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第十七話 少女と美食と後悔と(5)

 少女の前に立って話をしていたアシュリーは、両手をもじもじと動かし、言い難そうにした。別に悪いことをしたわけでもないのに、結果他人の知られたくないことを知ってしまったというのがバツが悪いのか。罪もないのに罪悪感を感じてしまう人種のようだ。


 あんな朝まだきの頃にごみ出しだと? そんなのこき使われているか、働き者かの二択じゃないか。あれ、違うな。私を捜すために早く仕事を終わらせたかったって言ったな。……いや、張り切りすぎだろ??


 もじもじするアシュリーを見ながら、少女は宿の仕事開始の早さとアシュリーの自分に対する執念めいたものにほんの少しだけ引いた。


「あ! 会話は聞いてません! 誰かいるなんて思ってなくて、話し声が聞こえてきたから、こんな時間に何かなって……。本当に、ごみを捨てたらすぐに戻るつもりだったんです。それに何だかその方とはケン、いえ、取り込み中のようでしたし、ごみを捨てる時の音で驚かせてしまったら悪いかなぁとか思っちゃって。そうやってあれこれ考えていたらお姉さまがトーマスさんのお店の方から急に出てきて、私の方がびっくりしちゃって……咄嗟に隠れてしまったんです。その時にお顔が見えて。チラッと。えっと、ほんのちょっと。でもそれだけでとんでもない美人なのだけは分かりました!!」


 そうか、あの店はトーマスってやつの店か。確かに朝早く街中がぐっすり夢の中、どこかで話し声でも聞こえれば……まぁ見るかもしれない。


 思わず少女は片手を自分の額へ覆う様に当てた。


 ちくしょう。またこいつに何と言われるか大体想像できて腹が立つ。


 外からは見えない自らの掌の中、ちらりと視線を剣のある方へ向ける。


「それから、まだ夜明けには時間があったのに、急に日が差したようにピカっと光って、一瞬目が眩んで……次に目を開けた時にはもうお姉さまはいなくて、代わりに今のこの小さなお姉さまが! すぐにいなくなってしまいましたけど。もしかして私、驚かせちゃいました? お姉さまはどこに行ったのか、もしかして実は二人いたとか、あれからずっといろんなことを考えちゃいました。ああいうのは本の中だけだと思っていたから……あの、魔法ですか? 魔法ってあるんですか? あ、すみません。それで、姿が見えなくなったあとで、もしかして貴女が命の恩人では?と気付いたんです。私ってば、遅いですね。でもまさかうちに来てくださるなんて! これって縁があるってことですよね。午後からいらしたら会えなかったところだし、すれ違いにならずこうしてお会いできて、とても嬉しいです!」


 賞金稼ぎの少女が口を挟める暇もなく、高揚した看板店員から伝えられる言葉と仕草に心の中での突っ込み以外できないまま、黙って聞く形になってしまった。


 随分長いことあちこち放浪しているが、未だ自分と同じように見た目の年を変えられる人間になどあったことがない。というよりも、そんな噂も聞かなければ、どこぞの国や地方での言い伝えの(たぐい)にもそんなものはないはずだ。変わる場面を見られるというそんなヘマ、誰もしないだけかもしれないが。


 さて、自らの目で見もしていない人間がこんな話、この娘のいうことだけで信じるだろうか? いや……ないだろう。常識外れもいいとこだと笑われて終わりが濃厚だ。もしくは恐ろしい魔物に一時は命を脅かされたのだから、頭が変になっちまったのかと同情されるのがオチかもしれない。


「そ。見てしまった経緯は分かった。で、私を探してどうしたかったのさ」


 さて、ここからが本題だった。ざっと考えたところ、この娘一人に秘密がばれたところで何ら不都合はないようだ。が、この娘の返答によっては対応が変わる。目の前の看板店員が、何か企んでいるのかどうかをこの時間で見極めなければならない。


 顔の前で両手の指を組み口元に当て、少女は口を開いた。


「何? 弱みでも握った気になってるとか? だったらやめときな。私が大人にも子供にもなれると誰かにばらしたって、私がやって見せない限り、そんな証拠はどこにもない。あんたが可哀想なやつって思われるだけさ」


 その台詞にアシュリーはさっと顔色を変え、心底驚いた顔をした。次いでぶんぶんと音がしそうなほど顔と両手を左右に振った。


「ばらすなんて! そんなことっ! 私誰にも! 家族の誰にも、おじさんにもリオにも、おかみさんにだって言いません!」


 賞金稼ぎには誰だかわからない面子を並べ立て、否定した。看板店員の娘はそれは必死に、誰にも言わないのは当たり前のことだと力いっぱい誓ってみせた。

 

 一貫してこれといって害のなさそうな雰囲気の娘だ。悪意のない琥珀の目。透き通った緑玉(エメラルド)の瞳でそれをじっと見つめて考える。


 本当は弱みを握っていることを知らない看板娘。恩人と呼ぶ相手に疑われ、高揚した朱の混じった頬の色が一気に冷え込む。否定の言葉の裏は揺らぎなく。


「はぁ~」


 賞金稼ぎの長く息を吐く音が部屋に充満した。こんな人の()さそうな娘を警戒しても体力の無駄な消耗と時間の無駄でしかない気がしてきた。


 そうして、賞金稼ぎの女はアシュリーに対して頑なだった態度を少し崩すことにした。


 この歳月、人を見る目だけは培ったつもりだった。


「そんな力いっぱいに……分かった分かった」


 ぼすんと背もたれに再び倒れこみ、ひらひらと手をひらめかせた。


「もういいよ。分かった、分かった。なんかあんたを警戒してるのが馬鹿馬鹿しくなった」

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