第五十話 手がかりは解剖台の上(1)
急に仲間外れにされるのかと、アシュリーが不満の声をだしたが、ジェインにぐいっと手を掴まれて、そっちに気をとられる。
「じゃあ、あんたは私の後ろにいたらいい」
赤らめた顔で大人しくジェインの後ろにぴったりくっついたアシュリーを見て、リュシェルは苦笑いしながら、持ってきた荷物を三人(と、後ろにひとり)の前にだした。
全員の視線がそれに集まるのを確認して、そっと包んだ布を広げる。
「うわ!」
カーラントだけが、声をだした。
グレイは眉を顰め、ジェインはふうんと少し唇の両端をあげた。
リュシェルの腕に抱かれていたのは、使いこまれた大きな腕。節くれだった太い指で、男の手だろうかと推測できる。
「これをみてほしいんだ」
ぐるりと回して、その腕が体にくっついていた方を彼らの視線の先にさらけ出す。
「!」
「!!」
「……」
『え、これ、峠のあいつ???』
カティアだけが答えるが、当然ながらジェイン以外には聞こえない。ジェインは笑いを堪えるのに必死だった。ここにきた目的は、シェイプシフターだったから。
討伐ランク上位の魔物。
『最初はどうなるかと思ったけど、ここに来て、ツイて、ツイて、ツキまくりじゃない!』
ジェインの頭の中でひとりフィーバー中のカティアがうるさかったが、怒る気にもならない。ジェインは必死で笑顔になるのを隠した。
「隊長……これは」
「ああ、ここでこれ以上の話は難しいな。場所を移そう」
隊士や町の人が加わって、街のあちこちで始末した青狼の屍を守護隊に一旦運び込んで積み上げていく。
うず高く積まれる青狼をあとに、五人は移動しようとした。
「ああ、アシュリーは先に帰った方がいいんじゃないかい?」
昨日の今日だし、とリュシェルがアシュリーへ顔を向ける。
「この騒動だ。あんたのおじさんも心配しているだろうよ。早く無事な姿を見せた方がいいんじゃないかい?」
リュシェルの意見はもっともだった。
青狼がどこまでの被害を出したのか、いまだ詳しくは分からない。アシュリーの帰りが遅ければ遅いほど心配するだろうし、もしかしたらその逆もある。
月花亭が青狼に襲われた、というものだ。それもあり得る話。
「いや、アシュリーは私と一緒にいるよ。言い切れるわけじゃないが、宿は大丈夫だろう。この青狼達はここを目指していたようだからね。それより帰り際に何かに襲われないとも限らない」
何といおうかとアシュリーがもじもじしていた矢先、ジェインがリュシェルへそう言った。
「お前さんが? まぁ、それなら……今のコルテナじゃ一番安全だろうしね」
そういうことなら、と納得したのか、ならさっさと話しをした方がいいね、とリュシェルは言った。
その話が終わるのを待って、「では」と、カーラントが先頭に立って歩きだした。どこへと言われたわけではないが、ジェインにはすぐにどこに向かっているのか分かった。
小さなサラ・ジェインとカーラント、グレイ、ザイストがいた、あの厩舎外れの例の解剖室兼秘匿案件会議室へ向かっているのだ。
解剖室は〝峠のアレ〟があるところ。
隊長がそこを選んだのは当然だった。
「ここは……」
「まあ、一応解剖室なんですけどね。あんまり使ったことないんですが」
カーラントがリュシェルに答えた。
部屋の真ん中に置いてある解剖台の上に、大きな布がかけてあった。それは解剖台にかけられていた布。最初と違うのは、その布が少し盛り上がっている箇所があるところ。
「じゃあこれ、どこに置いたら」
リュシェルが抱えた切り落とした腕に視線を落とす。
「今から見せるもの、話すことは機密事項であることを肝に銘じてくれ」
グレイの言葉にジェインとリュシェルはゆっくりと頷く。この部屋にアシュリーはいない。部屋の外、小屋に入ってすぐの椅子に座って待ってもらっている。
さすがに峠のアレは免疫のない若い娘には荷が勝ちすぎる。
「オッケー。他言無用ね」
「ああ。よろしく頼む」
グレイはカーラントへ合図をした。
解剖台を取り囲む形で四人は立っていた。カーラントが布の端を掴み、ざっと引っぱって取った。そこにはカティアが見た時のままの峠の被害者がいた。
ジェインが見たのは折り曲がった状態だったので、こんなにきちんと広げてあったことに感心した。面倒くさそうだったのに、と思わずぼそりと呟く。
「え?」
「いや、なんでもないよ」
カーラントがそれを拾ったらしく反応を返されて、ジェインは白々しいなと自分でも思いながら片手をちょっとだけ上げた。
「これは……!」
この面子でこれを初めて見たリュシェルだけは顔色を変えて驚いた。背中に大きく開いた穴。そこから抜け出して入り込んだのがもしかしたら、この抱える腕を動かしていたヤツなのかもしれない。
ごくりと、知らず唾を飲み込む。
「今朝、国境付近の峠で発見され、カーラントが持ち帰った」
視線がカーラントへ集中する。




