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第三十話 相棒の横暴

 ジェインが的外れなことを考えている間に、するりとリオはジェインの腕に自分の腕を絡ませた。可愛らしい仕草なのに、何故かジェインは反射的に飛びのいた。


 階段途中の出来事だったが、ジェインはなんなく数段下に着地した。腕を離されたリオはぽかんとしていた。


「あ~っと、悪いね。ちょっと急いでるんだ。お礼はもう君のおじさんとお姉さんから貰っているから気にしないで」


 言い終えるとすぐに階段を駆け下りていく。残されたリオは少し不満そうに見えたが、彼もまた遅れて階段を下りていった。


────


「は……? 馬鹿なの……?」


 ジェインはがくがくと震えた。足がもたつく。口元にやった手がやけに冷たい。


 店を出る前にアシュリーと会ったジェインは、出掛ける旨を伝えた。

 昨日のことが気になるので現場を見に行くことを口にしたら、あの広場に行くには、近道があると教えられた。


 ジェインがいつもお使いに行くときに使っている道らしく、普通に行くより時間もかからず短縮になるからと、ささっと地図を描いてくれた。この街の住人は知らない人間に地図を描いてくれるやつばっかりだと妙に感心しながら、ジェインは月花亭を後にした。


 描いてくれた近道を進んでいた時だった。建物と建物の間、ジェインより頭二つ分ほど高い塀で挟まれた細い道。大通りから何本か離れたそこはこの時間にしては珍しく、人の往来がほぼなかった。


 暫く歩いて前も後もジェイン一人になったその時。日差しに少し汗ばんだ額をさっと手で拭った。ついた汗は手を振ることでなかったことにする。


『うわっ! 汚いわね』


 頭の中で嫌味な声が聴こえた。


 ジェインは知らんふりをした。こんな些細なことで目くじら立てなくても平気なくらい長い付き合いだったから。


『聴こえてるの? まったくあんたはいつも汚い。大体宿で湯あみもせずにベッドで寝たのも信じられない! 見てくれに騙されている数多(あまた)の男達だってあんたの本性を知ったら尻尾巻いて逃げていくわよ。はぁぁぁ、そんなあんたの腰にぶら下げられる私はなんて悲劇的!!』


 いつもよりやけに突っかかる声に、ジェインはいつものように軽い調子で返した。


「何よ、いつものことじゃない。……はは~ん、そんなに私の汗が吸いたいのね? そんなにお望みなら撫で繰り回してやるよっ」


 そう言って、腰にぶら下げた剣を汗が少しばかり残った手で握りしめ、がちゃがちゃとさせた時だった。


 路地が、一瞬光った────。


 確かに、容姿ゆえに誰かを惹きつけ、引き留められることしばしばの日常は鬱陶しいことこの上なかった。子供の姿であればそれも心もち減る(それでも変な輩はいるが)。


 双方暗黙の了解で、大人の姿になるのは剣を振るう時と金を貰いに行くときだけになっていた。


 だが何事にも例外がある。


 昨日の飲み屋はジェインが死にそうなほどお腹が空いていたので、街の連中に招かれるまま、連れていかれた半分は確かにジェインの意思だった。だがここで大事なのは、死ぬほどが()()()()()()ことだ。


 魔獣の相手と人間の相手などどちらが長い時間がかかるかなど比べるべくもない。それはそうだ。魔獣に手こずるなどジェインの剣の腕では有りえない。昨日の魔獣だって喜んで念入りに剣を振るったからとはいえ、ただの大きな駄犬はやはり駄犬でしかなく大して時間はかからなかった。


 それは賞金以外、ジェインの()()()()()()()()ということだ。


 今回いつもより長い間大人でいたのは、そして子供からすぐに大人にならざるを得なかったのは魔獣ではなく諸般の事情だ。


 カティアが要求することの理解はしていたつもりだが、いつものように獲物を斃してすぐに子供に戻らなかったことがそんなに気に入らなかったのか?

 

 それとも早くあの場を抜け出すために焦って気配を読み損ない、結果アシュリーにばれてしまったから? 


 いや、用事を終えたのに大人のままで眠りこけてしまったからか?


 もしかして力が吸えていないことで、実はカティアもお腹が空いた?


 どちらにしろこんな真昼間、誰が見ているか分からない、道のど真ん中で強制的にやるほどなのか?!


「やるか?! 普通やるのか?!」


 小さな両手がわなわなと震え、それは体全体にも及んだ。美しいプラチナブロンドの髪が小刻みに揺れ、腰にあったはずの細くて軽かった剣は肥大し、まるで両手剣である大剣のような大きさでジェインの顔の真横にあった。


 ジェインは怒りに任せて尚も文句を言おうと口を開きかけ、はっとして周りを確認した。今朝の前例がある。もうこの街では誰にも知られたくない。秘密は秘密なのだ。なのにこいつは!


「勝手に吸い上げるなんてっ!!」

『ふんっ。毎度毎度引っかかる方が馬鹿なのよ』


 悪びれもせずあまつさえ少し笑みを含んだ声に、更に逆撫でされるが、相手は剣であり、人間ではないのだ。そこを思い出してしまえばどうしようもない。


 怒りの持って行き場を失くしたジェインは、深く深く溜息を吐くことで気持ちを抑えようとした。

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