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第十六話 少女と美食と後悔と(4)

 ちょっと待て。何だって? この店員は何を言っている? 


 こんな年端もいかぬ小娘が賞金稼ぎなわけないじゃないか。昨日だってこの姿でアレを斃したわけじゃないだろ。剣を振るった女とこの年端もいかぬ子供が同一人物だと分かるはずがない。落ち着け私。そうさ、知っているはずもないんだ。何も知るはずも。


 少女は顔をあげて、にっこりと微笑んだ。しかし、次の瞬間、脳内に今朝の出来事がフラッシュバックした。


 あれ。あれあれ。えーっと。そういえば、昨日(正確には今日)とんでもないことが起きたじゃないか。長い年月そうそうない出来事が……うん、起きたな。


 ごくりと唾を飲み込む。


「今朝早くのことですよ。ピカって……実はあの時、私、あそこにいたんです」


 看板店員が少女にそっと近づき、耳元でこっそりと囁いた。

 途端、どくん、と心臓が跳ねた。少女の肌から一気に汗が噴き出す。だらだらと冷たい汗に塗れ、今まで食べた美味しい食事たちまでも毛穴からむにむにと出てきそうなほどには動揺した。


 ここはゴーシュの店。看板店員はアシュリーだった。


「ちっ……あの受付め」


 身バレしないように一目散に逃げだして、坂を上り角を曲がり、走って走って遠くに行ったと思ったのに、全部無かったことにしてくれやがって、と善意の若者に八つ当たりでぼそりと口に出す。アシュリーは続けた。


「あの、誤解しないでください。お姉さまのこと、誰かに話そうなんて少しも思っていません。本当にただお礼がしたいだけです。ここだと他のお客さんもいますし、ちょっとだけ時間もらえませんか。あ、勿論、デザートを食べてからで……」


「店員さんの言ってること、何のことかワカリマセン」


 アシュリーが話し終える前に、被せるように口を開く。白々しいのは承知の上で少女は努めて真顔で言った。


「そうですよね、知られたくないですよね。すみません。あの、秘密なの分かってます。ただ、昨日のお礼がしたいだけなんです」


 うるきらな瞳に見つめられ、引く様子もない台詞(セリフ)に少女は溜息をついて、ぎろりとアシュリーを見た。そのまま彼女の肩越しに店内をチラ見する。ここはなかなか客のいる店の中。夜でもないから酒を飲んでいる客は数えるほどしかいない。つまり素面(しらふ)の客の中で、続けていい話ではない。そろそろ昼時ともなれば更に人が増え、それだけ耳が増える。少女は不満そうに舌打ちした。


「……話だけは聞く。……これ全部食べてからならね」


 デザートは食べきりたい。この街に来るまでの飢え具合が忘れられないのだ。アシュリーはぱっと顔を明るくした。


 月花亭(げっかてい)アシュリオは、一階が食事処、二階三階が宿屋になっていた。そして一階の厨房を境に反対側の続き離れがアシュリー一家の部屋。アシュリーは少女を三階の奥の空き部屋に案内した。この宿で一番の部屋だ。

 中に入り少し重いドアを閉めると、一階の喧騒はどこへやら、静かなものだ。


「はー、疲れた」


 勧められるまま、少女は椅子にどっかりと腰をおろした。体重的にはぽふんと、だが、態度だけは大きく。少女はもう知らないふりをしても仕方がないと考えたようだ。大人が子供になるなど荒唐無稽のこんな話、否定して去ってしまえば済むようでもあったのだが。


 がしがしと白金(プラチナ)の髪を掻きむしり、顎を上げ、目は見下げるようにじろりとアシュリーを見る。そこには食事の時に見せていた笑顔はひと欠片(かけら)も残っていなかった。美少女がやると凄絶なものがある。いや凄腕の賞金稼ぎだからか。緑玉(エメラルド)の瞳が冷ややかにアシュリーを見据え、嘘は見抜くと言わんばかり。


「それで?」


 自分よりあどけなくも美しい少女を前に気を取られたアシュリーは、ぼうっとした頭を振って自分を取り戻すと、言葉を紡いだ。


「あ! はい、時間を取ってもらって、有難うございます。きちんとお礼を言いたくて。昨日は危ないところを助けてもらって、本当に有難うございました。実はあの時、もうこの世とお別れしてしまうんだと思ってました……次は私が家族を残すんだなあって。でもまた救ってもらえるなんて。何度お礼を言っても足りないです」


 本当は目を瞑ってて誰に助けてもらったのか分からなかったんですけど、と、えへへと笑って続ける。


「私をあの場から連れ出してくれたのは雑貨屋のおかみさんだったんですけど、お姉さまのことはその人から聞きました。私を、この街を救ってくれたのは守護隊じゃないってこと。その恩人はこの世の(ことわり)から抜け出したような美しい姿で、本人曰く賞金稼ぎだそうだと」


『この世の(ことわり)から抜け出した』


 なんだ、その雑貨屋のおかみとやらは。あながち間違っていないじゃないか。


 ふかふかの背もたれに寄りかかっていた少女の眉が微かにピクリと動いた。


「すぐにお礼が言えずすみません。あの時はそのそれどころじゃなくて……。今日の手伝いが終わったら、換金所へお姉さまのことを尋ねにいってみようと思っていました。それで早く仕事を終わらせようとあの時間にごみを出しにでて、その、見ちゃったんです……」

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