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第四十七話 襲撃(9)

 部屋中青狼(ブルーウルフ)の死骸だらけで、ぶちまけた内臓があちらこちら、流れ出た血液で床はてらてらとワックスをかけたばかりのように光っていた。無理して歩くと、滑るか足を取られるかで真っ二つの死骸の中へダイブしてしまいそうだった。


 その場から動けないアシュリーの元に、ジェインがにこやかに、颯爽と歩いていく。滑ることなくアシュリーの前に立ったジェインは、剣をがちゃがちゃいわせながら、もう片方の手でアシュリーの肩をポンポン叩き豪快に笑った。


「いやぁ、ほんっとありがとう!」


 お礼を言うのはこっちなのにと、アシュリーは混乱した。が、ジェインがとてもうれしそうなので、とりあえず話を合わせてみた。


「いえいえ~。喜んでもらえて良かったです!」

『ねぇ! 私何のことか分からないんだけど! ねぇ、ジェイン? ジェインってば!』


 この場でカティアだけが不機嫌だった。

 何度か二人で笑い合っていると、窓の下からと廊下からガヤガヤ声が聞こえてきた。閉まっていた部屋の扉が、ゆっくりと開く。


「入ってきても大丈夫だよ」


 まるで誰がドアを開けようとしているのかを知っているみたいに、ジェインは声をかけた。


「あの、大丈夫でしたか」


 姿を見せたのは先ほどの隊士だった。今日初めて会ったのにアシュリーはその顔を見てほっとした。やはり生死をかけたような出来事を短くても一緒に体験した経験は大きい。


「ああ! アシュリーさん、良かった無事でしたね」


 ジェインに肩を抱かれる形で立っているアシュリーを見て、心から安堵したように隊士は笑った。


「しかし、ここは……」


 もはや屠殺場としかこの部屋を言い表す言葉が存在しないかのような応接室の変貌に、隊士は二の句を継げなかった。部屋の死骸を数えるのも骨が折れそうだ。


『そういえばこの隊士サン、普通の男じゃないわよね』

「?」

『だってあんたに懸想してない』


 そうだ! とばかりにジェインは彼をまじまじと見た。そんな人間、好感しか持たないだろう。


「で、街はどうだって?」


 ジェインは自分の容姿に極度に興味ももたない特異な隊士に、ニマニマとしながら尋ねた。


『だからあんたの顔よ……』

「街は今確認中です。本部内は無事制圧できたかと」


 まるで上司に報告する如く、ビシッとした姿勢で告げる。


「そっかそっか」


 ジェインにはもう街に青狼がいないであろうことは分かっていた。この部屋の下、そしてこの血の海の中の青狼で最後のはずなのだ。


「でね、報酬のことなんだけど」

「はぁ」

「こうなった以上は申告制? でいいよね?」


 隊士は目をぱちくりさせた。ジェインは討伐の証拠となる牙をまだ集めていなかった。切り口を見れば自分がやったかそうでないかは分かることだが、いかんせん数が多すぎなのだ。そして斃しまくったせいで、あちこちに死骸を転がしてきた。何より、水増し請求のためにも、ここは絶対に自己申告制で押しきりたい。


「あーー自分にはその、権限がありませんので……、あ、隊長にお訊ねされるのはどうでしょうか」


 言いづらそうにしていた隊士は名案とばかりに顔を明るくした。


『げ。たいちょおかぁ』


 カティアの反応と同じジェインは一瞬難しい顔をしたが、美味しいご飯代のためなのだ。少しは苦労もしようというものだ。


「そっか、だよね。ごめんごめん、困らせたね」


 じゃあその隊長さんはと言いかけて、いくらなんでもこの状況だ。ジェインと価格交渉もどきをやるにはまだ時間は取れないだろう。空気を読む美貌の剣士は一人でうんうんと頷いた。


「大丈夫です。お会いになります。実は貴女をお連れするように言われてきたんです」


 ……嫌な予感がしないでもない。



 隊長の元へと向かう前に、ジェインはアシュリーに手の傷を見せろと半ば強引に包帯を剥ぎ取った。傷はもう血も止まっていたが、じっくり見て、自分の胸元に片手をずぼっと差し入れると、何やら掴んで出した。


「これね、とっても良く効く傷薬でね。胡散臭くないよ。医者要らずって商品名さ。冗談だけど」


 あ、良く効くのは冗談じゃないから、と小気味よく笑い、手早くアシュリーの手の傷へ塗りこんでいく。少しスーッとする清涼感のある香りの軟膏だった。


 それから鼻歌交じりにもう一度包帯を巻いていく。終始女神はご機嫌だった。


「そういえば、大きくなられたんですね」


 ジェインの手捌きを見ながら、アシュリーが小さく言った。


「ああ」

「サラちゃんはどうしたことにします?」


 ここにはサラでやってきたことを思い出した。

 暫く考えてジェインは言った。


「サラは先に戻ったってことで」

「こんな状況で子供だけって変に思われませんか」

「実はさー、サラで何匹かやっちゃったの、さっき見られているんだよね」


 えへへ、と聞こえてきそうな言い方だった。思わずアシュリーもぷっと小さく吹きだした。


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