72.光の翼
声は尊大だが、敵意も害意も感じられない。
何より俺のステータスの「+」が増えている。
敵ではない、むしろレヴィアタンらと同じ俺に従うものだ。
ならば、と。
レヴィアタンらと同じように、鎧の指輪にリンクして、具現化させた。
指輪のマテリアルがみるみるうちに変形していき、巨大な翼(胴体に対して)を持つ鳥になった。
『我が名はジズ。レヴィアタン、ベヘモトと対を成す、空を象徴する魔鳥なり』
仰々しい口調が脳裏に響きわたる。
同時に、よく知っている名前が聞こえた。
レヴィアタン、それにベヘモト。
どれも俺に従っているものたちばかりだ。
このジズはその二体と似た存在だと自ら名乗った。
「ならばレヴィアタンらと同様、余に従え」
『……御意』
次の瞬間、あるイメージが頭の中に流れ込んできた。
力を――ジズの力を振るうイメージだ。
「面白い……早速試させてもらう」
俺が言うと、ジズは具現化を解いて、羽根飾りの中に再び引っ込んだ。
俺はそれを持って、力を込めて、念じる。
直後、背中から翼が生えた。
両腕を真横に突き出した分の、更に倍はあろうかという巨大な翼。
白鳥のように白い羽だが、光り輝いているように見える、光の翼だ。
「うわぁ……」
それを目撃したグランが感嘆の声を漏らした。
俺は翼を羽ばたこうとしてみた。
「むっ……」
転生後、初めて二本足で歩いた時のように、中々力が入らない。
体と繋がっている感覚だが、上手く動かせない。
それでも動かそうと試みる、全身がプルプルと震えて、力を入れていく。
徐々に、翼が動くようになった。
ばっさ、ばっさ、ばっさばっさ――。
羽ばたく動きが段々とスムーズになっていき――やがて。
「と、飛んだ!?」
足が地面から離れて、体が少しずつ持ち上げられた。
ほとんど全力を出して羽ばたいた結果、自分の身長の高さくらいまで飛び上がる事ができた。
それで嬉しくなって、つい気が緩んでしまった結果、羽ばたきが止まって、そのまま落下した。
真っ直ぐに落下したから、バランスを崩すこともなく、着地はすんなりといった。
「すごい! 陛下がまさか天使みたいに飛べたなんて」
グランが俺を称える一方で、ジズからのイメージが更に頭の中に流れ込んできた。
大体の事がわかってきた。
練習、そして鍛錬だ。
練習すれば翼をもっと体の一部のように動かせるし、レベルと能力を上げていけば実用レベルまで飛行能力を高める事ができる。
これは――使えそうな能力だと俺は確信した。
☆
次の日の午前中、書斎で政務をしていると、第四親王ヘンリーが謁見を申し込んできた。
部屋に通すと、ヘンリーはかなりきつく眉をひそめた状態で、俺にひざまづいて頭を下げた。
「どうしたヘンリー、浮かない顔をして」
「このような報告書が上がってきまして、どうしたものかと思いまして」
「見せろ」
ヘンリーから報告書を受け取って目を通す。
兵務親王大臣ヘンリーに宛てた報告書だ。
辺境の小さな街の代官からの物で、近くで盗賊が山一つを占拠して不穏な動きがある。
粉骨砕身のつもりでこれを殲滅する――というものだ。
「盗賊の数は5000人、か」
「はい。レルモは私も名前を知らなかったような田舎の街、そこに5000人の盗賊が不穏な動きを見せているとあっては一大事。下手をすると街ごと陥落して、急速に拡大して反乱に繋がる恐れが」
「ふむ」
「中央から軍を派遣して鎮圧にあたるべきかと、陛下の裁可を伺いたく」
ヘンリーの話を聞きつつ、報告書をもう一度頭から読み直した。
そして――
「ふっ……」
思わず、口角が片方つり上がるような、冷ややかな笑いがこみ上げてきた。
「陛下? 何がおかしいのでしょう」
「ヘンリーは反乱軍とは何回も戦っているが、辺境の盗賊とやり合ったことはないのだったな」
「そうですが……」
それが? って顔で俺を見つめるヘンリー。
そんなヘンリーに微笑み返しながら。
「こういった、盗賊討伐の報告書ってのは、敵の数を多めに――いや、かなり多く申告するもんだ」
「……何故なのでしょう?」
ヘンリーは眉を顰めて聞き返した。
「理由は大まかに分けて二つ。一つは金の話だ。敵が多ければ多いほど、こっちも増兵しないと敵わない。そして敵の数が実は少なければ、予算だけ受け取って増兵しなくても済む」
「陛下がライスの時に指摘した事ですな」
俺はふっと微笑んだ。
懐かしいな。
あの時ヘンリーは兵務親王大臣で、俺はただの手伝いだった。
今もヘンリーは兵務親王大臣だが、俺はそれを飛び越えた皇帝だ。
立ち位置の差が、ちょっと面白かった。
「そしてもう一つ。数をかなり多めに申告すれば、勝った時に戦功が大きくなるのと、負けてもしょうがなかったという錯覚を作れるんだ。現に、ヘンリーは現地じゃ手に負えない、中央がなんとかしなきゃって思っただろう」
「たしかに」
「そもそもだ」
俺は更に笑って、報告書を差し出す。
ヘンリーがそれを受け取って、俺は言う。
「ヘンリーがまずいと心配して余に相談しに来るほどなのに、ただの『報告書』で、増援のぞの字もない」
「……たしかに。粉骨砕身で殲滅する――そういった文言しかない」
「増援があったらむしろ困るんだろうな」
「なるほど。さすが陛下、ご慧眼お見それいたしました」
ヘンリーが頭を下げていると、ドンが書斎に入ってきた。
「これはこれは第四殿下。失礼いたしました。大事な話の最中だったでしょうか」
「気にするな、話は終わってる」
「さようでございますか」
「何のようだ?」
「陛下にこのようなものが」
ドンはそう言って、箱を差し出してきた。
フワワの箱。
各地に散らばった、それなりに信頼の置ける人間に密告のために渡した箱だ。
俺はそれを受け取って、フワワの力を使って、箱を開けた。
中に一通の手紙が入っていて、それを取りだして読んだ。
「ふっ……ふはははは」
「陛下?」
「どうなさったのですか?」
不思議がるヘンリーとドン。
俺は笑ったまま、手紙をヘンリーに渡した。
ヘンリーはそれを読むと――彼も苦笑いした。
「言った通りだろう?」
「はっ……盗賊の実数は500人。十分の一ではないか」
密告はレルモからのものだった。
盗賊が近くの山を占拠して不穏な動きをしているのは事実だが、その数はどう多く見積もっても五百人程度という。
「派兵する必要はなかったな」
「さすがの洞察力でございます」
ヘンリーはさっき駆け込んできた時の焦りの表情が丸ごと吹っ飛んで、表情が楽になった。
「とは言え、あっちこっちで盗賊が頻繁に出没するのはあまり良くないな」
俺はヘンリーが持ってきた方の報告書を眺めた。
この先、俺は帝国の版図を広げるつもりだ。
外に向かって派兵するのなら、国内を落ち着かせなきゃならない。
盗賊がちょこちょこいたずらしているのでは派兵に集中できない。
なんとかしなくてはなあ……。
「モンスターの巣のように、適度に管理して、新しい将兵を育てるのに使ってみてはいかがでしょうか」
ヘンリーが提案した。
「いい案だ。しかしずっとそうしている訳にもいかない。いずれは『外』に討って出るのだからな」
「なるほど……」
「まあいい、それはまたゆっくり考えるとしよう。ヘンリーも、何となく頭の隅っこに置いていてくれ」
「御意」
ヘンリーが一度頭を下げてから、思い出したように。
「そういえば、ジェリー・アイゼンの一派、また戦功を立ててました」
「ほう?」
ジェリー・アイゼン。
昔盗賊だったのを、使えそうだったから、従軍刑という名目で軍隊に送り込んだ。
その後戦功を立てて刑罰は既に無くなって、正規の軍人になっている。
「軍功と名誉――それと女」
ヘンリーは苦笑いした。
「それを与えれば、死ぬ気で働く連中ですな。それを見いだして、適材適所に送り込んだ陛下のご慧眼、さすがでございます」
「……それだ!」
解決法が、見つかった。





