞳。衝撃に辺りは白くけぶった。


「いやー、怒ってる、怒ってる」


 人ごとのように言いながら、軽く頭を振る。ジェインにとってもまあまあの衝撃だった。けほん、と小さく咳をして、ジェインはカティアを握りしめた。


「さて、もしかしなくても……」


 カキィン!


 白い煙の中から、何かが飛び出してきた。知っていたかのようにジェインは、自身の手に握る剣で難なくその刃を叩き落とす。


 剣が地面に落ちるのと同時に、首に打撃を受けた持ち主の身体がよろりとぶれて、同じように地面に倒れた。前のめりに突っ伏したせいで、首に赤く色づいた線が露わになる。


『ちょっと力入れすぎじゃ?』


 カティアに言われて、ちらと見るが、ジェインは苦笑いしただけで何も答えなかった。


 何故なら、すぐに次が来るのだ。


 歩く音を気にすることができないのか、(ひそ)やかに傍によることもせずそれはジェインに近づいてきた。如何(いか)に視界が悪くてもそれでは賞金稼ぎ(バウンティハンター)には通用しない。


 大振りで真上から振り下ろされた相手の剣を、カティアの刃先を下に鍔元で受け止める。


 ぎりぎりと切り結んだままの(やいば)同士が鈍い音を出す。


「うう……す、すみま、せ……」


 剣の持ち主の若い隊士が、顔を歪めて謝罪の言葉を口にする。その苦悶の表情と申し訳なさげな台詞とは裏腹に、彼は自分の剣を握りしめジェインの剣に交わらせたまま、一向にやめる素振りを見せなかった。


「うーん、こりゃ人形じゃないのを探す方がラクだな」


 賞金稼ぎは周囲に軽く目をやり、言いながらふっと一瞬だけ力を抜いた。当然押し込んでいた隊士の身体はジェインの方へ倒れ込む。


「うわっ」


 急にこの世のものとは思えない造りの顔へ、触れそうなほど近づいてしまった隊士の真っ赤な頬が、互いの刀身に映る。その顔を自分で確認する暇もなく、隊士は鳩尾に鋭い痛みを覚えた。


 「うぐっ」という低い呻きに、力なくずるりと前のめる。美しい賞金稼ぎは顔色一つ変えずに隊士からひょいと離れた。地面で腹を押さえる隊士をチラリと見て、よし、とその場を後にしようとした。


「逃げろ!」


 真横からまたも隊士が飛び掛かってきた。振り上げた剣を、ジェイン目掛けて振り下ろす。寸でで、ひらりと横に体をずらし、そのまま足を引っかけて白い隊服を転ばせる。


「うう」

「ごめん」


 転んだ隊士を上から覗き込む形のジェイン。次の瞬間、隊士の肩からボキッと音が鳴った。


「うぎゃっ!」


 思わず隊士が握っていた剣がその手からぼとりと落ちる。彼が転ぶとき、すかさずジェインが腕を掴んで、ぐいっと肩を外したのだ。


 呻いて、もう片方の手で肩を押さえる隊士。


「避けてくれ!」

「こっちも!」

「どけろ!」


『さすが守護隊士。みんな意識があるんじゃない?』


 感心したようなカティアの声に、うんうんと頷いて意思表示をする賞金稼ぎ。


 ひとりひとりだと相手にならないとアイツが思ったのか、それが総意か、ジェイン目掛けて四方八方から隊士や街の人が武器を構えて襲いかかってきた。


「うーん、避けるのは面倒くさいな」


 そんな台詞(せりふ)を悠長に言う間に、ジェインは一斉に襲いかかられ、あっという間に中心部が見えないほど丸い人集(ひとだか)りが出来た。しかし、それはほんの数秒のこと。


「うわぁっ!」


 集っていたほとんどの人の口から同じ言葉が発せられると、あっという間に体ごと飛ばされ、地面に放射状に転がった。立っているのはただひとり。


 全員、体の部位のあちこちが曲がっていて、痛みにか、吹き飛ばされたゆえか、そのほとんどが気を失っているようだった。動かないのを見るからに彼らは当分、襲ってはこられないだろう。


 自分の周りを粗方片付けたジェインの少し先では、カーラントがジェインと同じように街の人や自分の部下である隊士と戦っていた。


 そしてリュシェルとザイストが、どちらかが操られているのか、二人対峙しているようだ。


「何が起こってるんだ。なんで体が勝手に動くんだよ」

「これがハルピュイア・クインの秘密兵器さ」


 なるほどとリュシェルの答えを訊きながら、ザイストの肌がじっとりと汗ばむ。今は雑貨屋のおかみとして悠々自適に暮らしているが、冒険者として名を馳せていたというリュシェルの剣の腕。今、合わせた剣を通して否が応でも知らされるレベルの差。


「やるね、分隊長さん」

「いや、それはこちらの言うことで。その腕でなぜ雑貨屋のおかみ? 守護隊に就職一択でしょうが」


 ははは、とリュシェルが笑う。


「夢を叶えたんだ。おかげさまで毎日が楽しいよ」

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